第3話
白い光の中、誰かの声がする。
「あら、桜。遊びに行くの?お小遣いはいる?」
顔にモヤのかかった女性が話しかけてくる。ここは夢の中なのだろうか。
「─くら。晩御飯はいる?準備しておいたほうがいいかしら。」
とても懐かしくて心が暖かくなる声。母さんの声だ。
「──ら。最近帰りが遅いようだけど、大丈夫?怪我だけはしないでね」
そんなに心配しないでよ母さん。俺はもう17だよ?
「───。学費は心配しなくていいからね。ちゃんと準備してあるの。」
包み込まれそうなほどの温もり。母親とは何故こんなにも心を満たすことが出来るのか。
だが、だがしかし……母の優しい視線の先にいるのは…
─ねぇ母さん。一体誰に話しかけているの?
✦✦✦✦✦✦
「ぷはっ!」
異世界生活2日目。背中がぐっしょりと濡れた感覚で目が覚める。
とても嫌な夢を見ていた気がするが、その内容まではよく思い出せない。
「あれ?」
自分がたった今寝ていた布団。その布団が少し膨らんでいる事に気がつく。
「えい」
その布団を捲ると、中からネコ耳の女の子が出てきた。リープ・リッヒ…ここのメイドさんだ。
しかも何故か下着姿。
………本当になんでだ。昨日は普通に一人で寝たはず。こんなネコ耳美少女といんぐりもんぐりしたという素晴らしい記憶はない。
しかし、二日目にして美少女と同じベッド……やっぱり最高じゃないか異世界!
─その時ドアがガチャリと開いた。
「失礼しますゼクス様。リープがどこにいるか知りま……」
ドアを開けて入ってきたのはアイルだった。
あ、この展開漫画でよく見たことある!これは勘違いされたやつですね!!
「ち、違うんだアイル!俺も気が付いたらリープが居て……」
「下着姿の女性と寝ていて、何が違うんですか?この短期間でメイドに手を出すなんて。ハレンチです」
……ごもっともです。この状況は明らかに責められる状況なのです。
でも…でもっ!アイルの言うとおり、まだこの世界に来て二日目なのだ。ここでアイルの心象を悪くするわけにはいかない!
「アイル!本当に違うんだ。これはたぶんリープのいたずらで……」
「ありゃ?なんでアイルがいるのかニャ?」
そこで、この騒動の種をまいた張本人、リープが眠たそうに目をこすりながら起き上がる。
「まあ別にアイルが居てもおかしくニャいか、それよりもゼクス様、昨日は激しかったのニャ♡」
リープがもじもじしながら言ってくる。なんてことを言うんですかこのネコ耳娘は。
怖い、本当に怖いんだけども……持ちうる限りの勇気を握りしめ、アイルの様子をうかがった。
「そうですかそうですか。激しかったんですか。今日の夕食は何か性がつく物をお出ししましょう」
怒ってらっしゃる!!黒いオーラが見えますよ奥さん!!
「それでは」
アイルが部屋を出ていく。ドアを閉める音がとても大きかったです。
「はぁ〜かんっぜんに誤解された…」
元々態度が厳しめだったアイル。さらにきつくなることは容易に想像できる。
「ありゃ?アイルはなんで怒ってたのかニャ?」
隣にいる爆弾魔が、とぼけた声を出している。本当に何を考えているんだ。
「昨日は激しかったなんて言ったらそりゃ誤解されるだろ……」
隣に下着姿の女性がいるのに先程の一見のせいで全くときめかない。
「ニャ?日本での朝の挨拶はそう言いなさいって他の勇者様に聞いたんだけどニャ〜?」
その勇者はとんでもない趣味をしている。自分の欲望に貪欲なのは素敵なことなのだが、それでこちらが被害を被るとなると許せない。会ったら絶対何か仕返しをしてやる
「というか、朝の挨拶はともかく、なんでリープが俺のベッドに?」
「そんなの決まってるのニャ。朝起きたら隣に美少女がいたらゼクス様も嬉しいでしょ?」
可愛いこと言いやがるぜ…が、なんて危険な女なのだろうか。
「たしかに嬉しかったが…これからは辞めてくれ……」
リープは渋々と行った様子で了解してくれた。
✦✦✦✦✦✦
それから朝食をとって、リープと一緒にアイルに謝ってから(リープのイタズラと理解はしてくれたが、その目はとても怖かった。)今はアイラと二人で庭にいる。
「うーん、やっぱり駄目だね…」
昨日に引き続き、魔力変換と身体強化を試す。…がやはり全く出来ない。
「リープの言うとおり魔力量だけなら他の勇者よりも多いんだけどねぇ」
しかし、その魔力で魔法を放つことも、身体能力を上げることも出来ない。これぞまさに宝の持ち腐れ、せっかくの魔力量も全くの無意味。
「俺って才能ないんだなぁ…」
昨日までは謎の自信があったのだが…そんなものはたった一日で無くなってしまった。
「そうだ、今日の練習はここまでにしようよ」
落ちこんでいた俺を見兼ねてか、アイラが明るい声で提案してくる。
「辞めるったって…じゃあ今から何するの?鬼ごっこでもする?」
「あははー、それはまた今度ね。実はちょっと会って欲しい人が居るんだー」
えっ、今度鬼ごっこしてくれるんですか?できれば二人で、お花畑でお願いします。
「勇者にとって重要な物は2つあります!1つは魔力…というか魔力変化か身体強化のどっちかに対する適正だね」
ふむふむ…俺に全く無いものだ。これがすぐに出来たという他の勇者様とやらは随分と鼻が高かった事だろう。なんと小憎らしい。
「そしてもう一つが…゛加護゛」
「加護?」
「そう、加護。加護って言うのは先天的に、生まれつき与えられる特殊能力みたいなものでね。空を飛べたり、人には使えない魔法が使えたり、本当に色々な種類があるの。あたしが異世界の人を召喚できるのも、召喚の加護の力」
なるほどなるほど…もし魔法も身体強化もダメダメなクソザコナメクジでも、その加護とやらが強力なら無双できるというわけだ。
「この世界の人だと、加護を持ってるのはごく一部の人だけなんだけど、異世界の人だと、そのほとんどが何かしらの加護を持ってるんだよね」
魔力変換や身体強化も才能による所が大きいとリープが言っていた。それに今度はごく一部の人間にだけ与えられた特殊能力と来たものだ。この世界は凡人に厳しくできているらしい。
だが─期待せずにはられない。俺にはどんな加護が宿っているのだろうか─
「それで、会わせたい人って言うのは?」
「マギサ婆っていうおばあちゃんなんだけど。相手の加護を知ることができる加護を持ってるんだ。実を言うと、もともと今日はゼクスと会うためにお城に来てもらう予定だったの」
「なんかすごそうな人だな…ってお城?」
そう言えば今まで自分がどこにいるかも意識していなかったがここはお城なのか、どうりで色々とゴージャスだったわけだ。
「あれ?言ってなかったっけ?」
首をブンブンと横にふる。全く持って聞いておりません。
「えーっと…ここはヴァレリア王国の王都…のお城。と言っても敷地内にある別邸なんだけどね。王様や、お姫様の暮らす本邸は違う建物だよ」
「ほえー」
そう言われて周りを見回してみる。ここからではその敷地を見渡すことは出来ず。他の建物も見当たらなかった。
「じゃあそろそろ会いに行こうか」
アイルと一緒にマギサ婆のところに向かう。
心臓の鼓動がいつもより少しだけ早い。
─もし、もし俺に加護がなかったら……
この世界でも俺は…゛誰にも見てもらえない゛
いや、大丈夫だ。何かあるはずだ。俺だけの力が……
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