第1章 あなたの為の物語

第1話

「貴方のことが好きです!返事はまた今度でいいので、また明日!!」


クラスの女の子、宮崎香菜ちゃんに告白された。


場所は高校の屋上、時間は放課後。……あまり珍しくもない普通の光景なのだろう。告白されたのが俺─双葉桜でなければ。


香菜ちゃんは目立つタイプではないけれど、一部の男子には人気のあるとても可愛らしい女子だ。


そんな彼女が、勉強もスポーツも平均以下、ついでに顔面偏差も基準値の俺に告白してくれるとは。


まさに奇跡。棚からぼた餅どころではない。棚からフォアグラが出てきたような気分だ。


「あぁ、空はなぜこんなに青いんだろう。」


顔を真っ赤にしてその場をは去っていく彼女の後ろ姿を眺めながら、心地良い余韻に浸る。


突然の告白に気をよくして自分でも気持ち悪い言葉を口走る。ちなみに今は夕暮れだ。全く青くありません。残念。


これで明日OKすれば、晴れて彼女いない歴=年齢の、現代日本が生み出した悲しきモンスターから抜け出せる。グッバイ非リア、ハローリア充。


17年間生きてきて、初めて向けられる好意に心が踊る。


はしゃぎ過ぎだと思われるだろう。たかが告白されただけだと指をささせるだろう。


だけど、だけど本当に。


──本当に初めてなんだ。


少々錆びついた扉を開け、ウキウキした心のままスキップで屋上から飛び出す。もう誰も俺を止められはせん。


「─あっ」


自分でも思う、間抜けな声がでたものだと。


やらかした、階段を盛大に踏み外した。漫画のように転がりながら、一気にに下まで落ちて行く。


痛いだとか、どうやって止まるかだなんて考えることさえも出来ない。そんな余裕はない。


なぜか周りがスローに見えた。これが走馬灯と言うものだろう。本当にあるんだなぁ。


そして……長い長い階段を全て転がり落ちたあと、俺の意識はそこで途絶えた。


✦✦✦✦✦✦

無償の愛などない。そんな事はみんな知っている。


好きな異性のタイプを聞かれたときに「自分を好きでいてくれる人かな」という返しはテンプレート。


好きな人には自分を好きでいて欲しいし、好きな人が自分以外を好きな時は心が痛む。


という感情は何かしらの対価を要求する。


異性との恋愛も、友達に対する友情の愛も例外ではないだろう。


だが、無償の愛に限りなく近いものがある。


それは─家族愛。


親から子へ、子から親へ。その愛は限りなく無償に近く、自然に、ごく当たり前に、当然のように贈られる愛の形。


──そんな愛さえも受けることが出きなかった子供は、一体どのように成長するのだろうか


✦✦✦✦✦


「ここは…?」


目が覚めると、知らない天井がみえた。


体は柔らかい感触に包まれている。どうやらベッドの上で寝ていたようだ。


「あれ…」


ぼんやりとした記憶を辿り、繋ぎ合わせ、状況を整理する。


あ、そうだ。俺、階段から見事に転がり落ちたんだ。

女の子に告白されたのが嬉しすぎて階段から転倒…クラスのみんなに聞かれたはそれはそれはイジられまくるだろう。


「あー!やっと起きたぁ!」


凛とした声が響く。聞き覚えのない女の子の声だ。


声のした方に顔を向けると、やはりそこに居たのは一人の女の子。年は自分と同じくらいだろうか。綺麗な金髪を、所謂ショートボブにしている。


首元には、紅い大きな宝石があしらってある、見るからに高そうなペンダントをぶら下げていた。


それよりも気になるのは身につけている服だ。あまり見かけないような…というよりも…よくファンタジーのゲームなんかで見かけるような服を着ている。


「召喚したと思ったらなぜか気絶してるし、怪我もしてるしで…ホントにあせっちゃったよぉ」


付けている高そうなペンダントや、服装に似合わず。喜怒哀楽の激しそうな女性だ。お金持ちというのいつも落ち着いているイメージが…って、ん?召喚???


改めて部屋を見回して見ると、天蓋付きのベッドに、天井には大きなシャンデリアもある。日本でないことは確かで、自分がどれほど気を失っていたかわからないが、その時間で意識のない人間を海外まで運ぶのは無理があるだろう。となると……


「もしかしてここって、異世界?」


先程の召喚という言葉。目が冷めたら見慣れない服を着た女性。


これは、今流行りの異世界転移なのではなかろうか。


いや、間違いない。というかそうであってほしい。


「おぉ、話が早いね!普通はもっと驚くものなんだけど……」


驚いたりするもんか。今時の男子高校生は、常日頃、異世界転生に憧れてるんやぞ。


チート能力に可愛いヒロイン。これから始まる物語に、俺の心臓は激しく鼓動を刻んでいた。


……勇気を持って告白してくれた女の子が、俺の中で小さくなっていく。いや、彼女だけではない。


元いた世界そのものに、未練なんて一つも無かった。

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