紫陽花、揺雷 (連結版)

春嵐

紫陽花、揺雷.

 揺れる。


 雨に打たれて、花びらを濡らす紫陽花。自分も、同じ気持ちでいる。この雨に、どう、受け止めていいのか分からない気持ちに。


 告白されて。いま、迷ってここにいる。


 私の迷いは、贅沢なもの、だろうか。


 好きな相手だった。この人と一緒にいたい。そう、想う。相手と同じ気持ちでいることだけは、たしか。


 それでも。心は揺れるし、ざわめく。雨の音に、波立つ。


 紫陽花。雨に打たれて、揺れる。この紫陽花も、私のように、誰かを待って、それでも、揺れているのだろうか。


 私は。


 彼に見合う女だろうか。


 一時の迷いで、彼が、惑っただけではないだろうか。こうやって、迷っている自分は。


 彼に、ふさわしいのだろうか。


 紫陽花と雨に揺さぶられて。ここにひとり、立っている。


 彼の声。


「こっちへ」


「傘も差さないで、何を」


 紫陽花。


 ここだけ、時間が制止したみたい。


「いえ。ごめんなさい」


 傘を差し出された私と、傘のない、紫陽花。


「すいません」


 どうすれば、いいんだろう。


 こうやって、あなたは、私を守って。濡れていく。


 光。


 雷の音。


 ごめんなさい。あなたの背中に。


「行きましょう。せめて、雷から隠れられるところへ」


 あたたかい彼の背中に。


 わたしは。


 どうすればいいのか、分からない。


 あなたの望む私では。いられない。


 できない。


「ごめんなさい。告白、して、しまって」


「僕は」


「あなたのことを。好きだと、言ってしまった」


「あなたのやさしさを」


「僕は。勘違いして。ばかみたい、ですね」


「ごめんなさい。本当に」


 ちがう。


「僕は。あなたのことを、なにも分かっていない。わかってなかった」


 ちがうの。


「告白のことは」


「忘れて、ください」


「僕は。あなたに。ふさわしくなかった」


「あなたに溺れるようにして。僕は。あなたを傷つけてしまったかも、しれないのに」


「僕は」


 雷。


「あ、ああ。そうですね」


 ごめんなさい。背中に。


「いえ」


 わたし。こわいんです。


 あなたに、きらわれてしまうのが。


 今だって。


 こうやって、気持ちを。


 伝えられるのが、こわい。


 あなたのやさしさを。


 うけとめるのが、こわい。


 こわいから。


 踏み出せない。踏み出せないんです。


 ごめんなさい。


 私が。


 喋れないから。


 何も、できないから。


「ごめんなさい。僕のせいです。僕が、あなたの日常に、無遠慮に立ち入ったから」


 いいえ。


「あなたのことを、勝手に。好きに」


 わたしは。


「あなたの声を。僕はあなたの声になろうとして。あなたに。やさしさを押しつけた」


 わたしが。喋れないせいで。


 あなたのやさしさを、わたしが独占して。


「僕は。僕は」


「あなたの側にいるべきではない。そう、思いました。あの紫陽花を見ているあなたを。そうしてしまったのは。僕だから」


「もう、行きます。いままで。ありがとうございました」


「勝手に告白して。勝手に。ごめんなさい」


 あなたのやさしさは。


 いきぐるしい、です。


「ごめんなさい。本当に」


 でも。わたしには。


 わたしの口ではなく。目を見て。


 私と喋ってくれるのは。


 あなただけ、だから。


「いいえ。あなたのことは、みんなが、大事に思っています。僕だけが、間違ってる。間違ってたんです。あなたを」


「僕は」


「僕はやさしくなんか、ない」


「僕は。あなたの隣で。あなたのことが。知りたかった。みんなの知らない。あなたの、ことを。知りたかった」


「でも。雨に打たれているあなたを見て。僕は」


「僕なんかより、あの紫陽花のほうが、ずっと。あなたをよく知っているように。見えました。僕がどれだけ、間違っていたかも」


 じゃあ。


 わたしの知らない。


 あなたを。


 見せて。


「うわっ」


 やさしいだけではない。


 あなたを。


 おしえて。


「僕は」


「あなたのことが好きです」


「やさしさではなく」


「自分勝手に」


「あなたが、欲しいと。勝手に。ひとりで。思っていました」


 自分勝手。


「はい。その通りです。やさしくも、なんともない」


 わたしも。


 あなたが好きです。


 あなたのやさしいところだけ、取って、食べようと。してました。


 そんなこと、できないのに。


「僕の、やさしいところだけ」


 やさしいだけは。


 つらい。


 とても。つらいです。


 だから。


「あ」


 うわっ。


「痛い」


 あ、ごめんなさい。つい身体が反応して。


「雷。もしかして、こわいんですか」


 あ。


 いや。


 わたしは。


「僕の知らない、あなただ」


 雷。


「また光った」


 だって。


 こわい。


 こわいです。


 大きな音がするし。光るし。


「そう、ですか」


 このまま。


「このまま?」


 わたしを抱いて、いてくれますか?


「難しいと思います。だってほら」


 また。


「こうやって光る度に、僕の背骨が。悲鳴を」


 ごめんなさい。つい。


「よいしょ、と」


 うわっ。


「こうやって、あなたを抱いたまま、なら」


 はずかしい。


「行きましょう。雷の聞こえないところへ。戻りましょうか」


 はい。

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紫陽花、揺雷 (連結版) 春嵐 @aiot3110

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