記憶。


「あ、はい。今、ちょっと渋滞にハマっちゃってて、、、。はい。なるべく急いで行きますので、すみません」

取引先とのミーティングに遅れそうになり、車内で僕は慌てていた。

だが、慌てれば慌てるほど道路は混雑し、全く動かなかった。


「もう何なんだよ、こんな時に」


 そんな時、ラジオから懐かしい曲が聞こえた。この曲は、数年前に付き合っていた彼女が好きだと言って、カラオケに行くと毎回歌っていたバラードだった。

 

 記憶とは不思議なものだ。

この曲を聞くと、今まで焦っていた気持ちがずっと消え、彼女との記憶が思い出される。

ただ部屋の中で話したり、映画館に行って映画を見たり、海に行ったり、写真を取りあいっこして、馬鹿笑いしたり。

 そんな楽しい思い出の中に、彼女の涙を浮かべた顔が混ざって通り過ぎる。


 曲が終わったタイミングで、ようやく渋滞が動き始めた。


「もしもし、あと30分ほどで迎えると思いますので、よろしくお願いします」

そう言って、また再び少しずつ前に進む。

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