小さな僕。


 僕の中には、昔から小さな僕がもう一人住み着いている。

 お前は何を言ってるんだと言われてしまうかもしれないが、僕以外の他の誰にも見えないし、物心ついた時からずっとだ。

 いや、正確には弟が死んだ時、いや、両親が離婚した時から、おそらくそのあたりからだ。


 人生で選択しなければならない時、困った時、叱られている時、様々な場面で僕の肩の上に必ずと言っていいほど、登場するのだ。


今だってそう。

僕の目の前には、

三年も付き合った彼女が

「どうして、あなたと別れなくちゃいけないの?」

と、僕の家で泣き喚いている。


「君のことは好きだけど、君を幸せにできない」

そんなことを言うと、

僕の肩には、小さい僕が

「なんでそんなこと言うんだ!よりを戻せ!」と飛び跳ね、これでもかと言うくらい騒いでいる。

できれば、僕だって彼女を幸せにしてやりたいと思う。

だが、僕には家族を作る自信がないのだ。


「ごめん、もう君の期待には答えられないから。僕が戻ってくる前に帰ってくれよ」

と言葉を残し、玄関のドアをそっと閉めた僕に、小さな僕は

「また逃げるのかよ」

と言う。


「逃げてなんかないよ。だいたい、またってなんだよ」

と小さな僕を振り解きながら、反抗する僕。


その時、僕は思い出した。

逃げたことをずっと後悔してたということ。

小さな僕なんて最初からいなかったこと。

弟は火事で命を失い、救えなかったこと。

そのせいで、家族がばらばらになったこと。

小さな僕は僕が作り出した幻想だということ。


ずっと分かったことだけど、

そう思いたかっただけだったこと。


気がつけば、

僕は昔あった実家の後にたどり着いていた。


後悔しないようにと、

弟がずっと僕に教えてくれたに違いない。

あの小さな弟が。


僕は後悔しないように、

頬を流れる涙を腕で吹きながら、

ひたすらに家路を急いだ。

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