揺雷.

 彼の声。


「こっちへ」


 彼の声。手。


「傘も差さないで、何を」


 差し出された手。この手を握ってしまえば、何かが、終わってしまう気がした。


 紫陽花。揺れる。


 彼。


 ここだけ、時間が制止したみたいに。


 止まる。


「いえ。ごめんなさい」


 彼が手ではなく、傘を差し出す。雨が、遮られる。


 傘を差し出された私と、傘のない、紫陽花。どちらが、幸せなのだろうか。


「すいません」


 謝る、彼。謝らせるような態度の、自分。


 どうすれば、いいんだろう。


 傘のなかに、ひとり。傘で私を濡らさないようにしている彼が、だんだん、濡れていく。


 こうやって、彼は、私を守って。濡れていく気がした。彼のやさしさを浪費して、そしていつか。


 光。


 かなり遅く時間が経って。


 雷の音。


 彼の背中に。


 くっついていた。


 彼。無言。


「行きましょう。せめて、雷から隠れられるところへ」


 あたたかい彼の背中に。


 私は。


 どうすればいいのか、分からなかった。


 彼の望む私では。いられない。この暖かさを私が、受けることは。


 できない。


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