第60話彼氏の両親


「はぁー……緊張してきたわ。今なら心臓もろとも口から臓器という臓器をぶち撒けれる気がするわね」


 今から水樹の実家に行くと言うのだけれども緊張で死にそうだ。


 ハッキリ言って、全校生徒の前で告白をするのよりも緊張する。


 この日の為にいろいろマナーやらなにやら勉強して来たのだが、それでも『嫌われたらどうしよう』『なにか気付かぬ内に粗相をしてしまったらどうしよう』等と言った不安が、勉強すればするほど強くなり、今現在まさに緊張と不安のピークである。


「なに気持ち悪い事言ってんだよ。 緊張するのは、俺も同じだったから分かるけど頼むから吐くのだけはやめてくれよ?」

「そうはいっても、敵はお金持ちの夫婦なのよ? こちとら貧乏人というだけでどんな嫌がらせをされるか分かったものじゃなわ」


 水樹は私を慰めてくれているようだけれども、緊張するものは緊張するし、済む世界が違うと言う事はとうぜん常識もお互いにズレがあると言う事を私は学校という名のヒエラルキーという目に見えぬ階級と私なりに戦って来た分、良く知っている。


「なんで既に敵認定してんだよ。 お金持ちと言っても二人とも普通の庶民と同じだから、そんなかしこまる必要も無いぞ?」

「それはあなたが金持ちというフィールドで産まれ落ちたその日から暮らしているからこそ言える無責任な言葉でしかないわ。 きっとそうよ」

「いや、何でだよ」

「何でだよ、ですって? それはマクドで注文方法すら分からなかった人だからよっ!! 済む世界が違い過ぎるわっ!!」

「あー、はいはい分かった。 俺が悪かったから一旦落ち着こうな」


 そして荒ぶる私を水樹が優しく抱擁してくれて背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせてくれる。


 あぁ、一瞬にして緊張感は無くなり、代わりに幸せな感情であふれ出て来る。


 こうなればもう二人の世界であり、恋愛に脳を毒されたバカが一人ここに誕生する。


 水樹と付き合う前は公衆でいちゃつく人たち全員にもれなく心の中で爆発しろと思っていたのだけれども、今となっては彼ら彼女らの気持ちが痛いほど分かってしまう。


 だからと言ってキスしたり等と言う行為をするつもりは無いのだが、甘い言葉の一つや二つくらいは目を瞑って欲しい。


「好き」

「俺もだよ」

「あら父さん、聞いてた通り仲が良いのね」

「そうだね、母さん。 それに、なんだか芯がしっかりしてそうで水樹にピッタリじゃないか」


……………………さて、どうやって時を巻き戻そうか。


人間、やれば出来るはずだ。

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