第30話 聖王国《アディート》への旅立ち

 日は空高くへと上って、ランチの時間がやってくる。

 私たちは複数のテーブルをつないで、同じ食卓を囲んだ。


「ねえ、ユミルたちは恋人同士?」


 ぶふぉっ


 その話題を突如ぶちこんだのはアッティだった。


「え、やだ、そんなまだ──」


 ユミルさんが慌てふためく。


「そうですよ」

「えっ?」

『えっ?』


 しかしアレンが堂々とそうだと答え、ユミルさんと私たちは同じように驚いた。


「ユミルはどう思ってるか知らないですけど……ずいぶん長いこと二人で旅をしてきていますし、いまさら俺がほかの女性とうまくやれる気もしません」

「ちょ、ちょっと、それ消極的じゃない? もっとこう、なにかポジティブな話はないの?」


 ユミルさんがムッとする。

 結構めんどくさい性格をしてるんだよね、ユミルさん。


「そりゃああるさ。けど、こんなところで恥ずかしいだろ。 ……それで、ユミルは」


 アレンが尋ねると、ユミルさんは顔をうつむけて……


「私は……アレンがそれでいいなら、構わないわ……」


 長くきれいな黒髪をくるくるといじりながら、しおらしく答えた。

 それにつられてアッティと私が赤面した。


「おーおー、おめでたいねえ! お姉さん祝っちゃうよ!」


 と声をあげたのは、なんとミリアさん。

 おあつらえ向きなホールケーキを持ち出してきた。


「え、なに、ミリアさん準備が良すぎない!?」

「もともと出す予定のデザートだったんだけどね、たったいまハートマークつけたしてきてやったわ」

「あの、このハートマーク、ヒビ入ってませんか?」

「やーね気のせいよぅ♪」


 と言って、取り出したナイフでさっそくハートを真っ二つに割る。

 何か重たい思いをのせてザクザクと切り刻む。

 妬んでる……これはミリアさん妬んでるやつだ……


「さ、どうぞ♪」


 ただならぬ怨念が込められてそうで怖いです。

 しかし差し出されたカットケーキをおそるおそる口に運ぶと──


「へえ、おいしい」


 そう反応したのはトマスだった。


「でしょう? 私、ケーキ作るの上手なのよ」

「自分で言いますか普通」

「いい男にアピールしてるの」


 ミリアさんがトマスさんの前の席に陣取る。

 困惑するトマスさんがちょっとおもしろい。

 するとアッティがからかう。


「いいじゃないトム、そのひと連れ帰ってくれたら私がこのケーキを毎日食べられるわ」

「太るぞ」


 ガン。


 トマスさんの余計なひとことに、アッティが彼の椅子を思い切り蹴飛ばして倒した。


「そのままシね」

 

 皇女とも思えないその態度が予想外すぎて、笑いが巻きおこった。


「あ、そうだ、アレン。商会の報酬なんだけど──」


 お姉ちゃんが話を切り出した。


「明後日には戻ってこれると思うんだけど、待ち合わせはここでいい?」

「ああ、構わない。持ち逃げしてくれたって、いまさら文句もねえが」

「やめてよね。契約反故にしたーとかでお爺さんたちに捕まっちゃたまらないわよ」

「我々は私人の金の貸し借りにいちいち口は挟まん。好きにすればいい」

「うちの姉をそそのかさないでくださーい!」


 そんなくだらないやり取りに、またみんなで笑う。


 他愛のない楽しい食事の時間はあっという間に過ぎて。

 やがて別れの時間がってくる。


 グランバルドさんたちは手配した馬車に町長たちを乗せてアディートへの帰路についた。

 私たちもいずれそれを追いかけるけど、ひとまずは逆方向、カナルシティへ目下の路銀を受け取るためモルモントの町を後にした。

 昼下がりの青く晴れた空が私たちの新たな旅路を祝ってくれているようで、とても良い気分だ。


(モルモントの悪魔 完)

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