エルフの森の追跡者
第1話 吟遊詩人《ミンストレル》 フリオール
聖王国アディートは水竜を讃える湖を背に城が建ち、その城下には規則的な、しっかりと区画整理された城下町を抱える。
聖王家は、アディートの大陸に住まう者の平和と、その平和の基礎たる法秩序を何よりも重んじており、正しく暮らす人々の安寧を約束している。
彼ら聖王家の統治により保たれる秩序は世界随一とも称えられており、各大陸からそれを学ばんと多くの使者が遣わされているほどだ。
法から街並みまで整然とした美しさに、旅人はみな心を奪われることだろう──
「──ってことらしいんだけど、モルモントでの事件を見ちゃうと、その平和神話もいまや昔って話なのかもね」
手近にあった観光パンフレットを読みながら、先日に巻き込まれた、アディート領内の小さな町モルモントの事件を思い返していた。
わたしたちはいま、モルモントと聖王都アディートを隔てる『ティンバー森林』東側の入り口、『東ティンバー』のレストランで少し早い夕食を楽しんでいる。
故郷の復讐のための旅路の途中にでくわしたモルモントの事件で、たまたま知り合った聖女アティア様ことアッティに言われるがまま『聖王都アディート』に向かっているのだけど、土地勘も無いので、こうして目的地のことを調べているのだ。
お姉ちゃんがテーブルの唐揚げをつつきながら、アディートのいまを嘆く。
「きっと平和が続いて退屈しちゃう人が出ちゃったのね。モルモントの事件だって、不満がなければ起こらない事件だったもの。いつの世だって事件が起きなきゃ物語は始まらないもの」
「平和ボケってやつかなあ? まあ、隅っこの町や街道まで統制とれてたら、それはそれで恐ろしいと思うけどさ」
お姉ちゃんの言葉に頷きながら、当の事件を思い返す。
どこの土地だろうと、魔物や野党に襲われるなどよくあることだ。
その点については、アディート大陸も例に漏れずの印象を抱いている。
なぜなら、モルモントに向かっていたとき、ここ東ティンバーにくる道中も、百歩歩けば野盗にあたるくらいの、ならずものの襲撃を受けてきたからだ。
いや、百歩は言いすぎかもしれないが。
もっと王都に近づけば、警備の目も行き届いていているのだろうか。
「それにしたってさ、自分たちで『聖』なんてつけちゃって恥ずかしくないのかなー」
お姉ちゃんがキャハハと笑った。
「それは、別にいまの王様たちがつけたわけじゃないって。ほら、えーっと、ここ、ここ」
わたしはテーブルに置いたパンフレットに描かれた王様の肖像に添えられた文字を読む。
「『もうすぐ建国三百年、今の王様は十三代目』で、三代目から『聖』王都だって名乗り出したっぽい」
「ん? ──あれ?」
わたしの説明に、お姉ちゃんが違和感を示した。
「王様? 女王様じゃなくって?」
お姉ちゃんがパンフレットを覗き込む。
そこにある肖像は、気品のある堂々とした姿で勇ましく描かれている。
しかしよく見れば、髪のまとめ方や顔つき、装飾品の特徴が女性的──にも見える。
モルモントで共に事件にあたっていたアッティの顔を思い浮かべながら比較するが、パンフレットの小さな肖像ではあまり判断がつかなかった。
うーん、と肖像を見ながら悩んでいたとき──
「やあ、お二人さん、アディート王に興味があるのかい?」
突然、知らない男がわたしたちに声を掛けてきた。
そして知らない男が勝手に語り出す。
「アディートの王はね、その後継を国宝の『大聖石』との相性のよさで決めるんだ。そしてそれが女性であれ、王と呼称されるのが決まり事さ」
その男は、身なりは気を遣っている様子だが、ところどころほつれたケープマントに、使い古されたブーツ、背負っている弦楽器などを見るに、旅の芸人といったところだろうか。
こういうタイプは避けるに限る。
「芸人さんにお支払いできるお金はありませんのでお帰りください」
わたしは早々に接触を拒むことにした。
よくいるのだ。
好き勝手に話すだけ話して小銭を求めてくるような輩が。
そして、若い姉妹をなめてかかる輩が。
「芸人はやめてくれ、こうして話しかけたのもお金をせびろうというのでもない。各地の景観や伝承を詩にして伝える、いわゆる詩人ってやつさ。まあ、あちこちまわるのが仕事だからね、旅のアドバイザーを名乗ることもあるが」
「ほら、お金せびってきそう」
男は戸惑い、言葉を失い、動きを止めた。
すぐに取り繕う様子で話を続けたが──
「いや、失礼、まだ名乗ってなかったね。僕はフリオールだ」
「いや、聞いてないですけど」
わたしは早く追い払いたくて、そっけなく遮断した。
その男の頬に冷たい汗が流れるのを、わたしは見逃さなかった。
双子姉妹の冒険ノート〜北の魔女への復讐劇〜 @waca
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