第29話 亡国《サンドレア》の双子姉妹

 レストラン──


 グランバルドさんがアレンの働きを労った。


「貴方がたがいたから我々も動けた。これは貴方がたが受け取るべき金だ、遠慮せず受け取るといい」

「いえ、しかしこれは──」


 グランバルドさんが金貨の包みを手渡す。

 そのずしりとした重さに、アレンが困惑している。


「多すぎませんか、これ。俺たちの働きの相場からすれば、これは到底受け取れません」

「真面目だな──ならばこうしよう。実はまだ山の上の施設に魔物が幾らか残っている。ともするとまた町が襲われるかもしれない。聖騎士団ナイツは私たちが必ず動かすから、当分のあいだこの町を守っていてほしい。だから、その支度金として受け取ってくれ」


 グランバルドさんの言葉に、アレンは考える。


「アレン、受け取ろう? 新しい仕事ができたのだから、拒む理由もないわ」


 ユミルさんがそうアレンを口説くと「わかった」と小さく答えた。


「いったん受け取る。だがそれでも多すぎる。だから聖騎士団ナイツが来て、役目が済んだら余剰分は返す。どうだ」

「姉妹の言う通り、熱い男だ。それでいいだろう」


 二人が合意をすると、アレンはその包みを受け取った。


「それからもう一つ」

「まだなにか……?」


 そのまま離れようとするアレンを、グランバルドさんが呼び止めた。


「貴方がたの戦いはこの何十日かで見てきている。アレン殿、貴方がよければだが、アディートの聖騎士団ナイツはきみを受け入れる用意があるが──」

『!?』


 その言葉には、集まったみんなが驚いた。


「ちょっとアレン、やったじゃない!」


 喜びの声を上げるユミルさん。

 しかし対照的にアレンは浮かない顔だ。


「光栄ですが……少なくとも俺は各国のナイツというものを信用できないから、こうして野良の戦士として旅をしています」


 その言葉は真っすぐで、きっとアレンの本心なんだろう。

 ユミルさんが心配する様子を見せた。

 皇女を前に、聖騎士を前に、それを言ってのける胆力は並大抵のものではない。


 ──アレンの場合は空気が読めないというべきかもしれないのだが──


 次の瞬間、グランバルドさんの豪快な笑いが轟いた。


「はっはっは! 私たちを目の前にしてよく言った!」


 その大きな声に、みんなしてビクッと驚く。


「最終回答はいずれくる聖騎士団ナイツに預けてくれ。私たちはモルモントと結託しているはずの身内も、すぐに洗い出すつもりだ」

「えっ! 王国にも共犯者がいるんですか?」

「町の補助金の流れを見させてもらったが不自然な差額がある。町長は黙り込んでいるが、我々の身内にキックバックを受けている者がいるのだろう。こんなものはすぐに見つけだせるさ」

「ただの魔物騒ぎと思っていたのに、あちこちに飛び火する大事件ですね……」

「小者どもがたまたま集まったにすぎんよ」


 一言で切り捨てるグランバルドさん。

 その様子をうかがっていたアレンが小さく笑った。


「ナイツは嫌いだが、あなたは良さそうだ。一隊が来るまで、もう少し考えさせてください」


 アレンがそう言って手を差し出すと、グランバルドさんが堅く握りしめた。


「さて、アンドレア殿、マリオン殿。お嬢さんがたへの報酬だが──」

「お、待ってましたー☆」


 お姉ちゃんが前のめりに歩み寄るが、しかし。


「非常に申し上げにくいが、ここでは支払えん」

「は……?」

「管理施設を破壊した分の修繕費を捻出したところ、手持ちが尽きてしまってな」

『はァ~!?』

「だったらアレンにあげたあの金こっちによこしなさいよ!」

「そ、そうですよ! 多いってさっき言ってたじゃないですか! なんだったら町長の蓄えた金品かっさらってきてくださいよ」

「わかった、わかったから無茶をいわんでくれ、落ち着いてくれ……」

「俺たちは別に渡してもいいんだが……」

「いや、それはならんぞ、アレンとやら」


 ドタバタと詰め寄る私たちを制したのはアッティだった。


「マリオンたちには十分な報酬を用意する、それは約束する。しかしそれは私たちが彼女たちに対して正式な場で渡すべきものなのでね」

「ちょ……ちょっと、どういうことよアッティ」


 私たちはアッティに物欲しげな視線を送ると、アッティは笑った。


「ふふ。聖王国アディートへ来いと言ってるのよ」

『えっ……!?』

聖騎士団ナイツが執り行うべき仕事をクリアにして、王国の身内の不正を暴くのに一役買った。おまけに高位魔族ノーヴルをその場で倒して被害を抑えたのだから、当然褒章ものでしょうよ」

高位魔族ノーヴル!? あなたたちが倒したっていうの!? じゃああの立体魔法陣はもしかして──」


 ユミルさんが私たちに詰め寄ってくるが、実際はそうではなかった。


「ああ、違う違う、それはアッティの呪文」


 とお姉ちゃんがフォローをいれると、


「まあそうね、一番の手柄は私のものね!!」


 アッティが胸を張ってドヤりやがる。


「だけどそれでも、ベムルボムルをあの場に押し留めてくれていたのはマリオンとアンドレア、あなたたちで間違いないのよ。誇りなさい」


 そうやって急に凛とした態度で言われてしまうと、私たちは何も言い返せなくなる。

 ときどき出てくる、この気品がずるい。


「そういうわけで、ここでは我々からは支払えん。一度カナルシティへ戻り、商会の報酬を受け取るといい。私たちが一筆したためよう」

「ああ、それは助かります。正直今回の件をどう証明するものかと悩んでました」

「あいつら、私たちを子どもだと思って舐めてくるのよね」


 数日前に訪れたはずのカナルシティが懐かしく思えてくるや。


「ねえ、マリオン。あなたたちはどこへ向かってるの?」


 ユミルさんが尋ねてきた。


「え? えっと、まずはカナルシティ行ってお金もらって……アディートに行ってお金もらって……」

「そうじゃない。もともとの旅の目的があるのかと思って。長旅なんて少女姉妹がそうそう続けられるものじゃないでしょう? 目的もなくふらふら、なんてわけでもないだろうし」

「ああ、そういうことですか……うーん」


 私はいいあぐねた。

 あまり話して気分のいいものではないからだ。


「『十字座の導き、その光とともに』──」


 突然、グランバルドさんがあの言葉を口にする。


「アンドレア殿は、数年前に滅んだサンドレアの国のナイツだね?」

「あはは。なんだ、バレちゃってたか」


 そう言って、お姉ちゃんは私たちのことを話しだした。


「目的はただの仇討ち。『北の魔女』とかいうやつを探してるのよ」


 故郷は、ここからずっと南のほうにあったサンドレア共和国、小さな島国だった。

 ある時、魔物の大軍に突然襲われて国は滅ぼされた。

 無差別に、それこそ完膚なきまでに叩きのめされた。

 私たち姉妹はそこの生き残りである。


「この剣は故郷の宝剣。サンドレアの宝物の一つよ」


 お姉ちゃんが話を終えると、場が静まり返った。

 思いのほか重たい話だったから、反応に困るだろうな……


「べ、別に私たちはしんみりしてないですから! 仇討ちだーなんて言いましたけど、双子姉妹の気ままな旅っていうのも憧れるじゃないですか! ね?」


 耐えきれず、私はその場を取り繕う。


「そうそう、仇討ちはおまけ。大義名分みたいなものよ」


 お姉ちゃんも慌てて弁明する。

 私たちの様子にアッティが笑って、レストランに柔らかい空気が戻る。

 ユミルさんが困ったような笑顔を向けてくる。


「見かけによらず荒っぽい人生送ってたのね、マリオンたちは」


 荒っぽい人生。

 最近はもう、そんな風に考えることはなくなってはいるのだけど。


「ユミルさんだって、ここにいるみんなやダンもだけど……みんな意外とドラマチックに生きてるじゃないですか。それぞれにそれぞれの大変なことがあるだけですよ、きっと」


 きっとそんなものだ。


「マリオン」


 アッティが私に呼びかける。


「仇討ちのことにしろ、お金のことにしろ、必ずアディートに寄って私を訪ねなさい! 必ずよ。きっとマリオンの役に立つわ」

「わかってるよ。カナルシティでお金もらったら真っ直ぐ向かう。またトマスさんなんかを送られてきて、部屋のなか覗かれたりされたくないし」

「ぶふぅッ──」


 レストランの隅で会話にも混ざらず優雅にコーヒーをすすっていただけのトマスさんが、その口に含んだコーヒーを盛大に吹き出した。


「ご、誤解だ! 誤解を招くことを言うな! 俺の品位が──」


 トマスさんの大慌てする姿を見て、みんなお腹を抱えて笑った。

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