第28話 アティア
それからアティア様は、本当に三日三晩を眠り続けた。
そろそろ目をさます頃だろうとトマスさんが連絡をくれて、私は再び町外れの家を訪問する。
さすがにそんな都合よく起きたりはしていなくて、しばらくはトマスさんのおもてなしを受けてのんびりと過ごした。
お爺さん──グランバルドさんは、アレンたちと繋いで欲しいとお姉ちゃんを連れて外に出ている。
これから皇女が起きるというのに、それでいいのだろうかと思うことはあるのだけど。
前に来たときには感じなかった緊張感が私を襲う。
「そんなに緊張することなんてないんだけどなあ」
なんてトマスさんはいつもの調子で言うんだけどね。
「無茶言わないでください。下手なこと言って首はねられたら嫌ですし」
「そんなことしねえよ、あっはっは」
アッティが──アティア様が眠りについてから、グランバルドさんに彼女たちのことを聞かされた。
アティア様は聖王国アディートの第三皇女、いわゆる聖女様。
お爺さんは昔にその名を馳せた聖騎士グランバルド。
トマスは特段の驚く情報はなかったけれど。
魔物騒ぎに困っている町が放置されていることを聞いたアティア様が『面白そうだから』見てこようじゃないのと無茶を言いだしたのが事の始まりだったそうだ。
彼女のあの性格は演技でもなんでもなく彼女そのものの姿だから、なおさら困ったものだとグランバルドさんは笑っていた。
彼女は彼女なんだとわかってはいるけど、桁違いの呪文を見せつけられてから初めて会おうというこの時間、どう接していいものだろうかと考えてしまうのだ。
「お。我らがお姫様のお目覚めかな」
ベッドに横たわっていたアティア様がむくりと身を起こして、グッと背伸びをした。
そしてあたりを見回すと、ぼやけた目をこする。
あくびをして、また倒れる。
「そこは起きるとこだクソアッティ!!」
「きゃっ!」
トマスさんがアティア様の布団をひっぺがした。
「何すんのよトム! 女の子の寝室に入って、あまつさえ掛け布団をはがして襲おうだなんて強姦のそれじゃないの!」
「誰が襲うかこのちんちくりんが!」
「
アティア様が水の呪文を唱えるが、しかし何も起こらない。
「へへん、アクセサリーを身に着けてないことにお気づきじゃないようですね?」
してやったりと、トマスさんが肘を張って見下すようにアティア様をみる。
すると、
「ルル・コ・フォルッッ!!」
めきょっ
アティア様のパンチがトマスさんの股間にめりこんだ!
トマスさんがうずくまって悶絶する。
ああ、すごく痛そうにしてる……
アティア様がげしげしとトマスさんを一通り蹴り終えると、うずくまったトマスさんの先にいた私にようやく気がづいた。
「あはは……お、おはようございます」
私はすこし戸惑いながら挨拶を投げかける。
「お、おはよう。やだ、恥ずかしいとこ見られちゃった……マリオンがなんでここに?」
ちょっと照れくさそうに髪をいじるアティア様がかわいい。
「そろそろ起きる頃だろうからって、おじ……グランバルドさんが」
そう伝えると、アティア様が短く息をはいた。
「ああ……もう聞いてるのね。なんかよそよそしいと思ったわ」
「その、アッ……アティア様が寝てるあいだにいろいろあったんです」
「いまさら、その呼び方はやめてよ。これまで通りでいいわ」
「わかりました。ア、アッティ」
私の不器用な呼び方に、アッティは呆れ顔をみせた。
私はアッティが眠っているあいだに起きたことを全部伝えた。
アッティたちのことを聞いたこと。
町長と魔道士は縄で縛って町の人が見張っていること。
ダンが捕縛を抜けて姿を消してしまったこと。
「お姉さんがいるのも本当だったんですね。全部作り話かと思ってました」
「姉同士が争ってるっていうのも本当だし、私もそのとばっちりくらってる。だけどまあ両親は仲良しだし、姉たちにボーイフレンドはいないわ。あれを手に負える男がいるなら見てみたいものよ」
第一皇女と第二皇女──
アッティのお姉さんなら美人で間違いはないのだろうけど、はたしてどれだけ怖い人たちなのだろうか……
「トマスさんがグランバルドさんの息子っていうところも嘘?」
「可愛がられてるのはそうだが、血縁関係だとかはないな」
答えたのはトマスさんだった。
いまだ苦悶の色が抜けきらない彼が立ち上がる。
「じゃじゃ馬はじゃじゃ馬にピッタリだろうなんつってな、ジジイの一言でアッティにあてがわれたんだよ」
「だーれがじゃじゃ馬なのよ!」
「言ったのは俺じゃねえよ、ジジイだ!」
キィーッ! といがみあう二人。
なんか、こういう場面が繰り返されると偉いんだかどうだかわからなくなってくる。
「まあなんていうか、アッティが元気そうでよかったです」
「あれ使ったあとの睡眠は快適なのよねえ。結構クセになるのよ」
そう笑って、腕をぶんぶんとまわしてみせた。
しかしすぐに顔をうつむけて、言いにくそうに口を開く。
「その……心配してくれてありがと、マリオン」
かわいい。
あ、いや、そうじゃない。
「こちらこそ、アッティがいなかったらみんな死んでましたしね」
そう言って笑顔をかわした。
「マリオン、お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「え? は、はい、私にできることならですけど」
突然のことに驚く。
何をお願いされるのかと身構えていると、
「その敬語もそろそろやめてほしいわ。堅苦しいのは嫌いなの。あなたとはもう、友人のつもりよ」
想像を大きく外れたお願いだった。
嬉しさが心の奥底からこみ上げてくる。
「もちろんです! わかりました!」
私は前のめりになって答えた。
しかし──
「やめてほしかったんだけどなあ……」
「ご、ごめん、ごめんってばアッティー!」
うっかり敬語が抜けきらなかった私は、アッティのジト目を一身に受けた。
ジト目はジト目でなかなかいいものだったことは心にしまっておこう。
しばらくしてお姉ちゃんたちが戻ってきた。
「おかえり、お姉ちゃん。アレンたちは?」
「んっふっふー♪ 元気だったよ。ユミルと二人ですごく驚いてた! 見せたかったなー」
「明朝、レストランを貸切でおさえさせてもらったから来てくれ。そこで精算をして、終わりだ」
終わり。
その言葉に若干の寂しさを持ってしまう。
これは仕方のないこと。
私たちも旅の途中なのだから。
「さあさみなさん、お茶とお菓子をご用意しました。立ち話などするもんじゃあありません、テーブルを囲んで話しましょうよ」
トマスさんがどこからかお菓子を運んできて、テーブルに並べた。
ティーカップに紅茶を注がれると、ささやかなお疲れ様会が始まるのでした。
「寝起きにお菓子食べさせるとか何考えてんのよ」
そんな悪態をつきながらパクパク食べていたアッティは、やっぱりかわいいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます