第27話 モルモントの悪魔たち《バッドフェロー》




 視界が真っ白に染まって、みんなの姿が見えなくなった。

 私を包む柔らかな光は傷を癒す。

 誰もいない、音も聞こえない、だけど穏やかな時間が流れる。

 強烈な安心感と優しさに抱かれる。


 これがアッティの指輪のルーンの力──


 やがて視界が開ける。

 お姉ちゃんがいて、お爺さんがいる。

 傷の癒えたダンと、黒焦げがとれて素っ裸の魔道士がいる。

 アッティが部屋の真ん中で倒れている。

 しかしベムルボムルだけは、跡形もなくその姿が消えていた。


 ホッとしたとともに、まだ続くひどい倦怠感に気づく。

 傷やケガを癒やしても、魔力や体力までは戻らないようだ。


 お爺さんがアッティに駆け寄って抱えあげる。

 私も二人に駆け寄った。


「お爺さん、アッティは……」

「ああ、問題はない。あれをやると、三日三晩眠り続けるんだ」

「三日三晩……」


 顔を近づけてみると、すぅすぅと寝息をたてているのがわかる。

 よかった、お爺さんの言う通り寝ているだけだ。

 しかし、お爺さんの息もあがっている。


 ザッザザッザザッ


 部屋の入口から大勢の足音が聞こえてきた。


「また、魔物……!?」


 お姉ちゃんが慌てて剣を構える。

 ふらつく私やお爺さんをかばうように、お姉ちゃんが先頭に立ちはだかる。

 いま来られたら、まともに戦えるのは一人だけだ……


「お嬢さんがた、崩れた壁の奥へ。様子を見る」


 お爺さんがいったん身を退くように促してきた。

 私たちはがれきの裏に隠れて、その正体を見定める。


 そうだ、無理に戦う必要はない。

 雑魚の集団が残っていたのなら、またぶちのめしに改めて来ればいいだけなのだ。


 しかし、ダンや魔道士には申し訳ないけど、彼らまで運ぶ余裕はなかった。

 そして部屋の入り口に影が揺れる。


「これは、いったい何事だ?」


 男のひとりが叫び、魔道士とダンの姿を見るや否や駆け寄る。

 駆け寄った男は、モルモントの町の長モルモントと、連れの町人たちだった。


 はあああああ。


 私たちは本当に心の底から安堵のため息をついた。

 それが聞こえてか、町長がこちらに気づく。


「おや……あなたは、アッティ嬢のお爺さん! とそのお客人。ああ、アッティ嬢まで倒れて……いったい何があったのです?」


 事態が飲み込めない様子で慌てふためく町長だが──

 私はもう、この事件の顛末を知ってしまっている。


 私は町長をキッと睨みつける。


「私たちは、魔物の発生源を追っていたらここにたどり着きました」


 そしていまだ転がっているだけの魔道士に視線を落として続ける。


「多くの魔物がこの管理施設から湧き出ていました。その実行犯が、このひとです」

「お、おおお、そうですか! そうですか! その召喚術師が! いや、いや、犯人を退治してくれるとは!」


 町長が両腕を大きく広げて大仰に喜んで見せる。

 このひとは気づいていないのだろうか。


「召喚術師──なんであなたが知ってるんです?」

「なっ……いや、それは! それは、魔物を召喚する術があると聞いたことがあるだけで……」

「ローブが燃えてなくなってなければ、これが魔道士だとわかるでしょうね。けれど、素っ裸の男を見て魔道士だとわかること自体がおかしな話です! 誰がどう見たって、ただの変質者じゃないですか!」

「マリちゃん、それはちょっとかわいそう」


 お姉ちゃんがツッコミいれてきたけど、この場は無視して話を続ける。


「魔道士は、ここを町長に借りていたと言っていました。町に魔物が湧くことで補助金が入るし、が入るのだと。町長、あなたはこの魔道士と組んで、魔物騒ぎが続くようにはかってきたのでしょう?」

「フン! そ、そんなものは全部想像にすぎんだろう! 証拠もなしに──」

「モルモントさん、あなたの負けだ」


 町長の言葉が遮られた。


「なに!?」


 それは、横たわるダンの声だった。


 目を覚ましていたのか──


 しかし起き上がらず、寝返りをうち、バタリと床に大の字になる。


「あんたは、長いこと町を守っていた戦士ロンドやガルマンとも手を組んでいた。オレがモルモントさんとの連絡役だったからな、売り上げの話ならよく知っている」

「なによ、モンクさんだって一枚噛んでいたくせに」

「ああ、噛んでいたよ。リリーを殺した魔物はどこかと調べるのに、ロンドたちのようなそこそこ戦える奴らと組むのは都合が良かったんだ」


 すると、連れの町人たちが不意をついて町長を取り押さえる。


「な、お前たち、やめろ! あんなどこぞの馬の骨ともわからん奴を信じるのか!?」

「おれたちの仕事仲間も魔物にやられています。最後まで聞いて、モルモントさんが無関係だというなら、なんとでも仰ってください」

「くそっ……」


 町長が私を鋭く睨みつける。

 私は仰向けのダンを見おろす。


「ダンさん、あなたのやったことだって許されませんからね」

「わかっているさ。だが今の俺には、謝罪の心も、後悔の念もない」


 全部やり切った、そういうことだろう。


「どういうことかな、マリオン殿」


 お爺さんが私に尋ねる。


「戦士を──ロンドとガルマンを殺したのは、このダンさんなんです」


 町長たちが驚きをみせた。


「モンクさん、なんでそんなことを──」


 お姉ちゃんが尋ねると、ダンが静かに語り始めた。


「町長との連絡係を任されるなかで、妙な金回りの良さが気になった。小さな町に似合わねえ豪勢なモンを、どういう訳か家に貯め込んでいたんでな」


 町長が不自然に金製品のアクセサリーを身に着けているのはその一端か。


「そいつをつけまわすうちに、そこの魔道士に会った。最初は頭蓋骨を集める趣味の悪い魔道士だと思った。魔物の発生源はコイツだ。すぐに殺そうと思ったんだがな……」


 ダンは気絶したままの魔道士に首を向ける。


「何でもするからと命乞いをされた。だからオレは聞いた。死んだ者に会いたい、お前にできるかと。こいつは出来るとほざいた。幾つもの新鮮な人間の頭が必要だと言われたよ」

「その話をバカバカしいと思わなかったの?」

「この町には戦士がくる。いきりたった未熟者が油断をして魔物にやられる。ゆっくりだったが、集めるには事欠かなかったんだよ。あとは魔道士に試させてみて、ダメならその時には殺せばいいだけだった」


 静かな狂気。

 しかしその目にはもう、生気を感じられない。


「そうしているうちに、町長とロンドたちの結託が露見した。オレもついに悪仲間と認められてな、あいつらに聞かされたよ。魔物騒ぎの長期化は町長が仕組んでいる、だから魔物素材の売り上げからショバ代を納めなきゃならんのだと」


 その顔は町長に向けられた。

 そしてゆっくりと立ち上ぎり、手についたほこりを払う。


「集める頭があと少しだと言われたとき、最後の二つはすでに決めていたよ」

「ガルマンとロンド……」

「わ、私は貴様のやったことには噛んでなどおらんぞ! そんなことは、私はまったく聞いておらん!」

「ああ、いまのはオレと魔道士とのあいだの話だ。だが魔物騒ぎを長期化させて、町に要らぬ被害者をだしたのは間違いなくあんたの仕業だったんだ」


 ギギと歯を食いしばり、拘束を振りほどこうとする町長。

 憎悪の眼差しをダンに向ける。


「オレはリリーに会いたかった。それとは別に、リリーを殺した悪魔を殺してやりたかった」

「フン、それで望み通り発生源たる魔道士を倒せたわけだ。しかし事態を長期化させていたのも、町に来た戦士が次々に犠牲になったのも、結局は貴様の欲望のために解決を先延ばしにしてきたせいじゃないか! 貴様と魔道士が──」


 などと、わんわん喚き立てる町長。

 自分が事態を放置してきたことを棚に上げ、この期に及んで被害をもたらしたのは自分ではないとのたまう。

 この男は──

 ふつふつと体の奥から怒りがこみ上げてくる。


 すると、ダンが静かに町長へと近づいた。

 何をするかと見ていると──


 ガシッ


 町長の顔面を無造作に鷲掴みにした。


「あが、あががぁぁ……」


 町長がうめき声をあげる。

 拘束していた連れの町人だちが怯えて後ずさりする。

 狂気のダンのその手に、だんだんと力が込められて、町長の体が宙に浮く──


「リリーを殺した悪魔は、貴様だと言っているんだモルモントォッ!」


 ズガンッッ


 町長の頭が砕かれんとするその瞬間、お爺さんのロングソードが閃いた。

 剣の腹がダンの後頭部を強打すると、彼はその場に崩れ倒れた。

 町長も倒れ込み、頭をおさえて痛みにもがいている。


「さて、答え合わせは終わったかな?」


 お爺さんが二人を見下ろしながら口にする。


「ひ……あがっ……た、た、助かりました、お爺さん……しかし貴方は……」


 一命をとりとめた町長がお爺さんにすがりつく。

 しかし、


「助かった? 何をいうか、モルモント町長」

「は……?」


 お爺さんがロングソードの切っ先を町長の眼前に構える。

 まさか──!


『ちょっと、お爺さん!?』

「ただのおっさんにそこまでする必要は──!」


 私たちはお爺さんを止めようと駆け出す!


「ま、まってください、なにとぞ! なにとぞ命だけはお助けを!」


 そして命乞いをする町長。

 そんなことなどお構いなしに、お爺さんは宣言する──


「聖王国アディートが第三皇女アティア様の命により、聖騎士グランバルドの名で貴殿らを捕らえる!」

『へ……?』


 お爺さんの声が場を制した。

 町長も連れのひとたちも目を丸くする。

 私たちも脱力し、間の抜けた声をあげて顔を見合わせた。


「聖王国……? 聖騎士グランバルド……?」

「アティア……? 第三皇女……?」

『聖王国の聖女様ーっ!?』


 声を揃えて叫んだ。


「しかも聖騎士グランバルドって……昔の英雄じゃないの──」


 お姉ちゃんはその名前を知っているようだった。

 だけど私はといえば……

 ひどい倦怠感と突然の展開に、すっかり頭が追いつきませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る