第26話 聖天抱擁《バロネス・ディア・エンブレイス》

──聖盾イージス!」

「な……聖騎士団ナイツーっ!?」


 お姉ちゃんが驚きの声を上げた。

 私も同じ思いだけどそれどころじゃない。

 お爺さんは剣を突き立てると、私たちは四方を光の壁に包まれる。

 そしてすぐに黒い球が光の壁を打ちつける!


 ジュヴヴヴヴジュジュヴ──


 耳に痛い弾けるノイズのような音を立てて、敵の攻撃は消失した。


「ちょっとお爺さん、ナイツって、聞いてないわよ……!」

「話は後だ、集中しろ。来るぞ」


 お爺さんは突き立てた剣を引き抜いて、突進してくるベムルボムルに応戦する。

 とても速い敵の連続パンチをすべて剣で防ぎ切ると、黒い球を生み出そうとする胴体の顔を蹴りつぶしてベムルボムルと距離を取る。


「あれってただのロングソードよね……?」

「道具って、長いこと使ってると持ち主の気が宿るというじゃない」


 お姉ちゃんの驚きに、さもなんでもないかのようにアッティが答えた。

 普通のロングソードならばお姉ちゃんの気にしている通りすぐに折れていただろう。

 それでも迷いなく剣を振るうお爺さんを見ていると、そのロングソードへの絶大な信頼が窺える。


聖光弓ア・フォム・アーチェ


 アッティは光の弓を出現させるとすぐに構えた。


「ジイ、邪魔!」


 冷たい声が響くと同時に、鮮烈な光の矢が放たれる!

 お爺さんが紙一重のところで射線から跳びのくと、矢はベムルボムルに突き刺さった!

 邪魔って、アッティ、もっと言い方……


 ベムルボムルが悶えている。


「何なんだ、お前らは……」

「家族に恵まれなかった娘とその爺さんよ」


 言ってることはともかく、その凛としたアッティの姿は気高く映る。

 アッティは光の弓を消失させると、私たちに耳打ちする。


「アンさんはジイと合わせてあいつの注意をひいて。マリオン、あなたは私を飛び道具から守りなさい。あと、アンさん、その剣貸して」


 口早に指示を出すアッティ。

 お姉ちゃんが言われるがまま剣を差し出すと、


聖光呪装ア・グラン・グラント


 剣は、アッティの呪文によって魔力をまとい白く輝き出した。


「これで少しの間は奴と斬りあえるはずよ。光が消えたら無理せず退きなさい」

「これは……ステラ──?」

「ステラ? ただの付与魔法エンチャントよ」

「あ、ううん、何でもないんだ。いってくるよ」


 そう言ってお姉ちゃんは加勢に向かった。

 するとアッティは目を閉じて、また私が聞いたことのない呪文を唱えはじめた。

 何をするつもりか想像もつかないけど、私も流れ弾に備えて壁の呪文を準備しておくことにした。

 正直いって、パワーアップした奴の魔力にどこまで対抗できるか──


 お姉ちゃんがお爺さんの剣の相槌を打つように斬撃を繰り出す。

 剣の多くはベムルボムルのしなやかな腕に弾かれるが、しかし二人がかりの猛攻すべてを防ぎきれない!

 腹に、脚に、二人の刃が通りはじめた!

 そしてすぐに再生する、かと思ったが──傷が再生してない……!?


 アッティの付与魔法エンチャントか!


「小癪なァッッ!」


 ベムルボムルが吠えると、衝撃波が二人を吹き飛ばした!


「邪魔だ邪魔だ! お前らが俺に敵うと! 本気で思っているのかァァッ!!」


 すべての顔から生み出される滅びの魔力が一手に集まり、天井を呑み込むほどまでの大きな闇の球となる。


「人間ごときがなァ、高位魔族ノーヴルを伏せられると思うなよ……? 不愉快なンだよォォッッ!!」


 そして巨大な闇の球を、私たちめがけてぶん投げる!

 闇の球が重く響く音をたてながら、天井を、床を呑みながら、ゆっくりと迫りくる。

 よけようにも、大きすぎてよける場所はない。

 あんなの防ぐ呪文なんて知らないし……だけど……やってみるしかない!

 これまでの黒い槍も球も、物を削って消えたんだ。

 だったらこの大きな闇の球だって、呑み込んだ分だけ弱まるに違いない──!


「二人とも戻ってください! お爺さん、さっきのお願いします!」

「あれに対抗する術があるのか?」

「やるしかないでしょーが!!」


 吠える私に、お爺さんが面を喰らった顔をして、そして笑った。


「承知した!」


 すぐさま聖盾イージスが展開される。

 次は、私の番!


地霊護法陣ドル・ルク・フォート!」


 さっきも使った呪文だが、今回は使い方を変えて、闇の球の射線上に壁が立ち並ぶように発動させる!


 ガリガリガリガリ──


 闇が多量の岩を呑み込んでいく。

 そして予想通り、闇はすこしずつしぼんでいく。

 しかしそれでもまだ大きい──果たして、耐えられるか……!


針土竜ドル・ラ・ライズ!」


 ダメ押しの追撃を呑み込ませてみるが、しかし壁の呪文ほどの量は稼げない。


 も、もう一度……ッ!


「はい! マリちゃん、わたしイケそう!」

「えっ?」


 闇の球は眼前に迫るなか、突然お姉ちゃんが元気に手をあげた。

 聖盾イージスに間もなく接触するかというそのタイミング。

 冗談ではまったく済まされない場面なのだけど──


「マリちゃん、お姉ちゃんを信じな? お爺さんはもう少しだけ頑張ってね!」

「何をする気かわからんが……わかった」


 お爺さんは剣に一層の思いを込めると、聖盾イージスがより輝きを持った。


「ちょっと、アン姉、ほんとに大丈夫なの!?」


 私の不安をよそに、お姉ちゃんの声が高らかに響く──


「十字座の導き、その光とともに!」


 それは、剣の解放の呪文ステラが無ければ使えないはずの宣誓だった。


「え、うそっ!?」


 ──それは使えないでしょ!?


 しかし、がお姉ちゃんの周囲に現れる。

 それを見た瞬時に、私の考えは変わる。

 

 これならば──いける!


 勝機を見た私は、少しでも闇の球の勢いを削ぐべく、攻撃呪文を繰り返し呑み込ませる。

 消えろ、消えろ、消えろ!


 やがて、闇が聖盾イージスとぶつかり凄まじい音を立てる。

 お爺さんが剣を杖代わりに立っている。

 とても、つらそうだ。


 ピシッ


 聖盾イージスがヒビ割れ始めた。

 手を尽くし、闇の球はだいぶ縮んだのだけど──お願い、耐えて──!

 私も、呪文の乱発から猛烈に襲いくる倦怠感に視界が揺れる。

 魔力の枯渇が近い。

 遠のきそうな意識のなかで、祈る気持ちで呪文を放ち続ける。


 そして、ついに、


「お疲れ、マリオン!」


 私が待ち望んだ声が響く。


「そんなに呑みたければ、たらふくくれてやるわよ!」


 お姉ちゃんは眼前の闇に、剣を真っ直ぐと振り構え、命じる!


「ステラ・ブレーーーイクッ!!」


 号令とともに、超重量の白い球体が闇に突撃した!


 ひとつ、ふたつ、呑み込まれる頃には、闇は急激に縮む。

 みっつ、よっつと更に呑み込んだ闇は、不自然な振動とともに、弾けとんで消失した──!


「ナ、何だとォォッッ!!??」


 ベムルボムルの驚愕の叫びが、ポッカリとあいた空に響き渡る。

 同時に聖盾イージスがバリンと音を立てて割れ、お爺さんがへたり込む。


「そんな力は聞いたことがない! お前らは何者だ! 人間ごときが、これほどの力を持つことなど──!!」


 焦燥感を隠せないベムルボムル。


「だが、俺は同じことを何度だって繰り返してやる──あと何度耐えられるか、やってみろォォォッ!!」


 その瞬間、あたりに幾つもの光の球が生まれ始めた。


「え、なにこれ──」


 私たちは周囲の光に戸惑う。


「お待たせ、みんな」


 そこに、アッティの澄んだ声が聞こえた。

 振り返ると、白い魔力を纏ったアッティの姿があった。

 彼女が前に歩み出る。


「アッティ! 私たち、次のは耐えられそうにない──」

「もう大丈夫よ」


 彼女は笑った。

 それは間違いなく、勝利を確信した笑みだった。


 すると、お爺さんが彼女にひざまずく。


、あとのことは私にお任せください」

「ええ、、任せたわ」


 え、え……?

 二人が知らない名前でお互いを呼び合った。

 こんなときに何を──

 私は考えが追いつかなかった。


 ベムルボムルが再び闇の球を繰り出そうとしている。

 アッティはそのままベムルボムルのそばまで歩み寄った。

 周辺の光の球は増え続け、その強さを増している。


「小娘が……観念したか」


 ニタリと余裕の笑みを浮かべるベムルボムルだが、


「誰がするものですか」


 言い放ち、アッティはピッとベムルボムルを指さした。


「母の腕に抱かれし者は、安らぎのうちに遊泳し、永遠とわに眠らん──」


 あたりに浮かんだ光の球が線でつながり、図形を描いていく。

 抜けた天井を見上げれば、ドーム状に広がる模様は……立体魔法陣!

 魔法陣が描かれるにつれて、ベムルボムルの闇の球が霧散していく。


「な、な、何なんだよォ……コレはよォ……」


 ベムルボムルが不可解な状況に戸惑いを見せる。


「ちょっと、お爺さん、これ何なのよ、どうやってるの!?」

「あれは、我らが聖王都アディートの対魔族において最高位の秘術──」


 私たち姉妹も、何が起きているのか理解できず、ただただ困惑するしかない。


「深く、しろく、満ち満ちた星の静寂に沈め──」


 呪文の詠唱らしき言葉を並べたてるアッティ。

 白魔法の祈りの詠唱にも似たこれも、ルーンの呪文なのだろうか──

 複雑に絡み合っていた、指輪の秘文字、その力なのだろうか──

 幾重もの立体魔法陣が、見上げる空を、あたりの光景を、幻想的に白く染めあげる。


 ベムルボムルは詠唱を止めようとアッティを殴りつけるが、強力な魔力の障壁に弾かれる。

 ベムルボムルの全身にあるすべての顔が絶望に滲む。


「何なんだよォ、お前たちはよォ──」


 話しかけるベムルボムルに、しかし、アッティは容赦なく呪文を解き放った。


聖天抱擁バロネス・ディア・エンブレイス!!」

「何なんだよ、お前たちはァァッ──────」


 一面に解き放たれた光の洪水に、ベムルボムルの断末魔は掻き消された。

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