第25話 悲哀の殺人鬼《マーダラー》

 無言で魔導士に近寄るダンから、私たちは距離をとる。

 ダンはしゃがみ込み、魔道士の脈をはかった。


「殺しちゃないわよ?」

「ああ」


 短く答えると、すくと立ち上がりベムルボムルへと振り向く。


「あんたがこいつに召喚された奴か?」


 ダンがベムルボムルに尋ねる。

 堂々とした立ち振る舞いは勇ましい。

 しかしベムルボムルは彼を見定めるようにしてしばらく黙り込む。


「思い出したぞ、男。彼方かなた此方こなたの狭間に揺らぎながら、しかと見ていた」


 ぱちんと指を鳴らし、また虚空に文字を写しだす。

 そしてベムルボムルは彼を歓迎するような──嘘くさい──紳士的な態度をとって話を続ける。


「お前はこの魔道士の熱心な協力者だった。そなたの願いを聞き届けるようにと、そこの魔道士と契りを結んでいる」

「ふん。怪しい術師も約束は守るか……」

「や、約束ってなんですか? 魔族との契約なんてロクなものじゃないこと、知っててやってるんですかっ?」


 私はダンに問いかけた。

 彼の願い事ならおおかた察しはついている。

 だからこそ尚更ロクなことにならないのだと確信をしている。

 しかし私には何も答えず、彼はその想いを悪魔にぶつける。


「オレは愛する者に会いたい」


 だからいつも新しい花を添えていた。

 だけど想いを捨てられなかった。

 だから魔族に頼ることしかできなかった。

 あんなにも強い、人なのに──!


「知っているぞ、そなたの愛するものを」


 ダンの顔に微かな希望が湧く。


 でも、それは絶望だよ、ダン──


 ベムルボムルの体が突然うねりだし、やがてひとりの女性の顔が浮かびあがった。


「り……リー……リリー!!」


 ダンが泣き崩れる。

 恐怖でもなく悲哀でもなく、ただ再会の喜びが響く。

 しかしその顔は言葉をきくことはない。


「魔族殿、どうか、どうか彼女を蘇らせてくれ!」


 彼の必死な叫び。

 一体どれほどのことが二人の間にはあったのだろう。

 知る由はないけれど。


 残響。沈黙。静寂。間。


 魔族の嘲笑。


「あひゃ、ひゃひゃひゃ!」


 ベムルボムルが心底面白いと地団駄を踏みながら笑いだした。

 ダンの顔が固まる。


「そりゃァ無理だぜ! お前は何て言われて手を貸した? 生き返らせてやると言われたのか? いいや、そこの魔道士はこう言った。『会わせてやる』」


 虚空の文字を指でなぞると、文字が黒炎に燃えて消えた。


「お前ら人の神は一度でも誰かを生き返らせたことがあるかい。ン? ねェだろがよ」


 ダンが顔を伏せ悲哀に沈んだ。

 私はお姉ちゃんのうしろで顔を背ける。

 見て、いられなかった。


「神サマができねェことォよ、魔族俺たちの王にだってできる理屈ァねェやなァ」


 ニタニタと笑うベムルボムル。

 ダンの歪んでいく心を味わうように。


 ガンッ


 ダンの拳が床を叩きつける。

 そして恨みに満ちた眼差しで悪魔を睨みつけた。


「おいおい──」


 ベムルボムルは呆れ顔だ。


「恨むならこっちじゃねェだろがよ。そっちの情けのねェ魔道士はなァ、それが無理と知っててこのベムルボムルを呼んだンだぜ? 自分の道楽のためによ、誰かの手ェつかって、さんざ殺してなァ。あひゃひゃひゃひゃ!」


 魔道士は言っていた。

 幾十の頭蓋と幾千の血、それが盟約の供犠だと。

 それはただの詠唱などではなく、事実、それだけのものを魔導士は捧げたということ──!


「さァ、会いたいという願いは叶えたからな。!」


 異様な力が、濃い闇の力がベムルボムルの身から溢れて部屋に満ちた。

 術者との契約を果たすまで力を制限されていたか──!

 あの黒焦げ……まだノビてるが、召喚術師としての腕は確かなのかもしれない。


「さっきまでのは遊びだァ、小娘ども!」


 ベムルボムルはまた混沌の歪みを生み出すと、デーモンが──いや、が闇を割って這い出てきた。


「そんな、まさか──!?」


 グレートデーモン。

 デーモンよりも一段上、というと伝わりにくいが、その恐ろしさは格段に上がる。

 適当な呪文は弾かれるし、ただの剣ではベムルボムルのように再生もする。

 ところ構わず魔力を撃ち放ってくるし、接近戦なら私では受け止めきれずに吹き飛ばされるほどだ。

 体内の核を狙い撃てれば終わりではあるのだが、それが手間のかかる作業なのである。


 そんな心配をよそに、


 ザザンッ


 グレートデーモンの体が三つに引き裂かれた。


「なにっ……!?」


 ベムルボムルが驚愕する。

 私にもなにが起こったのかわからなかった。

 裂けて吹き出した闇しぶきのおさまったあとに立っていたのは、腕に大きな光る爪を備えたダンの姿だった。


武気ぶき・金獅子」


 彼は転がり落ちるグレートデーモンの核を踏みつけると、床ごと割って砕いた。


「あの切り口って……」


 お姉ちゃんが呟く。

 私も見覚えがある。


「ガルマンについてた爪痕──」


 そう。

 ガルマンやロンドの体にあった爪痕は、私たちが獣か魔物の爪によるものと思っていたそれは、おそらく、いや、間違いなくダンの『金獅子』によるものだ。


「うおおおおおおおッ!!」


 ダンが駆ける!

 ベムルボムルが無数の黒い槍を彼に放つ!

 しかし彼は地面に転がり避けると、起きざまにベムルボムルの胴体を切り裂いた!

 そのまま進行方向へ大きく飛んで間合いを取る。


「浅い──!?」


 さっきはただの剣ですら刃が通ったベムルボムルの胴体が、グレートデーモンすら分断した『金獅子』が、傷をつけたものの裂くにはいたらなかった。

 続けざまにダンが切りかかる!


 ガギャギャンッッ


 光の爪は、ベムルボムルの片腕に軽々と防がれてしまった。


「強いなァ、お前は。しかし残念」


 ベムルボムルはリリーの顔を前面に見せつける。


「お前はこの女を取り戻せやしねェし、俺をどうもこうも出来ねェよ」


 言い終えるや、ダンの体を持ち上げて、大きくブン回して部屋の壁に投げ飛ばす!


 バァンッ


「がは……っ」


 ダンは背中を強く壁に打ちつけて床に落ちると、息絶え絶えの様子で立ち上がれなくなってしまった。

 次の瞬間、


 ガラガララガラララ


 その壁が崩れる──


「ダンさん──!?」

「あ、ちょっとマリちゃん!」


 私はお姉ちゃんの制止を振り払って、彼に駆け寄った。

 もう、放っておけなかったのだ。

 崩れた壁を取り除いてダンを救助する。


 すると──


「お待たせしましたな、マリオン殿」

「よかった、生きてたみたいね!」


 崩れた壁の向こうから、渋い男の声と明るい少女の声が届いた。


「え? あ、アッティ! お爺さんも!」


 私たちは地下に落ちた二人との再会を果たした。

 そしてすぐに、アッティが転がるダンを見て不安そうな顔を見せる。


「あれ? この人……もしかして、私がやっちゃった……?」

「大丈夫、偶然が重なっただけよ……多分」


 アッティはダンに触れると短く呪文を唱える。


治癒印ア・キュルル


 ダンの体の傷が淡く輝き、少しずつ癒えていくのがわかる。


「なんだァ? また増えやがって。面倒臭ェ──な!」


 ベムルボムルが苛立った声をあげると、体中の顔という顔から黒い球体を生み出す。

 槍、じゃない……しかも数が多すぎる──!!

 制約の外れたベムルボムルの力は想像を超えてくる。


「みなさん、よけてください! あれは滅びの魔力です……!」

「心得ている」

「えっ?」


 私はアッティたちに注意を促したが、しかしお爺さんは動じない。


「そろそろ、死にやがれェッ!」


 ベムルボムルが滅びの魔力を撃ち放つ──!!

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