第23話 高位魔族《ノーヴル》・ベムルボムル①
「うげぇ、気持ち悪い──」
腕の長い人の形をしているが、だからこそ、そのディテールが痛々しく見るに耐えない。
私も視線を逸らしたい気分だよ……
ベムルボムルは足元に転がる魔道士を肩越しに見おろす。
「なんだァ? 御主人様ァ、ノビてるじゃんかよ。おい、そっちの二人。やったのはお前らかい」
「私のお姉ちゃんがやりました」
「ちょっとマリちゃん!?」
「あひゃひゃひゃ! 構いやァしねェよ。契りがなんだトカ面倒くせェ話でよ、後回しにする言い訳ができるってェモンだ」
そう言いながら首や肩をバキバキとまわした。
頭こそ多くあるが、人格を持つのは首の上の頭ひとつだけのようだ。
容姿はもとよりその仕草、その流暢な話口調がまた奴の異様さに拍車をかけている。
一通り運動を終えると、今度はパチンと指を鳴らす。
ベムルボムルの目の前に文字らしきものが浮かび、奴はそれに目を通す様子を見せた。
そして私たちを見る。
「なァ、そこの。もう一人いるはずなンだがァ、どこにいるか知らねェかい? まさかお前らじゃァなさそうだからな」
「も、もう一人? 知らないわよ、そこの黒焦げしか……」
「そうかい。ッたく、これじゃァ好きにできねェじゃねェかよ──」
ぶつくさと言いながら頭を掻く。
「どういうことよ、さっぱりわからないわ」
お姉ちゃんが剣を納めながら話しかける。
「どうもこうも、契約だ契約。願いを叶えてやらにャァならねーらしいンでな」
「願い、ですか?」
「俺に聞くなァよ、知らねンだからよ。それより、そっちの剣士よ」
「わたし? なに」
「この魔道士をのしたのはあんたで間違いないな?」
お姉ちゃんが嫌な予感を察してじとーっと私をみてくる。
私はしれーっと視線をそらす。
ごめん……ごめんってばお姉ちゃん……
お姉ちゃんはため息をついた。
「ええ、わたしよ。けど殺しちゃないんだからね! ちょっと痛かったとは思うけど……」
ちょっとどころじゃなく痛いと思います。
「そうかい。ンなら──」
と、ベムルボムルが両手を広げる。
すると奴の両隣に混沌が渦巻く。
その中からデーモンが一体ずつ姿を現した。
「穏やかじゃないわね──」
「術者を守るってェのも契約さァ。面倒臭ェが、願い聞いてやるまでの縛りでよ」
「は、話し合いは?」
「要らねェよ」
ベムルボムルが腕を振り突撃の合図を放つと、デーモンがこちらに向かって走り出した!
お姉ちゃんも剣を抜き駆けると、あっさりとその一体を斬り伏せる。
そこを狙ってもう一体のデーモンがお姉ちゃんに飛びかかる。
「
カチィンッ
前傾姿勢で飛びかからんとしていたデーモンの足元から青白い魔力が噴き上がり、その下半身を氷漬けにして捉える!
状況がつかめないデーモンが自分の体を確認するが、すぐにお姉ちゃんの剣に両断された。
「あひゃひゃ! ただモンじゃねェなァ!」
ベムルボムルの甲高い声が屋内に響く。
スキだらけ!
「もいっちょ!
今度はベムルボムルを青白い光が襲う!
しかし──奴を包みこんだ魔力は霧散した。
「うそっ!」
「あひゃひゃひゃ! 効かねェよ、ンなもん。ヒンヤリ気持ちいいくらいだ。それお返しだ、受け取ってくれ」
ベムルボムルの中の無数の顔が口をあけると、黒い槍を飛ばしてくる!
ヴゥゥゥゥ……ン
幸い発射の速度はそれほどなく、なんとか避けることはできた。
当たった先の壁を見やればポッカリと小さく丸くえぐられている。
耳障りな音がしただけで衝撃はなかったはず……とすれば、接触点を消失させるもの──滅びの魔力か。
「なんちゅー攻撃してくるんですか……」
「まだいくぜィ? ほれ、ほれ」
ベムルボムルが立て続けに黒い槍を飛ばしてくる。
避けるのは難しくないとはいえ当たれば致命傷……
私もお姉ちゃんも慎重にならざるを得なかった。
ええい、厄介な──!
回避行動をとりつつ、私は少し時間を要する呪文を唱え始める。
しかしその時、お姉ちゃんが間合いに踏み込む!
「はあっ!!」
払い抜ける斬撃はベムルボムルの脇腹を確実にとらえた!
『あぎゃああああああ!』
ベムルボムルの頭たちがそれぞれに悲鳴をあげる……!
反撃を警戒していったん身を引いてくるお姉ちゃん。
「やったかな……?」
「どうだろ……自信ない」
ああああ、と、長い悲鳴が続く。
しかし、
「…………あひゃひゃ」
少しの沈黙のあとの、気味の悪い笑い声。
「なんて、そんなのが効くモンかよ。俺ァそこいらのデーモンじゃねェんだよ」
斬り裂いたはずの腹部が黒い煙をあげて修復されていく。
「痛ェは痛ェけどな、まァそンだけだな。あひゃひゃ」
こいつ、強い──
ちょっと強いくらいの魔族なら私たちも経験豊富なほうだが、こいつ、
ベムルボムルが再び黒い槍を生み出しはじめる。
私は唱えていた呪文を解き放つ。
「堅牢の大地よ、彼の者と我らを隔てよ、ひとときの安息を──
私たちとベムルボムルのあいだに天井まで届く幅の広い岩壁が生み出される。
何発かは防げるだろうけど、これは気休めの時間稼ぎだ。
「あひゃひゃひゃ! それが何になるってェンだい」
ヴヴヴ ヴゥゥ……
岩壁の向こうから耳障りな音と笑い声が止まない。
「どうするのよ、マリオン!」
作り出せた少しの時間に私たちは壁の端っこに移って作戦会議。
「わからないよ、打つ手がないし。ステラは?」
「まだ無理。派手な呪文は?」
「崩れちゃうから使えないよ、アッティたちも残ってるかもしれないし」
私たちの場所からは離れた岩壁の一部が、黒いエネルギーによって貫通したのが見える。
「あいつ剣はあっさり通ったわ。さっきのわざとあげた悲鳴、回復まで時間がかかるのかもしれない」
「だったらどうするの?」
「魔力はダメでも物理攻撃はダメージが通るのかもしれないってこと」
「なるほど──了解、アン姉」
私たちはグーパンチを突き合わせて作戦に動き出す。
お姉ちゃんは接近戦に持ち込むべく剣を構え、私は呪文を唱え始める。
その時、
ズガンッ ズガンッ
「オーイどこだァ? 退屈じゃねェかよ、お前らの恐怖トカ悲鳴トカ、喰わせろってンだ──よッ!!」
ズガガララガララシャン
ベムルボムルの放った大振りのパンチが、壁を一息に突き破り崩壊させた……!
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