第20話 守衛の霊魔鎧《リビング・メイル》

 中に入ると、入り口のような趣味の悪い装飾はほとんどなかった。

 入ってすぐ小部屋があった。

 しかし明かりが足りず薄暗い。

 火をつけるか、と呪文を唱えはじめたそのとき──


月光ア・ルナ


 ふいにアッティが呪文を唱えた。

 屋内をふわりとした光が照らす。


「おお」


 私はつい声を漏らした。

 光源のない明かりが部屋を照らしてるような、不思議な呪文だ。

 部屋には古いテーブルや椅子がひと組と、これまた古いカップボードにベッド……ちょっとした待機部屋のように思われた。


「この部屋は使われてないね」


 お姉ちゃんがカップボードの天板の埃を指で確かめる。

 掃除やメンテナンスはされておらず床も土埃がかぶっていて、何者かの行き来のある部分だけが土埃が薄くなっている。


 その小部屋を抜けると、今度は通路の壁が変わる。


「明かりはアッティについてくるんだね」

「え? うん、そうだけど……?」

「光源が見当たらないのに明るいの、不思議で」

「あ……考えたことなかったかも。べつに珍しい呪文じゃないわ。いつかウチに来たらいくらでも教えてあげる。あなたにも使えるかわからないけど」

「ほんとっ? いくいく!」


 私とアッティは小声で話しながら笑った。


「このあたりから、山をくり抜いてるな」


 お爺さんが壁をなでながら呟いた。


「壁の補強の木、ところどころ新しい木材になってるよ」


 崩れないようにと組まれたものだろう。

 さっきの小部屋は使ってなくても、奥のなにかは使われているということか。


「水源の管理施設ということならこの先に保護している水源がある──のだといいが、さっきから唸るような音が聞こえてくる」

「お爺さん耳良いのね」

「まだまだ現役さ」


 タタタタ、ギュ、ギュ、タタタタ


「足音──」


 今度はみんなの耳に聞こえる音だった。

 先頭のお姉ちゃんが立ち止まって剣に手をかける。

 魔物、だろうか。

 こんな崩れるかもしれない道では派手な呪文は使えない……

 私も、無いよりマシくらいにしか扱えない腰のダガーを引き抜いた。

 奥から見えてくる二つの影──


「デーモン!」


 お姉ちゃんが片方に向かって駆ける!

 デーモンが腕を振り上げるが──


 サンッ


 払い抜ける鮮やかな一閃、デーモンはその体を二分される。


「うしろ!!」


 振り向きざまお姉ちゃんが叫んだ。

 慌てて振り返るとグリンホーンの群れが私たちが来た道から詰め寄ってきている!


「そんな、どこから!」

「マリオン殿、アンドレア殿のサポートを。あれくらいの数のグリンホーンなど、どうということはない」


 そう話すロングソードを構えたお爺さんの威圧感は恐ろしいものだった。

 この人も場慣れした戦士だ──そう直感した。


聖光弓ア・フォム・アーチェ


 アッティの装具が光り、魔力の弓を発現させる。

 彼女もグリンホーンの群れに応じる構えだ。

 そうしている間にもお爺さんは二匹、三匹と斬り伏せていた。

 アッティたちへの心配は、まったくはいらなかった。


 お姉ちゃんに振り返ると、デーモンがお姉ちゃんめがけて拳を振り下ろすところだった。

 しかし剣によって受け流された拳は軌道が逸らされ、勢いそのままに地面をえぐった。

 私はその瞬間を逃さずに呪文を放つ。


氷絡鞭シャルル・グルー


 指先から放たれた魔力は鞭のようにうねり、デーモンの腕と床をとらえて氷で繋ぎ止める!

 お姉ちゃんはすかさず剣を振り上げてその腕をデーモンの体から切り離すと、振り下ろす刃で胴体を斬り込んだ。

 大きくよろめくデーモン。

 倒したかと思った、次の瞬間──!


「ガアアァァッ!」


 苦痛にも似た叫び声とともに、無数の小さな魔力の弾がデーモンの周囲に生み出される!


「ちょ、ちょ! マリオンお願い!」


 お姉ちゃんが慌てて私のもとへ駆け寄るのを合図に、


石盾ドル・シェル!」


 私はデーモンとの射線上に石の障害物を作り出した。

 とっさのことで精度は低いが、どうか──!

 直後、デーモンの魔力弾が無差別に撃ち放たれた!


 どががががががががっ


 ひとつひとつの威力は弱いものの、それは土の壁や天井に無数の穴をあけて建物を揺るがした。

 アッティたちは……!?

 振り返って確認すると、流れ弾の被害はなさそうだ。

 グリンホーンの群れもほぼ全滅している様子だった。

 前方のデーモンは……


「最後のひと吠えだったようね」


 お姉ちゃんは息絶えたデーモンの体を蹴飛ばした。

 そしてすぐに黒い煙となって消えていくのを見てホッとする。


 それも束の間──


「なんだッ──!?」

「きゃァァァ……ッ!」


 どがらららららら


「アッティ! お爺さん!!」

「く、崩れた!?」


 さっきのデーモンの攻撃の影響か、突然アッティたちのいる場所の天井と地面が崩れ落ちてしまった。


「二人とも、無事ですか!」


 大きくあいた穴に呼びかける。

 暗くて様子が窺えない。

 しばらくすると、ぽぅ、と明かりが灯るのが見えた。

 アッティの呪文だろう。


「こっちは大丈夫、すこし怪我した程度よ。同じ方向に道が伸びてるから、私たちは下の道を進んでみる。あなたたちもそのまま進みなさい」


 いつものアッティの声だ。

 無事であればまずは良し。

 同じような道があるのなら階段もどこかにある可能性のほうが高いだろう。

 私たちはひとまず安堵した。


「わかった! またあとでねアッティ!」

「ええ、無理しないでね」


 あれ、アッティが気遣ってくれた……?

 勘違いかもしれないけど、ちょっとだけ嬉しかった。


灯蛍バル・コ・グロー


 届かなくなったアッティの明かりの呪文の代わりに、私は浮遊する火の呪文であたりを照らした。

 不慮の事故によって二手に分かれることにはなってしまったが、アッティたちはアッティたちで、私たちは私たちで奥へと進む。

 さすがに床にあれだけの穴があいては後ろから不意を突かれることはないだろうと思うものの、気味の悪さに時々うしろを警戒してしまう。


 やがて空間が広がる場所に出た。

 明らかに作りの違うホール。

 壁にたいまつがかけられてるを見つけて、私は火を飛ばしてたいまつを灯す。

 するとホールの奥に、異様な大きな金属の山が見られた。


「なによあの大きなの。どうやって運び入れたのかしら」

「壁の木の組み方がさっきまでと違うし、急ごしらえのホールかな……」


 しかし先へ進む道が見当たらないが……


 カシャン ギィィィ ギギ


「マリちゃん、警戒」

「え、は、はい」


 その声に気が張る。

 お姉ちゃんは金属の山から目を逸らさない。


 ブゥン


 赤い光が金属の隙間に輝くと、それは──!


「で、でかー!!」


 それは大きな黒光りする動く鎧、リビングメイルだった。

 背丈だけなら私たちの二倍ほど、しかしずんぐりむっくりとした体型の鎧は壁のように立ちはだかる。

 武器こそ持ってはいないものの、その重量だけで十分恐ろしい。

 同時に、籠もったような空気に包まれる感覚に襲われる。


 これは、まさか──


火矢バル・アウロ


 私は適当な壁に攻撃力の弱い呪文を放つ。

 呪文は壁にあたるや消失した。


「結界が張られた……アン姉、暴れられるよ」

「なんでこんなところに結界? けど、了解よ」

「まぁ、逃げられないってことでもあるんだけど」

「あはは、上等」


 リビングメイルの股の下には扉が見える。

 結界がなければくぐって走り抜けるでもよかったかもしれないけど……倒すしかない!


「まずは小手調べ、爆炎破バル・ラ・プロジオン!」


 ちゅどおおおおおん


 光球がリビングメイルに当たるや炸裂し火炎を撒き散らす!

 しかしまったく効いた様子が見られない。


「たぁぁぁっ!」


 ガギィン


 お姉ちゃんの剣が閃く!

 しかしこれもまた鎧に傷こそつけど刃はまったく通らなかった。


氷獄陣シャルル・ラ・キューブ!」


 リビングメイルの足元から青白い魔力の柱が噴き上がる!

 しかし……


 パキンッ


 そのまま敵を氷漬けにするはずの魔力がはじけて霧散した。

 よく見ればさっきの爆炎にも焦げひとつついていない。

 リビングメイルが対抗呪文を唱えるとは思えない。

 あの体に魔力を通さない仕掛けがあるのか──


 そうこうしているうちに、リビングメイルが鎧を軋ませながら私たちの排除に動き出す。

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