第19話 骸骨門の館《ハイドアウト》

 翌日──


 私たちは万全の体制を整えて、朝から西の森の洞窟を抜けて北東を目指した。


 アッティは多様なルーンを、お爺さんはレザーメイルを身につけロングソードを下げていた。

 お爺さんは執事というより、体の大きさもあってもはや戦士そのものだ。

 トマスさんは今日はお留守番らしい。

 初めて会ったときにも戦闘は担当外と言っていたっけね。


 川の上流に近づくにつれ、磨かれた水が一層きれいに感じる。

 触れれば冷たく、飲めばおいしい。

 まわりは木々に囲まれて静かなもので、これが犯人探しなどでなければ森林浴にかまけてしまいたいものだ。

 下流ではあまり見られなかった大きめの川魚もよく泳いでいる。


 はて……?


 下流でみた魚は小魚ばかりだった。

 レストランで初日に食べたムニエルはこれくらいの大きさだった。

 町の近くに、ほかの湖や川はない。

 違和感。


「マリオン、どうしたの?」

「えっ。あ、なんか気になるんだけど、うまく言葉にできなくって」

「そう。ゆっくりしてたらジイたちに置いてかれるわよ」


 そう言って、アッティが私の先をいく。

 彼女もこういう荒れた場所は歩き慣れていなさそうに見える。


「ねえ、アッティ。モルモントの魚ってここで採ってるのかな」


 考えがまとまらなくて、話しを持ちかけてみることにした。


「さあ、私はわからない。どうかしたの?」

「この前、川の下流で寝たことがあって、だけどそこには小魚しかいなかったの。レストランで食べたムニエルは、このあたりの魚と同じくらいだった」

「……? もしかして、おなかへった?」

「違います!」


 全力で否定する私に、ふふ、と笑うアッティ。

 続けて、と話を促される。


「それで、だとしたらね、きっとここに魚をとりにきてる人がいるの。こっちに魔物の発生源があったとしたら、そのひとが襲われて、すぐに場所が広まると思うのよ。なんかおかしくないかな」

「言いたいことはなんとなくわかる。けどそれも憶測。百聞は一見にしかず、よ」

「アッティって意外とアクティブなんだね」

「のんきに令嬢ばかりしてるわけじゃないわ」


 そう言ってまた笑ってくれるけど、心にもやもやが残る。

 きれいな川のおいしい魚。

 もしこっちの方に発生源があって、日常的に魚を誰かがとりにきてるなら、魔物の一匹や二匹遭遇するのが普通だ。

 アッティたちに騙されているのか、はたまたモルモントの町に騙されているのか。

 そんな疑念が私の中にうずをまいた。


 いや、全部私の中の仮定の話だ。


「おーい、大丈夫?」


 ずいぶんと先を進んでいたお姉ちゃんが気にかけてくれる。


「うん、なんとか! でも、ついて行くのが大変!」

「ごめんごめん。だけどここら辺でランチにするって。サンドウィッチがあるよ。だからマリちゃんもアッティも頑張って!」

「ランチ!」

「サンドウィッチ!」


 私たちの元気が十ポイントくらい回復した。




 お姉ちゃんたちに追いついて、みんにで平たくなっている水辺に腰を下ろした。


「サンドウィッチ、トマスさんが作ったんだって」

「へえー、あのひと料理もできるんだ」

「炊事はトムの担当ね。ほかの家事はジイがやってる」

「アッティは?」

「私、からだ、よわい、から……」


 途端にあの演技を持ち出してきた。


「それずるい」

「かわいい」


 お爺さんは苦笑いだ。

 ふと、アッティが川を覗き込む。


「お嬢、どうしました?」


 じーっと眺めているアッティ。


「さっきマリオンの言ってたこと気になって」

「マリちゃんの? なんの話?」


 私はさっきアッティにした違和感の話をお姉ちゃんたちに伝えた。


「なるほど、一理あるな」

「でも森も広いし、会わないことだってきっとあるわよ」


 お姉ちゃんのいうことも理解できるんだけど。


「なんにせよ、探して何もなければそれはそれでいい。ここではなかったということが判ることも大事だ」


 そのお爺さんの言葉は説得力があった。

 たしかにその通りだ。

 なにも無かったなら無かったで、他を探すだけなのだから。




 ランチを終えて、私たちはさらに川を遡るように山を登っていった。

 すると、錆びた柵が行く道を阻んだ。


「水源、管理者以外、立ち入り、禁止……モルモント」


 かすれた看板の文字をお姉ちゃんが読み上げた。


「水源の管理のための柵だろう。モルモント……町長の仕事かもしれんな。町の水源は財産だ」

「なるほどねえ。でも、どうするの? ここで終わり?」

「まさか。知らないふりして乗り込むに決まってるじゃない」


 アッティはそう言ってのけ、軽々と柵を乗り越えた。

 それを見たお姉ちゃんがお爺さんに呟く。


「おてんばよね、あのこ」

「まったく、お恥ずかしい……」

「あはは、私は好きですけど──」




 それからさらにしばらく奥へ進むと、それは現れた

 いかにもな雰囲気の石作りの館が山肌を削るように、そして木々に隠れるように、佇んでいた。

 入り口には、これは人避けだろうか。


「うげ、気持ち悪い……」


 いくつもの動物の骸骨が飾られていた。

 趣味の悪そうな魔道士の姿が目に浮かぶ。


「水…管理、棟?」


 かけられた木の札にはそのように書かれていた。

 水源管理のために建てられた管理施設のようなものらしい。


「なんで管理棟に骸骨の門が組まれるのよ」

「町長さんの趣味?」

「ないでしょ。まともに使われてなさそうな建物だし、勝手に誰かが居ついたのよ、きっと」


 私たちはそんな他愛のない話を繰り広げる。

 お爺さんが入り口のあたりの地面を探っている。


「出入りしている形跡はあるな」


 すこし緊張感が高まる。


「お爺さん、入ってみる?」

「ああ。だが嫌な気配をいくつも感じる。気を引き締めていくぞ。私はお嬢を守らねばならない。すまないがアンドレア殿、先導を任せられないか」

「えっ、わたし?」


 私もてっきりお爺さんが前かと思ったのだけど、アッティのことを考えればそうなっても仕方ないか。

 素性はどうあれ、大事にされていることはよく分かっている。

 それに私たちはお金をもらってる。

 だからこれは仕事だ。


「ほら、アン姉の腕の見せどころだよ!」

「わ、わかったからそんなに押さないでよマリちゃんん」


 私はお姉ちゃんの背中をぐぐぐと押しながら、その骸骨門をくぐった。

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