第18話 町長《メイヤー》・モルモント

 それから何日かして、私たちはトマスに呼びつけられた。

 そのあいだ魔物が町にくることもなく、なんとも間の抜けた数日間であった。

 平和だというのは、本来とても良いことなのですけどね。


「こんにちは」

「やあ、来たか」


 お爺さんたちは地図を広げて私たちを待っていた。

 そこに書き込まれたマークを見るからに、私たちはともかく、アレンたちよりもずっと調べが進んでいそうな気配を察した。


「ほんとに調査してたんだ」

「アン姉、失礼だよ」

「ははは、そう思われているなら私たちは上手くやれているということだ」


 お爺さんが愉快そうに笑った。

 次の瞬間──


 コンコン


 ドアノッカーが叩かれた。

 それにトマスさんが応じる。


「どなたですか?」

「町長のモルモントです」


 丁寧なトマスさんの対応で迎え入れられたのは町長さん……らしい。

 その指や腕、首元など、趣味の悪い金製品のアクセサリーが目立つ。


「町と同じ名前?」


 お姉ちゃんが疑問をすぐ口にする。


「ほほ、町の古くからのしきたりでね。町長はモルモントを名乗ることになっているんだ。代替わりをしても町の代表は一つという、まあ建前だね」


 そう言って笑う町長さんに、へえー、と感心する私たち姉妹。

 もともとの名前を名乗らなくなるのってどんな気分なんだろう。


 お爺さんがすこしくたびれた感じを装って応対する。


「町長さんが来られるのも珍しい。なにかありましたか……」


 不憫な家庭という設定を演じているのだろう。

 突然の訪問にも動じず、しかも切り替えの早いこと……


「いえいえ、最近このあたりに何度か人が見えていると聞いたもので、町の者にはあまり近づくなと伝えてはおるのですが、支障はないかと思いましてな」

「お気遣いありがとうございます。なにやら、こちらの戦士さまが魔物の情報を求めているのですが……なにぶん私どもは何も知らずでして」


 お爺さんが町長さんをひきつけているあいだに、アッティがそっと地図の目立つマークを隠した。

 お爺さんの話は続く。


「せっかく来ていただいたのだからお茶だけでもともてなしていたところです。まさか戦士さまに魔物から守っていただいていたとは、お恥ずかしいことに知りませんで……」


 話の途中、何度となくへこへこと頭を下げる。

 しゃんとした執事の姿とはまったく印象がちがう。


 ほっほっ、と町長さんが笑った。


「この外れの家にこもっていれば仕様のないことでしょうとも。それほどこの辺りは閑静な場所なのです」


 と、町長さんがアッティに向き直る。


「アッティ嬢、ご機嫌いかがですか?」


 するとアッティのまさかの演技力が爆発する。


「あ、その、町長さんの、おかげ、さまで……」


 かすれて消えそうな声。

 口もとにおどおどと当てた手。

 わずかにうるませた瞳──


 なにそのぶりっ子!

 なにその弱々しくて守ってあげたい感じ!

 白い肌、ふわりとした銀髪の美少女にそんなことされたらときめいちゃうよね!


 案の定、モルモントさんの顔はほころぶ。

 ついでにお姉ちゃんの顔もほころんでた。


「モルモントさんはお詳しいでしょう、なにかご存知でしたら、彼女たちにお話しいただけませんか?」


 ほぐれた顔の町長さんにお爺さんが話を振ると、町長さんがはっと我にかえる様子で私たちに顔を向ける。


「そうだねえ……きみたちは最近きた戦士さまかな。実は町をよく守ってくれた戦士さまが、つい最近魔物にやられてしまったようでね……町の者のあいだに不安が広がっているのです」


 ガルマンとロンドのことか──

 一緒に暮らしていたダンが彼に報告していたのだろうか。


「レストランで聞いたけど、聖騎士団ナイツに連絡しても兵をよこさないっていうのは本当?」


 お姉ちゃんが尋ねた。


「ええ、本当です。なんでも審査に時間がかかるだとかなんだとかで、補助金こそいただいてはおりますが、一向に差し向けて頂けそうにはありません」


 そうか、魔物退治のときに支払われる金貨や生活費の控除は補助金からあてられているんだ。

 小さな町なのに気前良く戦士たちをケアできる理由に少し納得がいった。


 町長さんが頭を下げながら話を続ける。


「何も手伝うこともできず図々しいと思われるかもしれませんが、どうか、無力な我々の力となっていただきたい」

「は、はい……」

 

 私たちもつられて頭を下げた。


「それとお若い戦士さま、長居をして、お身体の弱いアッティ嬢にあまり負担をかけぬようにな」

「は、はい、きをつけます」


 健康そのものなんだけどなあ。

 本当に騙されてるんだなあ。

 そう考えると、町長さんが可哀想に思えてきちゃう。


 私たちは出て行く町長さんを見送った。

 そして姿が見えなくなるのを確認して──


「ちょっと、なによさっきの乙女な演技! わたしにもやって!!」


 その第一声はお姉ちゃんだった。


「い、嫌よ! そういう設定なのよ! 仕方ないじゃない!」


 顔を赤らめながら全力で言葉を返すアッティだけど、


「あれは反則だよ」


 私もこればかりはお姉ちゃんに同意しかなかった。


「あああちょうかわいかった、わたしお持ち帰りしたかったもん」

「やめてってば! 屈辱的なのよあれ!!」


 わたわたと手を振って慌てるアッティが、あれを見た後では愛らしくだって思える。


「いつもああならいいのに──」


 その流れでこそっとトマスさんがぼやくと、


小那智ルル・コ・フォル


 ばしゃああああんっ


 アッティが水の呪文でトマスさんを懲らしめた。


「なんで俺だけ……?」

「女の子びしょ濡れにできないじゃない。あと、なんかむかついたから」


 ああ、私、女の子でよかったな。




 気を取り直して、私たちはお爺さんから情報共有をうけた。


 結論から言うと、私たちがこれまでアレンたちと探していたのは見当違いも甚だしい場所であった。


 お爺さんやトマスさんは魔物が襲撃してくる日、その形跡が消えない内に、その跡を遡っていたのだという。

 私たちがロンドたちの戦いを見ていたことも、お爺さんは知っていた。

 そんなこと町を守ることに意識が向いてしまって気づきもしなかったし、そのあいだに発生源を辿ろうだなんて考えもしなかった。


 とはいえ、口でいうほど簡単なことではない。

 都合よく足跡や獣道を通ったあとが残っているわけでもないのだ。


「しかしひとつの抜け穴を見つけることができた。西の森から東の川の上流へと抜ける洞窟だった。いや、東から西へ流れていた昔の川の跡なのだろう。その中に、魔物どもの形跡が多数認められたんだ」


 お爺さんが地図を指差しながら丁寧に説明をしてくれた。

 でもこれだと、今まで探していた方向と本当に真反対じゃない──

 私は動揺する。


「そこまでわかってて、なんで深入りしなかったのよ」

「人手が足りなかった。そのまま進んで、仮に犯人を見つけたとしても追い詰め損ねかねないからだ」


 なるほど──いや、待てよ……?


ってどういうことです……?」

「私たちは魔物の発生源は魔道士の術によるものと考えてるのよ」


 アッティが言い切った。


「ここにくる魔物たちはどれも低級も低級ばかり。くだらない召喚遊びにふけってる魔道士崩れか、そうでなければ高位魔族をぼうとして失敗してる魔道士崩れがいると踏んでるの」


 なんか事件の犯人がすごい言われようだ。

 お姉ちゃんもレストランで似たようなこと言ってたっけね……


「アッティ、もしかして魔道士嫌い?」

「別にそんなことないけど……?」


 なんだか残念なアッティでした。

 ああ、さっきの天使はどこへ……


 パンッ


 と、お爺さんが手をたたいた。

 私たちの注意が向く。


「さあ目指す場所は決まった。準備もあるだろう。今日は戻って、ゆっくり休むといい。明日は山登りだからね」

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