第17話 空き家の白百合《リリー》


 空き家にきた。

 しかしダンの姿はない。

 花が少ししおれている。


 そんなに都合よく会えるものじゃないとは思っていた。

 私たちは少し離れたところに隠れて待ってみることにした。

 萎れた花を、きっと交換に来るだろうと。


 するとしばらくして、思った通りダンが空き家を訪れた。

 ダンは新しく用意した白い花を置いて古い花を手に取る。

 そして手を合わせて祈った。


 やがて顔を上げるのを見計らって、私たちは彼に近づいて話しかける。


「ダンさん」


 ダンがゆっくりとこちらを見上げる。


「あんたたちか。変なところを見られたな」

「全然変じゃないよ。むしろ好感? ふふ。ここの人、お知り合いなの?」


 お姉ちゃんがそう尋ねると、彼は家を見上げる。


「昔世話になった女性の家さ。恥ずかしい話だが、恋をしていた」

「それも恥ずかしくなんかない」


 ダンの顔の前に指をつきだして諭すお姉ちゃん。

 ダンが困惑している。


「ずっと花を交換してるんですね。何回か通ったくらいですけどキレイに咲いたままだったので」

「毎日ではないが、まあな──」


 態度は素っ気ないが、指で頬をかき照れた様子を見せている。

 人間らしいところあるじゃない。


「それで、何の用だ。わざわざここに待ち伏せていたんだ、性急の用件だろう?」

「ああ、いえ……夜でもよかったんですけど、ダンさんがここの花をいつも替えてるんだって話を聞いたもので。来ちゃいました。てへ」


 なんて冗談めかしてみる。

 ちょっとくらい打ち解けてくれるとやりやすいのだけど、ダンの態度は変わらなかった。

 くやしい。


「実はお願いがありまして……」

「オレにか?」


 怪訝な顔を向けてくる。

 うう、話しにくい……


「その、ロンドとガルマンが亡くなって、町を守れる人が減っちゃったので……その、さっきアレンとも話してきたんですが……」

「端的に言ってくれ」


 今度は呆れた顔を向けられる。

 ひィ。苦手だ。

 助けを求めるようにお姉ちゃんを見る。

 ──笑ってやがった。くそう。


「怖がるな、聞いてやるから……」

「す、すみません……それでですね、町にいる戦士がみんなして外に出ると町が守れなくなるよねってアレンと話してきまして……ダンさんに、アレンたちと一緒に町を守っていてほしいんです」

「そのアレンがいるだろう。あいつだって腕が立つ」


 それは、そうなんだけど──

 私はとうとう言葉に詰まってしまった。

 するとお姉ちゃんが話を切り出した。


「モンクさんはこれからどうするの? 一人になっちゃったじゃない」


 ずけずけ物を言えるところは羨ましい。


「さあな。だが、オレはこの家に住んでいた彼女を殺した奴が憎いし、守れなかった自分が憎い」

「魔物にやられたの?」


 ダンは黙り込んだ。


「……そっちのあんた、魔道士だな。人を蘇らせる術があるなんて噂は聞いたことはあるか?」


 突然、妙な話を振られて慌てた。


「ないですけど……そんな術があったら大騒ぎですよ。あっという間に世の中に知れ渡ります。誰も死ななくなるんですから」


 私がそう答えると彼は「そうか」とだけ小さく呟いた。


「この家のひとを生き返らせたいの?」

「──馬鹿だと思うか?」

「いいえ。大事なひとならそう思う。素敵だよモンクさん」


 お姉ちゃんが笑った。

 慰めでもなんでもなく、ただそう思ってるのだと思う。


「彼女さんのお名前は?」

「リリーだ」


 ダンの想いびとの名前を聞きだすと、お姉ちゃんは花の前に膝をついて祈り始めた。

 私も隣で膝をついて祈りをささげる。

 

「……ありがとうな」


 私たちは拳と掌を合わせるいつもの礼で感謝を告げられた。


「アレンは元気か?」

「気苦労もあるみたいだけどね。気になるの?」

「立ち振る舞いに悩んでいる気配があったからな」


 意外な言葉だった。

 相談を受けたわけでもないだろうに、そんなことを気にしていたなんて。


「それだったら、きっと大丈夫です。町の防衛に徹してもらうようお願いしたら、それならばと安心した様子でしたから」


 そう伝えると、ダンはほんの少しだけ笑顔を見せた。

 私はちょっと苦手だけど、根っこは本当に優しいひとに違いない。


 それじゃあまた、と別れ際──

 お姉ちゃんが振り返って話を投げかけた。

 

「ねえ、やっぱり一緒に戦わない? あなたがいたら百人力だわ」


 ダンは一瞬、面をくらったような表情を見せた。

 この期に及んでまだ誘われるなどと思ってなかったのだろう。


「もしもその時がきたらな」


 しかし彼の答えは、大人の世界でいうところのノーであった。

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