第14話 秘石術師《ルーニー》・アッティ

「やっぱり、お爺さんたちも魔物退治が目的で?」


 お姉ちゃんが切り出した。


「湧き続ける要因のほうの排除よ。魔物くらいその辺の人で十分倒せるから。現に悪人ヅラが街を守ってきたのだし」


 アッティが淡々とした口調で答えた。


「頭数が減ったとは聞いたけど、もうひとグループの剣士もやり手のようじゃない。まだ時間はあるわ」

「も、もう知っていたんですね……」

「トムの報告よ」


 端的な会話。

 温かみがないと言うとかわいそうだけど、彼女の奥にある非情さを感じてしまう。


 ふと、彼女の身につけているものに目をやる。

 指輪、腕輪、ネックレス、髪飾り。

 どれも値段の高そうな装飾が施されている。


「気になる?」

「あ、ご、ごめんなさい、じろじろ」

「いいのよ。ルーニーのさがよね」


 アッティが指輪を外して差し出してきた。


「お嬢──」

「なに? ジイ。信に足ると見たのでしょう?」

「それはそうですが……」


 私は渡された指輪をそっと手に取って宝石を覗き込んだ。

 とても小さいが、はっきりと、しかし複雑に絡み合う秘文字が見えた。


 間違いなくルーン──ではあるのだけど、こんなものは見たことがない。


 アッティが手のひら差し出して返却を催促してきた。

 私はそっと手の上に指輪をのせる。


「ずいぶん驚いた様子だけど、あの指輪もルーン?」


 お姉ちゃんが不思議そうに話しかけてきた。


「うん、ルーン……たぶん。だけど私の知らないもの。いくつもの文字が絡みあったものなんて見たことがないよ」

「へえ……マリちゃんがそこまでいうんだ」

「ねえ、アッティ、それはどんなルーンなの?」

「ふふ、それはまだ内緒」

「それじゃあ、他のも全部似たようなルーンが刻まれてるの?」


 どんどん気になってしまって、指輪をはめ直しているアッティに尋ねてみた。


「ほかのはシンプルよ。使い勝手の良いもの。ふふ、これを見て驚いてくれる人、久しぶりに会えた」

「お嬢、それは自慢グッズじゃありません」

「いいじゃない、ほかに人いないんだし」


 あまり抑揚の見えなかったアッティが楽しそうにしている。

 しかしお爺さんはといえば、額に手を当ててため息をつく。

 苦労が多そうだということはなんとなく察しがつくよ、お爺さん……


「お嬢様に執事さんだなんて、どこか立派な商家のかたがたなの?」


 お姉ちゃんがケーキをもぐもぐ頬張りながら尋ねる。


「そうね、お金持ちの家に生まれたボンボン末女まつじょ。二人の姉の内輪揉めに嫌気が差して家出中なのよ」

「もっと丁寧な言い方があるでしょう、お嬢」

「何を取り繕うことがあるのよ。間違ったこと言ってないし、それに今は町に無茶苦茶なこと言って居候させてもらってるだけの訳あり離婚家庭じゃない」


 ここにきて衝撃のワードである。


「離婚家庭って……あなたたちどんな設定なのよ?」


 お姉ちゃんがなんだか楽しそうだ。

 すると、ただの服に着替えたトマスさんが戻ってくるなり、スラスラと語りはじめた。


「『母の浮気が原因で両親が離婚、二人の姉は嫌気が差してボーイフレンドのところへ駆け込んだが、末娘はまだ幼い。しかし父も母も娘たちを放棄、行く当てのなくなったところを母方の父親が預かって、そこの息子と三人暮らし。娘の精神衛生上よくないからと、なるべく遠く離れた穏やかな土地で成長を見守ってやりたいのです』と、そんなところだったかな」


 娘がアッティ、母方の父親がお爺さん、そこの息子がトマスさん、か。

 予想外にドラマチックな設定だった。


 言い終えたトマスさんにアッティが噛みつく。


「よくもまあ並べ立てられたもんよね。それこそ『もっとなにか言い方があったでしょう』て話よ。前向きな設定にできなかったの? 町長に会うたび可哀想なお嬢さんって目で見られるのツラいんだからね」

「結果的には町長の心をグッとつかんで、町外れのこの家を貸してくれただろ? 結果オーライってやつだ」


 あまりここに近寄るなというお触れがあるという話も、こういった経緯だったのかと納得ができた。

 それが嘘の設定から生まれたものだったとは思いもよらなかったけれど。


 このトマスさんという人、見かけによらず仕事のできる人なのだろう。

 あのチャラさも人懐こさだと見れば、もしかしたら人の気持ちをつかむのが上手だったり……なんて。


「一家離散のかなしい話ね……」

「アン姉、これ作り話だからね?」

「そ、それくらいわかってるわよ」


 目がうるんでるのは何故ですかね。




「それで、みなさん」


 アッティたちのいがみ合いがおさまるを待って、私は本題に移ろうと話を切り出した。


「どうして私たちが選ばれたんです?」


 私が尋ねると、すぐにお姉ちゃんが続ける。


「そうよね。戦う仲間だっていうなら、アレンやロンドたちでも十分な戦力たり得ると思うわ。それに私たちはモルモントに来てから一度だって、魔物たちと戦ってないのよ」


 お姉ちゃんの言う通りだった。

 戦力になるかを見極めるための私たちの情報が、彼らに揃っていたとは到底考えられないのだ。

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