第13話 覗き屋・トマス《ピーピング・トム》

 昼下がり、町はずれ──


 相変わらず安穏とした空気が漂う。

 空き家の白い花が新しい花に置きかわっていたこと以外に、モルモントに目立った変化はそれほど見られなかった。


 今ごろ、山ではガルマンとロンドのお墓が建てられてユミルさんが祈りを捧げているのだろうか。

 何事もなく無事でいてくれるといいな。


 そうは思いながらも、口から出る話題はたわいのないものばかり。

 お姉ちゃんといつもの何でもない話を繰り広げながら歩くことしばし、私たちは招待を受けたお爺さんのいる家に到着した。


 お姉ちゃんが変に背筋をピンと伸ばしていてウケるんですけど。

 さてはあの老執事が好みタイプに違いない。


 とはいえ私も多少の緊張を感じながら、ドアノッカーをコツン、コツンと打ち鳴らした。


「どなた様でしょうか」


 この若い声はトマスさんか。


「アンドレアとマリオンです。昨日あなたから伝言を受けた姉妹です」

「お待ちしておりました」


 昨夜のあの適当な態度とは打って変わって、妙に紳士的である。

 それがより一層、私に緊張をもたらした。

 キィ、と開いたドアからはスーツ姿のトマスさんが現れた。


「どうぞ、お入りください」

「ど、どうもー……やりにくいなあ……」


 さすがのお姉ちゃんもこれには困惑していた。


 中に入ってみると、木製の円卓に白いクロスが敷かれ、ティーカップとケーキが私たちの分を含め四セット並べられているのが目に入った。

 そしてテーブルにはお爺さんとご令嬢──アッティが待ち構えていた。


「お待ちしておりました、お嬢さんがた。さあ、遠慮せずお座りください」

「初めまして、アッティです」

「は、初めまして。マリオンです」

「マリオンのお姉ちゃんのアンドレアです」


 どんな時も忘れない枕言葉。

 さすがです、お姉ちゃん。

 お爺さんもアッティも揃ってとても丁寧な挨拶をするものだから、私たちもそろって深々とお辞儀を返した。


 アッティの抑揚の少ない口調からは、ちょっと感情が見えにくい。

 ふと顔を見ると、ふわふわとした銀の髪に目を奪われる。

 白い肌に、眠たそうだけれど大きな目。

 じっと見てると吸い込まれるような気分にもなる。

 あと、眠気がうつりそうです。


 私はアッティの隣、お姉ちゃんはお爺さんの隣に並ぶように座る。私たちも隣同士の位置だ。

 席に落ち着くと、あのトマスさんが丁寧に紅茶を注いでくれた。


「こんなところでなければもう少ししっかりとしたものをお出しできたのですが、どうかご容赦ください」


 お爺さんはそう言うが、私たちには何がどうダメなのかがそもそも分かっていない。

 こんなちゃんとした対応を受けることはほとんどない人生だったからね……


 それと、とお爺さんが続けた。


「気分を悪くしないでほしいのですが、先に謝らねばならないことがあります。実は昨日までずっと、お嬢さんがたが信に足るかを測らせてもらっていたのです」

「それは……どういうことですか……?」

「詳細はどうあっても伏せねばならないが、我々は訳ありの身でしてね。下手な者と触れ合うことは避ける必要がありました」

「測るって、なにかをされた気もしないのだけど……」

「おそらく気づかなかったことでしょうが、このトマスを朝から晩まで張り付かせていたのです。ああ、勘違いしないでほしい、お嬢さんがたの部屋を覗くような真似はしておりませんので」


 お爺さんがそう言ってトマスさんを見るが──

 トマスさんが気まずそうに目をそらす。


 ・・・・・・


『覗いたなっ!?』


 全員の声がハモった。


「いや違いますって、決して不純なそれではなく、ジイ様に与えられた仕事を全うすべくですね……!?」

『最ッ低!!』


 わたしたち姉妹がまたもハモると、


「サイテー……」


 遅れてアッティがドン引きの眼差しで呟いた。


「いや、アッティ様は自ずからなんの恥じらいもなく俺の前で脱ぐじゃないですか」

小那智ルル・コ・フォル


 ばっしゃああああああ


「ぎゃあああああ」


 アッティの唱えた呪文がトマスさんの頭上からバケツをひっくり返したような水を落とした。


「あーあ。アッチいって着替えないとね、風邪ひいちゃうからね、ほら、トム、しっし」


 アッティが隣の部屋を指して出て行けと言わんばかりの圧をかける。


「クソアッティが……」

「あン!?」

「なにも! なにも言ってないですアティ、アッティ様! いますぐ、いますぐ着替えてきます!!」


 悪態をついたトマスさんがアッティに返り討ちにされる。

 このお嬢様、まこと曲者である……


 だけど驚いた。

 さっきの呪文は──


「アッティも、もしかして秘石術師ルーニーなの?」


 尋ねると、彼女は得意げなポーズを決めて言い放つ。


「ま、少女の嗜み程度にな」

「私も乙女の嗜み程度に。ふふっ」


 私も彼女の言葉に重ねた。

 嬉しくて笑っちゃった。

 同じルーニーというだけじゃなく、意味のわからない嗜みにしているところも似ているなって思った。


「ちょっと粗野なマリちゃんを見てるみたい……」


 外野のお姉ちゃんが何か申しているが聞こえないフリをして、私はアッティと手を結び合った。


 トマスの罪が、図らずも堅苦しい雰囲気を瓦解させたのであった。


「まったく、お客様の前で……」

「あはは、大丈夫ですよ。トマスさんのチャラいところなら昨夜にバレてますから」

「うんうん、バレてるバレてる」


 お爺さんが頭を抱えた。


「堅苦しいの苦手なの。慣れてなくって。もうそんな空気でもないし気楽にやらない?」

「賛成。」


 お姉ちゃんに同意したのは、意外にもアッティだった。

 お爺さんは再び頭を抱えたが、すぐに諦めのついた様子でさっきの話を続けた。


「わかりました。どこまで話したか……ああ、信に足るかどうかだ。下手な人を避けることも目的だったんだが、それ以上に、一緒に戦える仲間を我々は探していた」


 戦える仲間。

 その言葉に、私たちはただ事ならない事情を察せずにはいられなかった。

 思わずお姉ちゃんと顔を見合わせて、二人で息をのんだ。

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