第12話 連絡係《リエゾン》・トマス

 私たちはすぐに町に戻り、レストランでアレンたちに相談を持ちかけた。

 とはいえあたりはすでに暗くなり始めていたのだけど──


 私たちの話を聞くや町の守りに影響が大きいと危惧したアレンは、店の客に数枚の金貨を渡してダンを連れてきてもらった。

 そして事態を察したミリアさんの好意で、すこしの時間だけ店を貸し切らせてもらえることとなった。


 アレンもだけど、ミリアさんも判断がはやい──


「────と、いうわけらしい。実際にロンドを見つけたのはこっちのアンドレアとマリオンの姉妹だ」


 アレンが私たちの紹介をすると、ダンはこちらを向いて拳と掌を当てた。

 不思議に思っていると、お姉ちゃんも同じことをしたので、私もとりあえず真似をしてみせた。


「面倒をかけた、すまない。ガルマンが消えて警戒はしていたが、ロンドまでやられるとは思ってもなかった。あれで並の戦士より真っ当に戦える男だったからな」

「あら、意外に評価が高かったのね」


 お姉ちゃんが驚いた。

 ダンがその反応を訝しむ。


「不思議だったのよ、清廉潔白がうたい文句の東方の僧兵が、言葉は悪いけど──密猟者まがいの彼らと一緒だったのが」

「悟っただけだ。生きるにも金が必要だと」

「それって悟るようなものなんですかね……?」


 そんな私の疑問は気にも留めず、ダンは大きなため息をついて続けた。


「アンドレアだったか、きっと貴女が想像する通り、オレは破戒僧だ。僧兵団をクビになって彷徨ってるだけの男だ。そうは言っても、弱い者は守らねばならんという信念は固く今もここに在る」


 拳で心臓のあたりを叩いて見せるダン。

 アレンとは道は違えど、この人も正義感の強い男性のようだ。

 隣ではお姉ちゃんがキュンときている。

 こういうの好物だもんね、仕方ないね。


「今日はもう暗い。明日その場所にいって……簡易な墓でもたててやろうと思う」


 墓をたてると言っている彼から、それほど仲間意識というものを感じられないのが不思議な感じをうける。

 これもきっと、彼なりの信念に沿う行動なのだろう。


「神官殿、オレはこちらの国でのやり方を知らぬ。犬猿の仲を承知の上で、どうか同行を願いたい」


 ダンが深々と頭を下げる。

 誰も予想してなかった申し出にユミルさんが慌てふためいた。


「え、そんな、その、えっと──」


 しかし下げた頭を一向に上げないダンに、ユミルさんが折れた。


「わ、わかりました。でも、アレンも一緒です。いいですね?」

「恩に着る。明朝、ここで待ち合わせよう。手間賃は支払う。妥当な額を提示してくれれば良い」

「なるほど、これは仕事だな。わかった、そういう話ならこっちとしてもやり易いよ」


 アレンとダンは契約成立の握手を交わす。




 ダンとアレンたちが店を去ったあと、私たちも気をつけようねと少しだけ話し合い、追って店を出た。

 宿屋に向かう私たちだったが、その入り口、見慣れない青いシャツの男が佇んでいるのが見えた。

 あんなことがあったばかりだ。

 それが魔物ではないことは明らかだったが、それでも私たちは夜に佇む男を警戒するしかなかった。


 男がこちらに気づき、歩み寄ろうとする。


「止まりなさい」


 お姉ちゃんの鋭い声が男に刺さった。

 男が両手を上げて敵意のないことをアピールしてくる。


「用件」


 再び、鋭い声。

 お姉ちゃんの手は剣にかかっている。


「いやあ、ただのお遣いですって。言伝ことづてのね。戦いは担当外なものでして、その剣から手を離していただけると──」

「用件は?」


 三度みたび


「わわ、わかりましたってば! 先日うちのジジイと話していた双子姉妹ですよね? たしかー、アンドレアとマリオンだ。そうでしょう?」

「あ、この人──」


 私は昨日のことを思い出した。

 銀髪の少女の首根っこを引っ掴んだ男の人だ。


「この人、女の子にトムって呼ばれてた人だよ、アン姉」


 そう伝えると、お姉ちゃんは確かめるように男を睨んだあと、その警戒を解いた。


「そうです、そうです。アッティ様お付き、ジジイの部下、名をトマスと申します」


 トマスさんは恭しくお辞儀をしてみせた。

 しれっと上司をジジイ呼ばわりしやがったこいつ。


「始めからそう名乗りなさいよ」

「ハナから警戒心マックスで来られたら自己紹介もおちおちできませんでしょう。まあ誤解も解けたところで──伝言です」


 それまでチャラい様子だったトマスさんが急に姿勢を正した。

 何事かと思って、私たちは目を丸くする。


「『星の巡りや良し。何時でも来られたし』」

「堅苦しいわね……?」


 するとトマスさんはまた調子のいい口調に戻る。


「なにせジジイですからね、そこは察してやってください。それじゃ、確かに伝えましたので──」


 と去ろうとするトマスさんだったが、あ、と振り返る。


「何時でもって話ですが、食事前後はアッティ様が面倒くさいんで避けていただけると助かりまーす。ではでは」


 やっぱりなんかチャラい。

 お爺さんの部下だとはあまり思えない態度だった。


「ジイさんにお誘いされちゃったね♪」

「そだね。魔物の話をしてくれる、てことなのかな」

「行ってみればわかるわ。あのお嬢様とも仲良くなれるかな〜。あのふわふわの銀の髪、触ってみたいよね」

「あんまベタベタすると嫌われるよ? みんながみんな私じゃないんだから」


 そんなくだらない会話をしながら、その夜を終えた。


 無意識なのかどうかは自分でもわからないけど。

 そらから眠るまでのあいだ、私たちはロンドやガルマンの話題に触れることはなかった

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