第10話 老執事《バトラー》・ジイ
翌日はロンドたちがガルマンの死体を見にいくだろうとみて、鉢合わせるのも快くはないと思って休みを取ることにしていた。
観光でもするか、といえるほどの見どころがない町ではあるのだが、モルモントのいまの雰囲気を肌で感じるのも大事だよねと、お姉ちゃんと一緒にほっつき歩くことにした。
違和感や気になることがあったわけではないけれど、逆にいえば、魔物騒ぎがこれだけ続いているというのに悲壮感や警戒感が感じられないことが違和感かもしれない。
「町の人たちはもう魔物に飽きちゃったのかしらね?」
「いやいや、昨日大騒ぎになってたじゃないよ」
いくつかある空き家のひとつに白い花が添えられてはいたが、きっと随分と前に亡くなられたかたの家なのだろう。
行き交うひとたちも特段の感傷を抱くような様子はうかがえなかった。
「こうしてのんびり歩いてると、昨日やおとといに魔物を見たのが夢のようよね」
そう言って、お姉ちゃんは大きく背伸びをする。
「チーム・マッスルがこの安穏とした心地よさに一役買ってるんだよね、きっと」
そう考えれば、万が一、噂どおりにロンドたちの動機が不純なものだったとしても、この町にとっては大事な戦士さまだろう。
ややこしい世の中だこと。
タンッ カラン タンッ カラン──
町の隅から隅まで歩き回ったかなという頃、その隅からもすこし外れたところに一軒家が見えた。
まさに木こりというか、姿勢の良いお爺さんが外でまき割りをしている。
テンポよく響く斧の打つ音とまきの転がる音に気が惹かれて、つい足を運んでしまった。
お爺さんが私たちに気がつくと、丁寧にお辞儀をして挨拶をしてくれる。
「こんにちは、お嬢さんがた。こんな町外れまで来るかたも珍しいのでね」
なんだか穏やかでいい人そうだ。
「ちょっと前に町に来たばかりでして、散策していたらいい音が聞こえたものですから……その、お邪魔してすみません」
「いや、気になさらず」
お爺さんはそう言うと、視線をお姉ちゃんに向ける。
「そちらは妙な剣を下げているね。もしやお嬢さんたちも魔物を倒しに?」
「ええ、まあ。お爺さんは、まき割りが上手ね」
お姉ちゃんがそう言うのでお爺さんの足元を見てみれば、どのまきもとてもキレイに割られている……ようにも見える。
「ええ、まあ。年の功というやつですかな。はは」
キィ
突然、家の扉が開いて少女が顔をのぞかせた。
「じい、メシ」
ずいぶんと粗雑な言葉遣いでそう言い放つ。
するとすぐにお兄さんが出てきて、彼女の首根っこをつかんで持ち上げた。
「はい、アッティ、いい子だから外出るときは服を着ましょうね」
「と、トム、くるし……」
そして扉をバタンと閉じて屋内へきえる。
一瞬ではあったけど、冷たさのある、とても美しい銀髪の少女だった。
しばらく呆然とする私たち。
「いや、お恥ずかしい。まったく、うちのお嬢には困ったものです」
「お嬢……あ、お爺さんは執事ってやつですかね」
「はっは! そうだね。あの気ままなお嬢の面倒を見ているよ」
そう笑いながらお爺さんは斧を片付けた。
「すまないね。お嬢がお腹を空かすと手に負えないもんで、失礼するよ」
「あ、お爺さん!」
私は、くるりと屋内に戻ろうとするお爺さんを呼び止める。
「このあたりの魔物のこと、お詳しいですか?」
尋ねてみるが、お爺さんは白いあごひげをなでて悩んだ。
「まったく知らないわけではないというくらいさ」
なんとも歯切れの悪い答えが返されてしまった。
「ねえ、お名前を聞いても?」
今度はお姉ちゃんが尋ねた。
「名前? ジイ、と呼ばれておりますが──」
「ジイ? お爺さんの、じい?」
「いいや、ただのジイさ」
ジイさん。
呼ぶのがためらわれる名前である。
お姉ちゃんがジイさんに右手を差し伸べる。
「わたしはアンドレア。この子、マリオンのお姉ちゃんよ。また来てもいい? 魔物の話、全然つかめなくって困ってるのよ」
お姉ちゃんはいつものように自分が姉であることを強調しつつ、また来ることを打診する。
ジイさんの、私たちの真意を探るかのような視線にすこしヒヤリとしてしまう。
「そうだね。星の巡り合わせが良ければ、何か話すこともあるかもしれないね」
ジイさんはお姉ちゃんの手を握った。
「あら、ちょっとロマンチスト」
「むかしはプレイボーイだと囁かれたものさ」
そして握手をほどくと、ジイさんは再び丁寧なお辞儀をしてみせる。
「それではお嬢さんがた、くれぐれも魔物に油断なさらぬよう」
「お邪魔しました、お爺さん」
さすがに面と向かって『ジイさん』とは呼びにくいよね。
その後、私たちは歩き回った足を休めるため、町の近くを流れる川を訪れた。
さすが、水の湧きでる山からもそこそこ近い川の水はキレイだった。
私たちは靴を脱いで、素足を川に落として座りこんだ。
「うー、きっもちいいー!」
これぞ開放感だ。
川を覗き込んでみると本当に澄んでいて、小さな魚が泳いでいるのがわかる。
私は足を川に浸したまま草の上に倒れこんだ。
「マリちゃんは運動不足ね。これくらいで足が痛いだなんて」
「いつもなら平気だもん。ここ続けて山登りしたじゃん、そのせいだもん。むしろ痛くならないお姉ちゃんが変なんだよ」
「わたしはほら、お風呂あがりにしっかりマッサージしてるから」
そう言ったあと、お姉ちゃんも後ろに倒れ込む。
白い雲が流れる青い空を眺めていると、眠たくなってくる。
そういえば、と思い出した。
「さっきの家の人って、ミリアさんの言ってた『ご令嬢』てやつだよね、きっと」
私は足をバタつかせる。
「きっとねー。老人と青年も一緒だったからね。なんだっけ、アッティちゃんと……」
「トムって呼んでたね」
「あ、そうそう、トム」
お姉ちゃんも足をバタつかせはじめる。
「あのお爺さんさ──」
「絶対、面と向かって名前呼べないよね」
「あははは! ちょう思ってた!」
私が思ったことを口走ると、お姉ちゃんが爆笑した。
私も釣られて声をあげて笑う。
「ちがう、そうじゃなくてね! あはは。うける」
「なにがちがうの?」
二人して笑いがおさまりきらない。
「あのお爺さん。あの人もたぶん戦士よ。現役かはわからなかったけど、たぶん相当なひと」
「相変わらず、お姉ちゃんはひと目で見抜くよね。普段ぼけぼけしてるくせに」
「あ、ひどーいー。わたしこれでもお姉ちゃんなんだから。しっかりしてるときもあるのよ。そりゃ、たまにかもしれないけどさあ」
たまにしかしっかりしてない自覚があったのかあ。
お姉ちゃんがそう言うのなら腕のたつ人なんだろうけど──
だけど、不気味に感じる。
こんな小さな町の魔物騒ぎに、腕のたつ戦士が集まりすぎじゃないのか。
力を合わせればすぐにでも解決したりしないのか。
モルモントに到着してから、ほんのささいな違和感が積みあがってきている。
はっきりしないもやもやしたものが少しずつ増えてる。
そんな気がする。
疲れてナーバスになっちゃってるのかな。
「私、眠いなあ」
こういうときは眠るに限る。
開放感もあいまってすぐに寝れそうだ。
「魔物もでるのに、さすがにここで寝るのは危ないってば──……」
お姉ちゃんが何か話しているのが聞こえてきたけど、私はそのまま夢に落ちるのでした。
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