第9話 元盗賊頭《バンディット》・ロンド

 その夜、ミリアさんにロンドたちの滞在する家を教えてもらい、ガルマンのことを伝えに訪問した。

 彼らも、朝は魔物の襲来もあってそれを優先したけれど、昼過ぎからは探していたのだと言うが──


「お前たちがやったンじゃあねェよな?」


 むこうはすんなりと信用する気はなさそうだった。


「まさか。大体、我々がどうやって彼をおびき出せるというんです。常々あなた達と行動を共にしていたガルマンさんに接触する隙などありはしなかったでしょう」


 と話すのはアレン。


「まあそうなんだろうが──しかしな、俺たちにもガルマンの野郎が真夜中に抜け出して山奥に行く理由が見当たらねェ。あんたらにゃァ悪いが、安易にそうですかと頷けやしねェよ」

「まあ、妥当ですけど。それで私たちを疑われても何も出ませんよ」

「そりゃァ昨日だかに着いたばっかの姉ちゃんらをそんなに疑っちゃねェが、アレンさんよ、こちとらその連れの女にゃ気分損ねてるンでな」


 事実を述べてみるものの、そもそも私たち姉妹への嫌疑ではなかったようだ。

 ここに来てユミルさんの悪ふざけが悪影響を及ぼしてしまう。

 女の人に熱いシチューをわざとらしくぶっかけられたんじゃ、舐めやがってとなるのも無理はないことなのだが──


「あいつァ俺が盗賊稼業から足洗おうってときから付いてきてくれてンだ。誰であれ、この借りはキッチリ返してやるさ」


 ロンドはまっすぐとユミルさんを見る。

 ユミルさんは目を背けて、アレンの背後に隠れた。

 彼女の実力やガルマンの血痕への反応を見るに、実行犯であることは絶対にないだろう。

 少なくとも私はそう思ってる。

 しかしそれを知らない彼らにしてみれば、彼女もなかなか解決しない魔物退治にわざわざ赴いてきた腕に自信のある何者かでしかない。


 警戒心を抱くには十分な理由だ。

 半分以上は、彼女への恨みだとは思うけど……


「ま、あいつの居所に検討も付かなかったのは事実だ。礼は言おう。もしあんたらが魔物騒ぎの報酬を気にしてるンなら言いにくいかも知れンが……その場所を教えてくれはしねェか?」


 ロンドがトーンを落として願い出てきた。

 これにはアレンも戸惑っている。


「あ、ああ。だったら地図を書こう。俺たちじゃあないということも、実際に見ればわかってもらえるだろうしな」


 アレンはそこまで話して、私たちに振り返る。


「夜も遅い。俺は彼らに地図を書いていくがそれを伝えるだけだから、君たちは今日はもう戻っていてくれ」

「で、でも……ひとりで大丈夫?」

「大丈夫だよユミル。ほら、出た出た」


 なんとなくユミルさんへの気遣いなのだろうと察して、私たちは促されるままロンドの家を出ることにした。

 すこし遅れて、ユミルさんもしぶしぶ出てきた。


 外に出た私たちは家が見えるくらいの離れたところへと身を寄せてアレンを待つことにした。


「ホンットムカつく!」


 声を荒げて地団駄を踏むユミルさん。

 見た目とその荒々しさのギャップが私にはそら恐ろしい。


「親切で教えてあげてるのにあの態度は何なの!? あいつの口から出てきた感謝の言葉は『礼を言おう』だけ。坊主頭も始終黙りこくってるだけだし──」

「そういえばあのモンク、慌てた様子もなにも見せなかったねえ」


 お姉ちゃんがユミルさんの愚痴の途中で言葉を挟んだ。


「あんまり仲間意識とかないのかしら」

「ロンドさんが元野盗だとか言ってたし、元々反りが合わないとか、何か事情があって実は恩返し中だとか、そういうのじゃない?」

「なにそれ、わたし燃えちゃうんだけど! 葛藤する心を抑えて悪者についてるやつよね?」


 どうぞ好きなだけ燃え尽きてくださいな、お姉ちゃん。


「あーもう、お酒のみたーいっ!」

『えっ!?』


 ミリアさんが突然大声を上げたものだから、私たちはすごくびっくりした。

 大声もそうだけど、その内容にもびっくりだ。


「な、なによ。そんなに驚くことじゃないでしょ?」

「あ、いえ、意外だなって、その──」


 私が戸惑いながら言い繕うと、ユミルさんはすこし恥ずかしそうに髪をいじり始めた。


「し、神官だってお酒飲むの。神官である前に人だもの。あなた達だって、そのうちきっとわかるわ」


 自分がお酒を飲む姿は、あまり想像がつかなかった。

 しかしお酒を禁止されていない神官というのはあまり聞かない。


「いくつかの教典読んだことありますけど、お酒飲むなって言ってる神様ばっかりでしたが……」

「そう? だったら、私のしゅは心が広いのね。ふふ」


 ユミルさんが楽しいといった様子で小さく笑った。

 本当なんだか嘘なんだかわかりにくいなぁ──冗談でからかわれてるのかな。

 いったいなんの神様に仕えているのだろう。

 どうあれ彼女の苛立ちはおさまったようで、とりあえずは一安心だ。


 ロンドたちの家からアレンが出てくるのが見えた。

 ユミルさんが大きく手招きをすると、アレンはすぐに気付いて来てくれた。


「な、何もされなかった?」


 心配そうなユミルさん。


「大丈夫だって! 何をされると思ってたんだ?」

「それは、その……」


 尋ねかえすアレンに、ユミルさんはモジモジと口ごもった。


 あちらは屈強な男性で、こちらは端麗な男性ですもんね……なんとなく察しますよ、ユミルさん。

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