第8話 行方知れずの大剣使い《ウォーリアー》

 モルモントの町はすぐに日常を取り戻した。

 いくら何度も魔物が現れてるからって、町の人たちも慣れすぎな気がするのだけど。

 宿屋に戻るなり女将さんが『やっつけたのはロンドさんらかい?』などと言うのを見ると、あの荒っぽい見た目に流されない一定の信用を勝ち得ているようだ。

 たしかに彼らは強いのだろう。

 笑いながら魔物と対峙できるくらいには場数を踏んでいるに違いない。

 とくにダンとかいう坊主頭のモンクは頭抜けていた。

 礼儀正しい人間が、なぜあんな男たちと組んでいるのか不思議なくらいだ。


「何を考えてるの?」

「えっ。あ、さっきのモンクのこととか、町の人たちのこと」

「妙よねー、あのモンク。つるむ相手間違ってるんじゃないのかな」

「やっぱりそうだよね」


 お姉ちゃんも同じことを考えていた。

 そりゃ当然か。

 誰が見たっておかしいと思うはずだ。


「あれ、東方の僧兵団独特の技なのよ。その誰もが清廉潔白で有名で、そこの修練の書はちょっとやそっとじゃ外に漏れたりしないっていうし」

「じゃあ、ダンはそこの出身?」

「ダン? ああ、モンクか。そうだと思うんだけどねえ。だからこそ、斧の男と一緒にいるのを見ると妙なのよ」

「清く正しい男だから、手段はともかく町を放っておけないだけだったりして」

「あ〜、それ熱いね! いいね!」


 お姉ちゃんの胸が躍る。

 彼女は武に生きるだとか人情に生きるだとか、そういうたぐいの話が大好きだ。


 コン、コン


 突然、部屋の扉がノックされた。

 ガチャリと開けてみると──


「よう、これからまた山を探ろうと思ってるんだが……」


 驚いたことに、アレンとユミルさんが私たちを訪ねてきた。

 ユミルさんがアレンに続いて話す。


「よかったら一緒に行かない? いいえ、正直に言って、来てくれると心強いわ」

「昨日のグリンホーンのこともあって、仲間は多いほうがいいとユミルが話してね。もちろん君たちも報酬の取り分を気にするだろうから、この話は断られても仕方ないと思ってる」


 私はお姉ちゃんと顔を見合わせて、お互いにうなずき合った。


「ええ、いいですよ。報酬の件は……万が一に解決したら、そのときに考えましょう。活躍したほうが多くもらえる。わかりやすいでしょう?」


 私の提案に、ユミルさんが笑顔で手を差し出してきた。

 私がその手を握ると、アレンとお姉ちゃんの手がさらに重ねられた。


「今度こそミリアさんにチーム名考えてもらわなきゃね♪」

「もらいません」

「絶対イヤ」


 お姉ちゃんのつよい期待を私とユミルさんが瞬時に打ち砕いた。

 そして涙に暮れるお姉ちゃんでした。




 モルモント北、昼下がりの山中──


 昨夜にアレンたちが戦っていたあたりまで進んできた。

 道中、アレンたちはこれまでの活動をつぶさに教えてくれた。

 話を聞く限りでは、彼らは裏表なく正しくあろうと熱心であった。

 私の耳が痛くなることもおっしゃっておりました。

 しかしそれとは裏腹に、あまり踏み込んだ調査活動は行えていない様子がうかがえた。

 アレンの腕ならもっとスムーズに進みそうなものだけど、とお姉ちゃんが口にするとアレンがすこし困ったように『二人では限界がある』とその理由を話した。

 お姉ちゃんが納得いかないなといった様子を見せていたのは気になるけれど……正直、私には『そうなんですね』くらいの話である。

 気づいたことといえば、滞在中に見かけたのはいずれもグリンホーンや成長期のデーモン程度のクラスであるということくらいだという。

 これもたまたまそうであったという可能性は高い。


 私たちはグリンホーンの足跡を探して歩いた。

 人の往来もなく昨日の今日だから、途中までは順調に辿ることができたのだが──


「みんな、ストップ」


 先頭を進むアレンの号令がかかった。

 その視線の先には、引きずられたように残る血の跡。


「ひっ……ち、血なの?」


 ユミルさんがたじろぐ。


「俺が見てくる」


 とアレンが言うので、


「私もいく。お姉ちゃん、ユミルさんをよろしくね」


 と私もついて歩いた。

 それは途切れ途切れにだいぶ先まで延びている。

 山の上の木々の中へと続いてきており、お姉ちゃんたちの姿が見えなくなる頃には形跡を探すのにも苦労し始めていた。


 やがて、それはあった。


 グレートソードを背負っていたであろう大柄な男性の死体を見つけた。

 鳥か獣か、はたまた魔物か。

 その体はあちこちむさぼられている。

 それらとは別につけられたのであろう大きな傷痕が目立った。

 大型の動物の爪にえぐられたような三本線。


「ユミルさん置いてきて正解ですね」

「ああ、君たちがいてくれて助かったよ」


 アレンが座りこんで、倒れた男を検分する。


「こんな荒々しいグレートソードを振り回すのはそうそう出会わん。頭部がないし体もこんな状態だから確定とは言えないが、ガルマン……あのチーム・マッスルの一人かもしれない」


 だから今日の魔物騒ぎには二人で出ていたのか……!?


 ふと、到着初日にレストランで見た光景を思い出す。

 斧と並んで置かれていたあのグレートソード──


「その、ガルマンてのがどうして一人でここにいるんです?」

「それを聞かれてもなあ、俺は答えをもってない」


 そりゃそうか。


「しかしなんだ、この悲惨な姿を見て取り乱さないあたり、君たちも相当の場数を踏んできたのだろうな。まだ少女だというのに、素直に感心するよ」

「それ、私たちを舐めてたってことですかね」

「あー……いや、正直そうだった。謝るよ」

「いえ、私たちそういうの言われなれてますから」

「頼もしいよ」


 アレンがそう言って笑ってみせると、手を払いながら立ち上がる。


「今日はここまでにしよう。先にユミルのところへ戻ってこのことを伝えてくれないかい?」

「優しくって、まあ、頑張ってみますけど」

「血痕をたどったさきにガルマンのグレートソードが落ちていたとだけ話してくれればいいさ」

「了解です。あなたは?」


 私が尋ねると、アレンは転がる男に視線を落として、


「明日からのためにを片付けておくよ。ロンドたちにも今夜中に話せるといいが……」


 と話して、ちぎれた体を再び触りはじめた。

 さすがに私も死体をいじくるところをゆっくりは見ていられないので、この場を任せて戻ることにした。

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