第7話 武闘僧《モンク》・ダン

 それはお昼を過ぎた頃だった。


 ──家に入れ、避難しろ!

 ──魔物がきたぞーッ!!


 尋常じゃない様子に、部屋の窓を開けて何事かと確認する。

 ほぼ同時に、日用品の買い物に出ていたお姉ちゃんが慌ててドアを開けて入ってきた。


「マリオン、大変、魔物が!」

「うん、外の声聞こえた」


 昼過ぎからまた山に探しに入ろうと身支度をしていたところにこんな事態になったので、戦闘準備などまったく整ってはいなかった。

 私たちは急いで準備にとりかかった。


 人々の声が一層大きく聞こえてくる。


 ──戦士さま!

 ──戦士さま、お助けください!


 戦士さま? と、ふと気になって着替えながら窓の外を再び見やる。

 大きく無骨な斧を持つ大男、武器らしきものを持たない坊主頭の男の二人が、人の波に逆らうように町の外へ向かって歩いていく。


「あ、マッスルだ」


 だけどおかしいな。

 一人足りてない……


「ちょっとマリちゃん、下着姿で窓に近づかないの」


 お姉ちゃんに言われてはっとして、慌てて窓から離れる。

 は、恥ずかしい……


「ほら、お洋服はやく着て、これ、いつものバッグね」


 すでに準備の整ったお姉ちゃんに着替えを手伝われる私。

 こういうときはテキパキと手際がいいんだよね。


 やがて準備を終えて、チーム・マッスルの後を急いで追いかけた。




 私たちが駆けつけたときには、既に戦闘は始まっていた。

 相手はグリンホーンよりひと回り大きいデーモンが二体。

 すでに体の一部を穿うがたれた二体が地に伏していた。


 チーム・マッスルのほかアレンたちも先に到着していたようなのだが……


「ちょっとアレン、なんで見てるだけなんです?」


 小走りに近寄りながら声をかけると、アレンたちが振り返る。


「ああ、妹さん。お姉さんも。それが、ロンドが邪魔をするなとまた拒んできてね──」

「ホント、あいつらムカつくわ」


 ユミルさんが苛立ちを隠せないでいる。


 ズォン、ドガン、と重量のある武器が地面を揺らす。

 ガタイのいい男たちが戦う姿はなかなか見応えがあるものだ。


 このクラスのデーモンともなれば駆け出しの戦士であれば押し負けることがあるくらいだ。

 しかしチーム・マッスルの面々は軽々と攻撃をいなして、その体を押し飛ばす。

 態勢を立て直そうとするデーモンのそのタイミングを狙って、素手の男が深く踏み込んだ。


発勁はっけい──ッ!!」


 どごぅん


 気合いの掛け声とともに繰り出したパンチは魔力のような強い光をまとい、デーモンの腹部を軽々と吹き飛ばす!


「す、すごい──!」


 私は素直に驚いた。

 素手で魔族と戦うひとを見たことがなかったし、あっさりとデーモンの体を吹き散らすほどの技などそうお目にかかれるものではないのだ。

 すでに倒されていた二体も、あの男が今のような技でトドメをさしたのだろう。


 残りの一体もやがて、大きな斧の一撃に頭から腰のあたりまでを裂かれて倒れた。

 斧の男は下品に笑い声を上げる中、素手の男は静かに合掌をしている。

 

「やっぱやるじゃん、あのモンク!」


 お姉ちゃんが手を打って無邪気にはしゃぎだした。

 モンク。

 武術に長けた僧兵団がどこだったかの地方にあって、彼らがまた滅法強いのだと、前にお姉ちゃんが話していたことを思い出す。

 しかし倒した魔族にまで礼をするなんて律儀なひとだ。


 斧の男がこちらに下品な笑顔を向けてくる。


「なんだ、お前らの出番はねェから帰れっつったのに、それどころか増えてンじゃねぇか」

「いえ、ロンドさん。万が一に備えて、入り口を張っていたんですよ」


 アレンがそれらしい理由を口にしたが、無論、適当なことを言ったのだろう。


「フン、そりゃあ時間の無駄だったな。こいつらァ俺らの戦利品だからな、手ェ出すんじゃねェぞ」


 ロンドと呼ばれた斧使いの男はデーモンの屍をさして言い放った。


 デーモンは通常、絶命してしばらくすると黒い煙のように消えていく。

 しかし時々、ツメやツノ、眼球などが消えずに残ることがある。

 彼らはそれを戦利品と呼んで回収しているようだった。

 要は、魔物を相手にした狩人というやつである。

 なるほど、自分たちで探し回るよりずっと効率が良いのだろう。

 アレンたちの話していた、彼らには解決する気がないという推測も信憑性が増した。


「おい、ダン先生よォ! 町長ンとこいってまた話しといてくれや」

「──了解」


 ロンドにダン先生と呼ばれたモンクは静かに答えた。


 この二人、随分と雰囲気が違うな……


 ダンは私たちの横を通り抜けて、町の中へひと足先に戻っていった。


「私たちも戻ろう、アレン」

「あ、ああ、そうだな」

「じゃあ、わたしたちもいったん戻ろうか、マリちゃん」

「……うん」


 昨日は山の中だったとはいえ、こうも続けて魔族に出会うことに、私は一抹の不安を抱いていた。

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