第6話 お姉ちゃん《アンドレア》は妹より強し

 モルモント、レストラン──


「あら、めずらしい、戦士さま同士が仲良くなるなんて」


 お店に到着してテーブルに着くなり、ミリアさんが嬉しそうに話した。

 事実、『アベック』の二人は良いひとで、ここに来るまでのあいだに随分打ち解けることができた。


「偶然戻りが一緒だったんです。チーム・マッスルは?」

「チーム・マッスル?」


 私がミリアさんに尋ねると、隣でユミルさんが不思議そうな顔をする。


「あはは、肉体派の三人組のグループのことよ。あの人たちならさっき帰ったわ」


 ミリアさんが代わりに答えてくれた。

 しかしユミルさんの眉間にシワが寄る。


「わかりやすいけど……もしかして私たちにも変な名前ついてないわよね……?」

「つけたわよ? 『アベック』って」

「アベッ……! やだ、まだそんな……っ」


 しかしミリアさんの答えを聞くや、すぐに顔を赤くしてうつむいた。

 アレンは困った表情をみせてぽりぽりと頬を指でかいている。


 ユミルさんはわかりやすいし、ミリアさんも容赦ないな。


 お姉ちゃんがうきうきした様子でミリアさんに尋ねる。


「ねえねえ、わたしたちは? どんな名前つけたの?」

「え? どんなもなにも、双子姉妹としか……」

「ええ、そんな普通でいいんですか……?」

「残念がるな。残念がるなアン姉」


 お姉ちゃんとしては変な呼ばれ方をされてみたいのだろうけど、私としては普通でいいです。


「わかったわよ、なにか考えてあげるわ」

「やめてくださいミリアさん……」


 むしろ普通でいいんです。

 あなたのネーミングセンスはわかったから。


「あはは、冗談よ。さあさあ、お腹へってるんでしょう? お客様、ご注文何にいたしますか?」


 話の途中から突然お仕事モードに切り替わると、メニューを広げて注文を催促してきた。

 この切り替わりの早さ、おそるべし。


「ご注文あーりがとうございまーす⭐︎」


 私たちがそれぞれに食べたいものを選び終えると、ミリアさんのお決まりの言葉が響いた。


「他にお客さんいないのに、それいつもやってるんです?」

「これが仕事だもの。手は抜けないわよね。ふふ」


 ミリアさんは迷いなく言ってのけると、店の奥へと戻っていった。


「わたしは好きよ、あれ」

「アン姉がああいうの好きそうなのは知ってる」

「面白いな、君たち」


 私たちの様子を見ていたアレンが笑った。


「やっぱり双子だったんだな。どうりでとても似てると」

「ホント。暗い道じゃわからなかったけど……すごく似てるわ。顔だけじゃ見分けつかないもの」


 ユミルさんが顔を近づけて私たちの顔を見比べる。

 彼女も雰囲気があるというか、エキゾチックというか、そういう顔立ちのため顔が近づけられるとドキドキしてしまう。


「性格は随分違うみたいだけどな。ははは」

「そうなんですよね、できの悪い姉でして」

「妹がなんだかご面倒おかけしちゃって」


 私とお姉ちゃんの言葉が重なった。


「仲良し姉妹ね」

「そ、それは否定しませんけど」


 すこし気恥ずかしくなって、水をひと口飲んだ。


「お姉さんの方は、剣を下げているが剣士さんかい?」


 お姉ちゃんが壁に立て掛けた剣に、アレンが興味を示した。


「ええ、まあ、乙女のたしなみ程度のものですけど」

「乙女は剣を嗜まないよ、アン姉……」


 するとアレンがお姉ちゃんの腕を、肩を、体をなめるように見る。


 ガンッ


「痛ッ──」


 突然、大きな音と同時にアレンが足を掴んでうめき声をあげた。


「見・す・ぎ!」


 ユミルさんがアレンに詰め寄った。


 ああ、ユミルさんが思い切りアレンの足を踏んだんだ……

 確かに剣士とはいえ女性の体を舐めるように見るのはよろしくないかも。


「そ、そういうんじゃないんだって」

「わかってるわよ。でもダメ」


 二人のやり取りに和んで、私はお姉ちゃんと顔を見合わせて笑った。


「いや、嗜み程度なんてのは謙遜もいいとこだろうと思って。イタタ……」


 話を続けようにも、足の痛みを引きずってつらそうだ。

 どうやらお姉ちゃんがただ者ではないことを見破ったらしい。

 おとぼけものではあるけれど、そんじょそこいらの剣士よりもずっと強いのは確かだ。


「それにその剣、妙な形してるじゃないか。大剣でもないのに両手剣トゥハンデッドより柄が長くてガードが広い、それでいて刀身はショートソード程度。こんなものは見たことがない。鍔の両端と柄頭の宝石は魔力があるものかい?」


 アレンがお姉ちゃんの剣の特徴をつらつらと並べ立てた。

 見た目が非常にユニークな剣であることは間違いない。


「わたしたちの故郷の宝物。重いもの振り回すと疲れちゃうし、ガードはただ、わたしのスタイルが守りの型なだけというか、合ってるのよね。宝石は、ふふ、オシャレでしょ? なんてね。 持ってみる?」

「いや、ここで抜くのは店に失礼だろうから。また今度見させてくれ」

「あら律儀。わたしも、またいつか魔法剣を見せてほしいわ」


 そう話してお互いに笑顔を交わす二人。

 これは剣士同士のシンパシーなのだろう。

 私にはあまり興味のない話ではあった。

 しかしもうひとり、面白くなさそうにしていることをアレンは気づいているのだろうか。

 どちらかといえば、私はユミルさんの白魔法のほうに興味があるのだけど。


「料理お待ちどーさまー☆」


 ミリアさんが料理を陽気に運んできた。

 両腕いっぱいにお皿を載せて器用に配膳する姿は、まさしくプロだ。


「ミリアさんって器用なのね~」

「ふっふっふー、これでも芸の道に進もうと思っていたこともあったのよね」


 得意げに胸を張るミリアさん。

 話も上手だし口説かれるほどの容姿だし、それはそれで成功しそうだな。

 ふとお姉ちゃんを見れば、好奇心からその瞳が輝きを増していた。


「それじゃ、ごゆっくりどうぞ」


 ミリアさんは用事を終えるとすぐに戻っていった。


「もっとグイグイ来られるかと思った」


 ユミルさんがつぶやいた。


「あはは、私も思いました」


 二人で一緒に笑う。


「あの、ユミルさん」

「ん?」

「山で話してたことが気になりまして。チーム・マッスルに協力を頼めないって……」

「ああ、そのこと」


 ユミルさんはパスタを口に運び飲み込む。


「私たちもあなたたちより何十日か早く滞在してるだけなんだけど、やっぱり情報が少なかったのよね。だからずっと前からいるっていう彼らに協力しませんかって持ちかけたのよ」

「それでダメだったと」

「私がしおらしく装って申し出てあげたのに『誰とも協力する気はない』なんて一蹴されてね。腹が立ったからちょっと嫌がらせしてやったら、怒らせちゃって」

「嫌がらせって何したんです……?」

「つまずいたフリして熱いシチューをぶちまけてやっただけよ」


 あー、わかっちゃった、このひとも危なっかしいひとだ。

 私たちが呆れていると、アレンがフォローに入る。


「まあ彼女の悪戯も褒められることではないんだが……それ以前に彼らには頑なに拒まれてしまっていてね。これは町のひとに聞きまわっての俺の邪推なんだが、」


 と少し言いあぐねると、トーンを落として続ける。


「彼らはまるで解決しようという素振りをみせない。永遠に町に近寄る魔物退治を繰り返していたほうが割がいいと、そう考えてるんじゃないかって」


 そう話し終えると声をもとに戻して続ける。


「まあ、邪推だけどな。近寄る魔物を退治してくれるだけでも、この状況では貴重だろうから、それが本当だとして悪くは言えない」


 それは確かにそうなのだろうと、私も同意した。

 話は変わるが、とアレン。


「さっき戦ったグリンホーン、君たちはあいつらをどう見る?」

「どうっていわれてもねえ。グリンホーンですねとしか……」

「アン姉、なにいってるの? グリンホーンも生まれたばかりとはいえ、れっきとした魔族よ。となれば、ここではない世界と繋がるような空間の歪みが近くにあるか、高位の魔族そのものが近くにいるかってことじゃない」

「高位の魔族……!?」


 ユミルさんが過敏な反応を示した。

 私は驚いて、もうすこしライトな可能性を並べ立てる。


「あ、えっと、可能性です! 可能性! あのくらいの未完成な魔族なら、下手くそな魔道士気取りが失敗した召喚術から湧いて出てくることもありますから」

「召喚術、ね……ごめん、大きな声出しちゃって。ちょっと嫌な思い出があって」

「そうねえ、高位の魔族がこんななにもない町にちょっかい出す理由はないものね。どうせ根暗で陰湿な洞穴に引きこもってるような魔道士の男性が夏休みの自由研究でもしてるのよ」


 お姉ちゃんの言葉に、変な空気が流れる。

 悪気がないことはわかっているのだけど、お姉ちゃんがモルモントと世の男性魔道士たちに大変失礼なことをのたまった。


 変に恨みだとか根に持つタイプではないのだけど、今回の事件、そんな風に考えていたんだね……?


「ああ、でもお風呂があるのはいいところか。お風呂好きの魔族って、友だちになれそうじゃない? ね、マリちゃん」

「変な同意を私に求めないでよ」


 そんなくだらない会話を楽しみながら、料理はすべてお腹の中にしまわれた。




 やがて帰り際──


 ユミルさんが感心した様子で話しかけてきた。


「マリオンは魔法や魔族に詳しいのね」


 大人の雰囲気の女性からこうやって褒められると嬉しくなってしまう。


「そ、そんなことないです、乙女の嗜みですから──」


 そう言葉を返した私に、お姉ちゃんが不思議そうな表情を浮かべて見てくる。


「マリちゃん、乙女はそんなこと普通知らないわよ?」

「あんたが言うなーっ!」


 うっかり反射でお姉ちゃんの顔面めがけて放った私のパンチは、あっさりと受け止められてしまうのだった。


「あらあら、うふふ」


 私はお姉ちゃんには敵わない。

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