第5話 神官《プリースト》・ユミル

 少しして目が慣れてきた頃、地面に転がるグリンホーンの姿が見えた。


「やっぱりやるわね、あの剣士。まさに一撃必殺って感じ!」


 お姉ちゃんは立ち上がって、アベックのほうへと歩み出た。

 私も小走りに後を追いかける。


「大丈夫かい? ユミル」

「大丈夫、ただちょっと光が強くてクラクラしてるだけ」


 どうやら突然の光に備えられていなかったのは私たちだけじゃなかったようだ。

 ユミルと呼ばれた黒髪の女神官が剣士アレンの手を取り立ち上がろうとした時、私たちに気づいた。

 長い髪が揺れてしっとりとした雰囲気に、女の私でもちょっとドキッとする。

 アレンも彼女の視線の先に気がついて、こちらへと振り向く。


「君たちだったか。昨日の夜、レストランにいたね。さっきの明かりは助かったよ、ありがとう」

「あ、いえ、お役に立てたならそれで良かったです──」


 思いのほか素直に感謝をされたので、私もぺこぺこと頭を下げてしまう。


「あなたほどの腕なら防戦一方なんかにならないと思ったけど……」


 お姉ちゃんがふとそんなことを言い出す。

 アレンの後ろのユミルさんがムスッとした表情に変わった。


「不意打ちじゃなければアレンの圧勝よ! ただ態勢を整えるのに時間がかかってただけ!」

「ユミル、彼女たちには助けてもらったんだ。言うべきことがあるだろう?」


 食ってかかるユミルさんをなだめ落ち着かせるアレン。

 これは恋人、というやつだったりするのだろうか。


「あ……ありがとう……」


 うつむいて、消えそうな声のユミルさん。

 アレンには敵わないのだろうな。


「あ、アレン、怪我してる。じっとしてて」


 グリンホーンの爪に刺された腹部を見て、ユミルさんが祈りの詠唱を始めた。

 白魔法をまじまじと見るのは随分と久しぶりかもしれない。

 少しして、彼女の手は淡い光を放ち、ゆっくりとアレンの傷口をふさいでいった。

 みるみると傷が癒えていき、跡が目立たないほどに回復する。

 私のルーンではなかなか及ばない回復力だ。


「ありがとう、ユミル」

「いえ、私はこれくらいしかできませんから……」


 アレンの優しい微笑みにもじもじとするユミルさん。

 ああ、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


「そっちのあなた、さっきのは黒魔法?」


 ユミルさんが私に食いかかる。


「い、いえ。私は秘石術師ルーニーです。黒魔法もわからないこともないですが……」

「そう、ならいいわ。ルーニーって初めて見るかも。ホントにいるのね」

「あはは、私もほとんど会ったことないんですよ」


 誤解をしていたようで、すぐに警戒は解いてくれた。

 神官には黒魔法を敵視するひとが多いと聞いたことはあるけど、ユミルさんもきっとそういうタイプなのだろう。


「ねえアレンさん、さっきの魔法剣なんだけど──」


 お姉ちゃんが興味津々な様子だ。


「昔、どこかの精鋭部隊ナイツにいなかった?」


 するとアレンの顔が少し曇る。


「入ろうと考えていたことはありましたが……今は見ての通り、ユミルと二人の旅ガラスです」


 そう言って微笑みを作ってみせる。

 なるほど、昔話にはあまり触れてほしくなさそうだ。


「そう。どこかで見たと思ったのだけど、気のせいかしら」


 ウーン、と悩むお姉ちゃん。

 しかし深入りさせて面倒ごとにするわけにはいかない。


「はい、アン姉、お喋りここまで。暗くなる前にみんなで町に戻ろう」


 そう提案すると、みんなが空を見上げる。


「そうだな、お腹も減ってきたし。お二人とも、良かったらレストランでご一緒しませんか?」

「ちょっと、アレン!」

「ユミル、いいじゃないか。町を助けるのに二人だけでは骨も折れる、かといってあの無骨な三人組は、そうだろう?」

「それは、そうだけど……女の子ばっか……しかも可愛い……」


 ユミルの語尾が小さく消えて、何を言っているかよく聞き取れない。


「よし、決まりだ。一緒にいきましょう、食事代は先ほどのお礼として出させていただきます」

「あ、やったねー! 長く滞在するにはちょっとお財布厳しくってさ、助かる〜♪」

「あはは、姉がすみませんです……」


 とはいうものの、これは願ってもないことだった。

 レストランのミリアさんが言うにはこの二人、少し前から滞在しているという話だったはずだ。

 そうであれば少なからず私たちよりは情報を持っているだろうし、さっきの技を見るに、お姉ちゃんの見込み通りそこそこのやり手に違いない。

 協力関係が築ければ、いろいろ心強いというものである。


 私たちはお互いの自己紹介なんかをしながら、モルモントのレストランへ戻った。

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