第4話 魔法剣士《マジックナイト》・アレン

 モルモントの宿屋──


「お風呂もあるなんて、良い宿屋だね」


 お風呂上がり、濡れた髪を拭きながらベッドに腰をかける。


「山に水源があるって言ってたわ。そのおかげで水には困らないんだって」

「アン姉、それどこで聞いたの?」

「さっき困りごとはないかって尋ねてきてくれた女将さんからよ。お風呂の話したら教えてくれたの」


 なるほど。

 気にかけてくれるのはサービスなのか、私たちがいわゆる戦士さまだからなのか──


「そんなに人を疑ってかかるものじゃないわ、マリちゃん」

「何も言ってないでしょ」

「マリちゃん顔に出ちゃうし、何考えてそうかなんてすぐ見当つくのよ。ほら、わたしお姉ちゃんだし」

「アン姉が優しすぎるんだよ。ただでさえ私たちが子どもだからって足元見て商売してくるひともいるんだから」

「その時はサクッと刺せばいいじゃない」

「だーめーでーす」


 このひと、穏やかな性格かと思えば恐ろしいことをすぐ口にするクセがある。

 本当にやってしまうのではないかと冷や冷やすることもあるほど、冗談かどうかが分かりにくかったりする。


「アン姉は、他の魔物退治のグループのひと、どう思った?」

「うーん、そんなに興味なかったから……チーム・マッスルの一人と、アベックの剣士の男の人はそれなりの使い手じゃないかしら。しなやかな体つきだったわ」

「神官の女性は?」

「可愛いとは思うけど、それくらいかなあ。白魔法が中心でしょうし、だからこそ、尚のこと剣士さんが輝きそうよね」


 やっぱり、なんだかんだあの人たちのことを見ていてくれた。

 見るところが戦いに向いているかどうかに終始しているのも流石だなと思う。


「マッスルのその人って、やっぱりリーダーさん?」

「いいえ、どちらかと言えば端っこで静かにしているようなポジションだったわ。あ、サラダ取り分けてあげてたのはちょっと可愛かった」

「マッスルで可愛いはわからないかなー……」

「ふふ、そのうち分かるわよ」


 わかる気がしないのですけど。

 お姉ちゃんがあくびをする。


「わたし寝るよ。明日はあたりを散策するでしょう? マリちゃんもゆっくり休みなさいね」


 そのままパタリとベッドに倒れ込むと、すぅ、と寝息を立てて眠った。


 寝つき良すぎだよ……


 その体質を羨ましいと思いながらランプの火をそっと消して、私もベッドに横になった。

 きっと自分が思っていた以上に疲れていたのだと思う。

 体がじわーっとしてくるのを感じたあと、すぐ眠りに落ちていた。




 翌日──


 私たちは町の外の森を見て回ることにした。

 魔物は森のほうから来ることが多い気がする。

 いまはただそんな曖昧な情報だけが頼りだ。


「散歩もいいものね〜」

「アン姉もちゃんと形跡がないか見てよね」

「見てるってばぁ。だけど変な話よね、これまでも魔物退治に来たひとは多いのに情報が少なすぎると思わない?」

「それは……」


 それはその通りだ。

 諦めて帰ったひとたちがいたとして、それでも誰にも情報が伝わっていないのは不自然にも思う。


「それは、これまで来たひとたちが巣を見つけられなかったってだけだよ、きっと」


 確信などは全くないけれど。


「森のほうから来ているからみんな森のほうを探してしまって、他の場所をあまり見ていないんじゃないかなあなんて、お姉ちゃん思っちゃうわけ」


 この姉というやつは、時々鋭いことを口にする。


「なんか悔しいんだけど、アン姉の言う通りかも。森のほうから来るからといって、森で湧いてるとは限らないものね」

「わ、いまお姉ちゃんのこと褒めてくれた?」

「褒めてない、発言を認めただけ」


 私の返事にしゅんとするお姉ちゃん。

 もうちょっとお姉ちゃんらしさを発揮してくださいね。


「とにかく森を離れてみよう。怪しいのは、山の方かな……」

「定番の横穴があったりしてね」

「あはは、そうだったら分かりやすくていいんだけどね」


 それから私たちは探す場所を山のほうへと変えた。

 とはいえ闇雲に探すだけでは簡単に見つかるはずもなく、初日はあっという間に日が暮れてしまった。

 真っ暗になる前に町に帰ろうした、その時だった。


「マリちゃん、聞こえる?」

「ん?」

「誰かが戦ってるよ」


 お姉ちゃんはそう言うが──私には聞こえなかった。

 すると風が吹いて、


 カンッ ドンッ


 かすかに、ぶつかり合う音が風に乗って聞こえてきた。


「魔物が出てるのかもしれない。行くよ」


 と言って、お姉ちゃんは駆け出した。


「ま、待ってよ!」


 私も遅れて走り出した。

 お姉ちゃんのダッシュは早すぎるんだ。


 風の吹いてきた方向へ走る。

 すると音が近づいてきた。

 剣の閃きと魔力の光が目に映る。


「マリちゃん、こっち」


 二人で岩陰に身を潜めて様子をうかがうと──


「アベックじゃん」


 容姿端麗な金髪の剣士の男性と、こちらも雰囲気のある黒髪の神官の女性が、いくつかの黒い影と戦っていた。

 黒い影、それは小型ではあるが紛れもなく魔物のようだが……


「なんだ、幼魔族グリンホーン、雑魚じゃない」

「油断は良くないよ。視界の悪い夜なら、何しでかすかわからない相手のほうが有利なことあるんだから」

「わ、わかってるけど──助けないの?」

「ちょっと見ておきたいじゃない? ライバルの実力」


 そう言ってお姉ちゃんはウィンクしてみせた。

 モヤモヤしながら、私たちは彼らを見守る。


 剣士の剣さばきが身軽なグリンホーンに追いついていない。

 いや、追いついていないというより、戦い方にクセのないグリンホーンの動きに翻弄されているのか。

 神官の回復魔法を受けながらグリンホーンの攻撃をかろうじて受け流してはいるが……


「やっぱり助けに入ろうよ」

「男のひとを立てることも覚えろって、お母さん言ってたじゃない」

「言ってたけどさ──あれじゃ防戦一方じゃない」

「助けかたがあるってこと。マリちゃん、交戦中のあたりに眩しくないくらいの明かり、つくれる?」


 お姉ちゃんの言ってることをなんとなく理解できた。

 私は小さくうなずいて、ルーンを準備する。


 グリンホーンたちと剣士の交戦を見てタイミングをはかる。

 グリンホーンたちのツメが、棍棒が、剣士を襲う。

 その痛々しい光景で私は目を背けたくなるが、グッとこらえて見守る。

 そして剣士が剣を大きく薙いで、跳びのいた!

 距離がひらいたその瞬間を狙って──


燈火バル・グロー!」


 明かりを灯す呪文を放った。

 あたりの視界が開ける。

 突然の明かりに戦いは一瞬の停滞を見せたが、次の瞬間、神官の声が響く。


「アレン、いまよ!」


 同時に、アレンと呼ばれた剣士が呪文のようなものを発動する!


魔法剣・電光石火エンチャント・ライトニング!」


 刺突の態勢に構えた彼の剣がまばゆい雷光を帯びた。

 グリンホーンたちは慌てて阻止しようと彼に飛びつこうとするが──遅かった。


執行エグゼキューションッ!!」


 ばぢばぢばぢばぢばぢィッッ


 弾けるような音とともに、視界に幾つもの青白い光が閃いた。

 私たちは突然の眩しさに目がくらむ。

 バタ、ドサ、と複数の何かが倒れる音が聞こえた。

 いま、目の前で何が起きたのだろう。

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