第3話 魔物退治の傭兵たち《マーセナリーズ》

 しばらくして、ミリアさんが料理を運んできた。


「お待ちどーさまっ! よいしょ」


 そう言って料理をテーブルに並べると、おもむろに空いた椅子に座る。

 ニコニコと笑顔が絶えないのはいいのだけど……

 見られながら食べるというのも落ち着かない。


「あの、何ですか……?」

「ええ? 何ですかじゃないわよ。あなた頼んだじゃない、あたしの魔物退治耳より情報」

「ああ、そういうこと! それならそうと言ってくれるとわかりやすいのですけど」


 彼女曰く、あのオプションメニューは食事のあいだ話し相手として答えるといったサービスらしい。

 私たちは料理をつつきながらミリアさんと話を続ける。


「もともと外から来る荒っぽい男たちから口説かれることが多かったのよ。だったらお金を取って話し相手をしてやるかってね。儲かってたんだけど──」

「魔物騒ぎが続いてお客さんが減ったのね」

「そうなのよー! だからあたし困っちゃって。これでも退治しにきてくれる人たちには感謝してるのよ」

「だったら追加料金なんてとらずに、協力的に情報提供してくれませんか?」

「それはそれ、よ」


 したたかな女性、だけど嫌いじゃない。

 うちの姉とは大違いだ。


「それにしてもよ、あなた達、本当に戦えるの? 見た目からじゃまったく強そうじゃないのに」

「よく言われるんですけどね。姉妹でずっと色んな困難を切り抜けてきてますから」

「わたしが姉のアンドレア。よろしくね、ミリアさん」


 手を差し出して、握手を交わす二人。

 しっかりお姉ちゃんポジションをアピールしている。

 私も食べるのをやめて手を差し出した。


「私はマリオンです。渋々、妹をしてあげています」

「あはは、なにそれ。よろしくね、二人とも。もしかして、双子さん?」


 ミリアさんが私の手を握りながら、お姉ちゃんと私を見比べてきた。


「うん、双子なの。わたしのほうが先に生まれたからお姉ちゃんよ」

「アン姉が頑なに姉ポジ譲らなかっただけじゃない。姉レベルなら私のが絶対高いし」

「食べ物の好き嫌いが多いところなんてまさに妹じゃない? ねえ、ミリアさん」

「方向音痴が過ぎるアン姉は頼りないじゃない」

「ほら、さっきから『アン姉』て認めてる〜♪」

「ぐぬぬ……」


 これは別に喧嘩をしているわけではなく、いつもの私たちのじゃれあいのようなものだ。

 お姉ちゃんを認めてないわけではないし、私が姉になりたいわけでもなく、本当にいつもの言葉遊びである。

 それをちゃんと分かってか、ミリアさんは私たちの様子を見て爆笑している。


「あはははは! あなた達、面白いね。今までここに来た戦士さま達とは全然違うわ」


 その大きな声が他のテーブルのお客さんにも聞こえたのか、彼らの視線が集まる。


「あー、おかしい。あはは。ああ、けどお金もらってるし、ちゃんと話すこと話さなきゃね」


 ミリアさんはひと口水を飲んで息を整えた。


「さ、なんでも聞いてちょうだいな」

「それじゃあ、遠慮なく──」


 私たちはミリアさんからモルモントと魔物の状況を教えてもらった。


 魔物はいまもたびたび町の付近まで来ることがある。

 町に寄ってくるのは小型の魔物がほとんどではあるものの、ときどき一回り大きい魔物も現れることがあるという。

 魔物が寄ってきたときには、いまも店の中にいるチーム・マッスル──肉体派三人組に対するミリアさんが付けた愛称だ──や、もうひと組のアベック──こちらは男剣士と女神官のペアのこと──が討伐してくれるのだそう。


「アベックってネーミングセンスどうなんですかね……」

「ええ、ええ、どーせあたしのヒガミですよーだ」


 ミリアさんが、べー、と舌を出して言い返してきて、すぐに笑う。


 町の安全を守ってくれたことに対しては、カナンシティの報酬とは別でささやかながら報酬を支払っているのだという。

 とはいえそんなに大きな町ではないため、報酬は金貨を支払うこともあるが、食事の提供や滞在中の民家の提供を対価とすることも多いようだ。


「金貨や食事に民家の提供って、ずいぶん気前がいいのねえ」


 お姉ちゃんがミリアさんの話に感想をもらす。

 たしかに、家ひとつを無償で貸し出すというのは大きな対価かもしれない。

 その疑問に、ミリアさんが声を小さくして答える。


「魔物の被害を受けて空いてしまった家がいくつかあるのよ。この町の宿は小さいし、長く宿泊されると他のお客さんが入れないから、空き家を使ってくれるのはモルモントにも都合がいいの。それに、魔物を倒してくれる戦士さまだもの。問題が解決しないまま離れられてしまうことのほうをみんな恐れてるわ」

「なるほどねえ。現にいくつかのチームがいなくなってるものね。聖王都の聖騎士団ナイツには相談していないの?」

「したわよ。随分前に町長から正式な書簡を出してるけど、なしのつぶて。審査だとか手続きに時間がかかるみたいで、全然動きが見えてないのよ」

「一部隊でも来てくれればさくっと片付きそうなのにねえ」


 お姉ちゃんが指を唇にあててつぶやく。


「小さな事件だと思ってるから後回しなんだよ。どこの国もお役所はお役所じゃない」

「あ、マリちゃんイライラしてる」

「うるさいなぁ」


 私たちは旅すがら今回のような事件に首を突っ込むことは良くあって、その国の精鋭部隊ナイツが引き合いに出される事件も多くあった。

 その度に国の警護が弱くなるだとか部隊を動かす費用対効果だとかそんなことばかりだった。

 だから私の結論としては『アテにするだけ無駄である』だ。


「こういうときにすぐ動かせない精鋭部隊ナイツなんて無価値よ。選りすぐりを手元に集めて喜んでるだけで、お偉いさんの自己満足じゃない」

「出た、ダークマリちゃん」

「アン姉だって一緒でしょ? 故郷のナイツが働き者だったから、余計に嫌いになっちゃう」

「あはははは! いい、マリオンいい! あたし、あなた好きよ」


 ミリアさんが涙を流して笑っている。

 彼女は再び息を整えると、


「お偉いさんで思い出したんだけど、」


 と、また声を低くして話し始めた。


「結構前になるんだけど、別の三人組が町に来て滞在してるの」

「三人組? 魔物退治のグループですか?」

「それがね、よく分からないのよ。あなた達と歳の近そうな綺麗な女の子と、お付きの人っぽい青年と老年の紳士を連れてたわ。お供って感じで、魔物退治って感じじゃなさそうだけど……彼女たちにも民家を貸してるんだけどね、町長からはあまり関わるなとお触れがあって実態は謎なの」


 歳の近い女の子とお付きの紳士たち……

 そういうの、なんか憧れちゃうかもしれない。


「どこかのご令嬢かしらねえ」

「町のみんなもそんな訳ありっぽい人たちに関わって面倒事に踏み入りたくないからそっとしてる。あの人たち、食事も自分たちで作ってるみたいね」

「まあ、魔物退治に無関係ならその人たちのことはなんでもいいですけどね。最後に質問なのですけど……」


 料理を食べ終えた私はフォークを置いて尋ねる。


「いろいろ聞かせてもらいましたけど、魔物がどこから湧いて出てきているかは、まだ誰も掴めてないんですね?」

「隣接する森のほうから来ることが多い……気がする、といったくらいのことしか私は知らないわ。あの人たちなら、何か知ってるかもしれないけどね」


 ミリアさんはそう言って、私たちからしか見えないようにチーム・マッスルとアベックを指し示した。

 高い報酬が用意されてるのだから、情報を隠していても当然か。


「ありがとう、ミリアさん。ねえお姉ちゃん、今日は疲れたし宿屋とって休もっか」

「そうね、部屋が埋まってたら大変だわ」

「あはは、騒ぎもあって他の客はほとんどいないよ。宿の場所教えるから、ちょっと待ってて」


 ミリアさんが店の奥へ戻っていった。


「いい人ねえ」

「そうだね、悪い人じゃなさそう」


 するとすぐに、彼女がメモを持って戻ってきた。


「はい、これ。地図と、少しだけ安くなるから店主に見せてね」

「わあ、ありがとう〜。何から何まですみませんねえ」


 お姉ちゃんが喜んでその好意を受け取ると、


「なんのなんの! これ渡してもらえると、あたしが紹介料もらえるのよね。ふふふ」


 包み隠さずキックバックを明かすミリアさんだった。


 ああ、やっぱりしたたかな人だ。

 まあ少し安く泊まれるならいいのですけどね。

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