身に覚えのない、身から出た錆




 ゆっくりと起きて、昼下がりを過ぎてからようやく準備を終えた。体は硬いが、仕方ない。他人の家に無理に入り込んでいるのだ。早く、ゆったりと休める場所が欲しい。

 そんなことをぼんやりと思いながら、ヴァネッサの先導に続いて街を出た。見送りでもしてくれるのか、てこりてこりとスパイダーウェブが僕の後ろについてきた。ふっと笑いが漏れる。


「どうしました」

「いや何でもない」


 本当にRPGのパーティみたいな歩き方だと、思っただけだ。ただまっすぐ進むだけ、特に面白いわけではない。だが、そんな光景を実際、自分でするとは思わなかったなあ、と心中でぼやいた。もっともパーティとして見ると、僕たちは無茶苦茶なのだが。


 街から離れた野原にたどり着くと、そこにはぽつんと、ワンボックスワゴンが停まっていた。エアコンを強くかけているのか、下部からぽたぽたと水が滴っている。乗っているのはヴァネッサの部下であろう黒服だ。


「アレはなんですか」

「ああ、車、乗り物、移動できる」


 ブツブツと途切れた言葉でウェブの問いに答える。彼女は近寄ると興味深げに弄る。後部座席のスライドドアを開けては、締めてみたり、興味深々といった風だった。


「遊ぶのもそれくらいにしてくれ、西湖、行くぞ」

「ああ、それじゃあ」

「そうですね」


 頷いて、そのまま、乗り込もうとするウェブ。いやいや、と声を上げた。


「え、えー、なんで、ついてくるの」

「安心してください。長期の休暇を申請しましたから」


 違う、そうじゃない。心中で言おうとした言葉がとどまった。


「それに、お付き合い始めた方のことはよく知りたいです」


 もじりと可愛らしい動作をするウェブ。可憐だが、僕の胸には寒々しいものが走った。思わず、ヴァネッサの方を向いたが、彼女は視線を合わせてくれなかった。

 いやいや、いやいや、いやいや、いや。なにいってんだこいつ。


「あ、ああ、そうだな、こちらの席だと、広く周りが見られるぞ」


 誤魔化すように、ヴァネッサがウェブを助手席に押し込んだ。魔術師は初めて、見る車に興味が寄っている。誘導するように運転手の黒服が備え付けのラジオをつけて、音を大きくした。ざりざりとした音が鳴るので、手持ちのスマホと連携させて、クラシックをかけ始めた。趣味がいい。

 それにウェブは呆けた声を出すと、八つの目が布の奥でぐりぐりと動かしている。

 その隙に小声でどういうことだと、問いかけた。


「たぶん、彼女の中ではそういうことになっている」

「ええ」


 何もしてないぞ。いっしょにご飯食べただけじゃないか。泊まってお世話にはなった。ずっと頷いて、話を聞いた。しかし、それだけだ。理解できない。


「もともと彼女、引っかけやすかったんだろう」

「言い方……」


 だが、事実だとばかり、ヴァネッサは諦めたように笑みを浮かべる。


「フラッシュボルトの置き土産だな。頑張れ、パパ」

「身から出た錆だけど、身に覚えがない……」


 こういう地雷と揶揄される女性、実在したのか。衝撃で真っ白になった思考は、ヴァネッサのパパ呼びも流してしまった。浮ついたことなぞ、この人生、特になかったので、こういう時にどうしたらいいかも分からない。

 もう一度、ヴァネッサに向けて視線を向けた。彼女は諦めろとばかり首を振る。それに自分でもおそらく情けない顔する。


「いいから、もう、はよ、乗れ」

「あっ、はい」


 もうなにも言えず、押し込まれるように後部座席へと座る。今は、フラッシュボルトの仮面を爪で恨めし気に引っかくぐらいしかできない。どうして、こんなのを作ってしまったんだろう。彼も自分の一部、なのだから、自分の首を絞めるとは。

 ヴァネッサも座ると、大きな音を立ててスライドドアが閉じられた。

 何も言えず虚ろに窓の外を見ると、クラシックが耳朶を震わせてくる。ステップワゴンが動き出していく。

 長い息を吐くとずるりと倒れ込むように椅子にもたれかかり、あとはただただ身を任せた。

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どうしてこんなキャラを作ってしまったんですか? ~俺の黒歴史どもが異世界で暴れているから断固回収します~ 五部臨 @5bn

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