なんかヒモがヒモの力で無双してくるんですが




 僕は静かに夜闇を見据えた。昼間は人々でにぎわう広場も夜は寂しい。布と木で組まれた出店が並んでいるが、今は暗く、静かに休んでいる。

 そんな広場でもぼうっとした青白い灯、魔力で編まれた鬼火が角ごとにいくつか配置されていた。しかし、それは日本と比べれば寂しいものだ。蛾がその周りをふわふわと集まり、その中へと跳び込んでいく。しかし、現実の火と違い、蛾は燃えることもなく、青い火の中で踊っている。それを狙って大きなコウモリが羽を広げていた。


 同じような鬼火をぼくは手の平で掴んでいた。冷たくもなく熱くもない生温い火を懐中電灯のように掲げて、前を照らす。魔術師見習いめいたローブを被って、長身の女性を先導して歩いていく。

 長身の女性は教師であることを示す儀礼杖を、片手に彼女は進んでいく。彼女の後ろには、腰を曲げた魔術見習いのローブを来た女がおどおどと続く。

 スパイダーウェブが言うには、こうして都市内に設置された鬼火の巡回業務に駆り出された時に“偶然再会した”という。僕から見れば確実に狙ってきているとしか思えない。そして、人間は、というか僕ならば、同じような成功パターンを繰り返す。


「あ……」


 持っていた鬼火がちりちりと言う音を立てて、消えていく。予想通り、同じ手で来た。


「ああ、大変ですね、大丈夫ですか」


 感覚の外、盗賊の技量を無駄に発揮して隠れていた男が闇から出てくる。男、フラッシュボルトは優しげに笑い、するりと入ってくる。

 短い詠唱で、手にはぽっと鬼火をつけて、こちらを照らしてくる。


「あら、助かります」

「夜のお勤めですか、大変でしょう」

「ええ、でも一日で済みまして、ありがたいことですわ」


 猫背の女に杖を押し付け、長身の女は似合いもしない丁寧な口調ごと、脱ぎ捨てた。その下には高級そうな黒いスーツ、そして腰から物騒な拳銃をゆるりと抜き放っていた。同時にどこからともなく現れた黒服の男達が辺りを取り囲んでいる。

 本来、この勤めをする予定だった女魔術師と、スパイダーウェブが交渉して入れ替わったのだ。予期せぬ奇襲、そして、この数なら押し込めるはずだ。


「うおッ、グレムリンよッ!」


 ヴァネッサが銃をハジくより早く、指輪を掲げたフラッシュボルトが叫ぶ。理屈は分からないか、呪いのせいか動作不良を起こして、拳銃が動かなくなる。プレイヤーである僕が知らない呪文だ。やっぱり、作ったままのキャラクターというわけではないのだろう。

 いろいろ学んでいるようだ、しかし、こちらも無策というわけでもない。仮面を被って、肉体と精神を変えた。一気に踏み込むと同時に、光と共にめきめきと肉体が膨張していく。その勢いと共に肉切り包丁めいたファルシオンを無造作に振り下ろした。

 仮面に精神が上書きされたためか、すでに荒事にはためらいはない。そもそも、だ。本気でやらないと食われる。


「六角塔の契約で持って命ず、閃光よ!」

「ぬるいぜッ!」


 声と共に放たれた光の弾丸をなんとか木盾で受け止めていくが、ファルシオンはフラッシュボルトを捕らえられない。


「閃光よッ!」

「クソッ、なんじゃいッ!」


 ぼぼぼっと光の玉が連続でカザンになったオレへと降り注ぐ。光が放流のように目を焼く。ダメージそのものはファルシオンと盾で流していくが、追いつかない。踏み込んで進んだぶん、さっと下がられてしまう。

 フラッシュボルトの使う光の弾丸は確かに使用コストが安い呪文だが、こんなに連続で撃てるのはおかしい。


「ハッハァッ! 閃光よッ!」


 指輪がきらめく。予想以上に強力な補助具なのだろう。見誤った。どこで、ヒモして手に入れたんだ。


「ちぃッ!」


 ヴァネッサが動かない拳銃を投げ捨て、大きな舌打ちを放つ。そのまま飛び込んで蹴り上げるが。


「閃光よッ!」


 届かない

 近寄る前に光弾が、破裂とともに彼女を打った。現代人がベースであるヴァネッサは魔術に耐性がないのか、予想より吹き飛ばさて、ごろごろと転がる。彼女が気絶したためだろうか、黒服達が、崩れ落ちるように霞となってきえてしまった。


「ハッハァッ!」


 その様に光弾を止めて、大振りのナイフを構える。にたりと笑う。発動体ではなく投擲に優れたもので、思わず、カバーに入る。それににやりとするとフラッシュボルトはこちらを警戒しながら、じりじりと下がっていく。

 まずい。逃げられる。クソッ、予想より強い。今のオレ、カザンは長期キャンペーン終了組だのに。戦い方がまずいのか、確かにカザンは雑に殴るキャラクターだ。小技は苦手だし、盗賊にも魔術師にも正面からなら勝てるが、正面以外だと当たり前だが劣る。

 その職業の差だけではなく、手から離れた後、手に入れただろう装備の差が邪魔をする。ヒモの力を使って手に入れただろう、あの指輪がきつい。


「てめえッ!」

「ひははは、捕えられるわけないだろう、俺をやろうとした奴はいくらでもいるがな」


 手慣れてやがる。うんざりとした感想が仮面の下で走った。


「おめえ、何度もこんなことしているのかッ!」

「おまえは食った女のことを覚えているのか?」

「ゼロ。オレらは童貞だッ!」


 情けない叫びと共に踏み込もうとするが、光弾に押し留められていく。眩しさに押しとどめられていると、後ろからぬるい風が吹いてきた。


「誰にでも、やっぱりそうしていたんだ」


 背を曲げていたフードの女がゆっくりと背を伸ばした。スパイダーウェブと名乗っていた女が、導師の杖をぎゅうっと構えている。彼女は杖を構えて、印を切り、しずかに宣誓した。


「六角塔の誓約者が命ずる、封ぜよッ!」


 その声によって光弾がかき消えた。


「許さない……」


 短い音に、低く響く怨念が男をねめつけた。女が一歩、踏み出す。痩躯であるのに、一歩がどしりと響くように感じた。


「「「ひっ」」」


 今更、声が出た。フラッシュボルト、カザンの仮面、そして僕自身が震えた。フラッシュボルトは声と共に跳ねた。

 だが、それは遅い。


「我が名を以て命ずるッ! 縛れッ!」


 彼女の杖から、ぶわっと白い糸が広がる。出たばかりの時は、さらさらとした絹のような材質だったが、フラッシュボルトに触れるとべったりと張り付いた。そのまま右脚が絡めとられて、ようやく、ろくでなしの動きが停まる。


「ゆるさ、ないから……」


 スパイダーウェブがゆっくりと目隠しを取った。目が二つあるべき場所には、八個の眼球がぎょろりと見えた。黒曜石めいた色合いだが、光の加減で緑色に光る。視線の先というものは分からないが、彼女が睨むのはただ一人しかいない。


「ひっ! 閃光よッ!」


 一つ覚えの光の弾丸が彼女に襲い掛かる。同時に、怒りの声をあげて彼女が膨張した。いや違う。背中を突き破って細く伸びた白木のような腕が4つ、伸びた。さらに細くなった手、その指先が複雑な印を切る。


 ぽひ。


 そんな間の抜けた音ともに、光の弾丸は消え去った。ずるりずるりと背丈に合わない、細く長いローブを引きずりながら、スパイダーウェブと名乗っていた女が無様なヒモへと詰め寄っていく。

 カザンの仮面を外して、僕はゆっくりと道を開けた。


「あ、あ、あっ、閃っ」

「六角塔の誓約者が命ずる、地の九章を奏で、滅せよ」


 夜闇が揺れた。フラッシュボルトのいる空間そのものが揺れたかと思うと、めきめきと軋んだ。ヒモ男は叩き付けられたかのように這いつくばり、石畳に蜘蛛の網目のようなヒビ割れを作っていく。


「が、ぎ」

「あら、わたし、いがいの、おまもりも、たくさんあるのね」


 ぱきぱきと妙な音が響いていた。骨が押しつぶされる音だ。重力呪文。そんなものフラッシュボルトの存在したゲームではなかった。補助呪文にはあったかもしれないが、こんな攻撃的な使い方は出来なかったはずだ。

 しかし、スパイダーウェブと呼ばれていたものは、それを為していた。


「そういう、ひと、だもんね」

「あぎ、が」


 何か反論か、言葉でなんとかしようとするフラッシュボルトだが、声は出そうもない。ごぎっという固い音。そのまま、ぺたんと潰れた。人間だったものが圧縮されて横へと爆ぜた。

 ふっと、女魔術師は力を抜いた。異貌と化したその姿を修めていく。白木のような細い腕は抜け落ちて、ぽとりと抜け落ちた。それはさらさらとした砂となり、大気そのものへと溶けて消えていく。人ならざる多くの瞳は閉じられて、その上に目隠しがすっと巻かれた。

 人のままだった、唇が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「すみません、逃がしちゃいました」


 彼女は杖であたりに飛び散った汚いものを指していた。血や骨ではなく、書きなぐられた紙の束だ。

 死体ではなく、情報になるまで押しつぶされるのだろうか。そもそも元がPCだとこうなるのだろうか。


「変わり身、でしょうか。ごめんなさい……」

「い、いや、大丈夫、じゃないかな。奴も懲りただろう……」


 実はオーバーキルです、とは言えずに、僕はあいまいに微笑むことしかできなかった。弱い風が吹き、フラッシュボルトだった紙束が非難するようにバラバラ鳴る。うるさいやい、と心の中で毒づいてから、肩を落として後始末をすることにした。




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