依頼人は美少女にすると食いつきがいいらしいよ




 しばらくは無言だった。僕は椀に満ちていたジュースをゆっくりと飲み干して、溶けて小さくなった氷を噛む。

 口を開き、頭を下げたのは女魔術師からだった。


「ありがとう、ございます、おかねは、いつか返します」

「いやいやいや、いやいやいや、こっちが勝手にやったことだから、頭を上げてください。アレについてはある意味、僕の責任ですし」

「いえ、そんな、わたしが、ダメでこんなことに」


 お互いペコペコしながらで話が進まない。黒服がかたんと椀を鳴らしてくれなければ、ずっと続いただろう。


「そ、そうだ、奴の、フラッシュボルトの行先、分かりませんか」

「行先、ですか」


 彼女は椀に小さく残った氷をころころと回しながら、少し考える。


「盛り場に出入りしているぐらい、しか。盗賊ギルドのお仕事をしているとは聞いていましたが……」

「そう、ですか」


 予想通りの答えに唇をかむ。

 盛り場は黒服とヴァネッサが回っている。人海戦術であっても地元の犯罪組織、盗賊ギルドの縄張りでは難しいだろう。盗賊ギルドは盗賊たちの互助組織であり、冒険者の盗賊も多く登録している非合法の組合だ。しかし、ゲーム的には公的組織という妙な立ち位置であることが多い。

 冒険者のギルドがあれば存在しないか、ただの犯罪組織の場合も多いが、イルゾは冒険者のギルドがないようだ。そのため、こういった個人経営である酒場が冒険の拠点となる。酒場といっても、いわゆる仕事の斡旋までしているタイプであり、日雇い仕事から荒事まで、掲示板に張り付けてある。中世識字率では普通読めないだろうが、そこはファンタジーであることと、ゲームの利便性から省略されるものだ。

 まあ、言語について、ガチでそれをやろうとしたゲームもあるが、しゃべれない種族のジェスチャー言語が分からず、うっかり殺し合いが始まったり、キャラクターが言葉が数個しかしゃべれず、会話そのものがゲームと化したりする。楽しいが冒険が主題の中世ファンタジーでそれをするのはちょっとなあ、という気もするぞ。


「あ、あのどうしました」

「ああ、ごめんなさい、どう調べていこうかと」


 ついついTRPGに思考が取られてしまう。今は現実のことを処理していこう。唇を噛んで、天井を仰ぐ。


「あの、兄弟、なんですか」

「はい? ま、まあ、近いかな」

「やっぱり、なんだか、その癖が似ていましたから」


 少しだけ、苦笑いをする女魔術師。僕は渋い顔をするしかない。


「えーと、魔術師、さん」

「ええと、スパイダーウェブです。周りにはウェブ呼ばれています。魔術学校の、教養部の教師をしています」

「ああ、僕は西湖呂古です」

「サイコさんですね。すごい名前ですね」


 そういえば名乗っていなかった、とおずおずと名乗りあう。しかし“蜘蛛の糸”さんに言われたくはないが、ひどい名前であるのはその通りである。


「ええと、いくつかお聞きしても。いやな記憶かもしれませんが」

「はい、わたしは、大丈夫です」


 少し、不安げで鼓動を抑えるように胸に手を当てた。薄い胸がさらに押し潰れている。いかんと目を離しながら、視線を顔へと合わせていく。見えているのか、いないのか。端正な顔は硝子細工めいている。浮かんでいる儚げな微笑みも今にも砕けそうだ。彼女が口を開くと上手く、化粧で隠した怪我の後が浮かび上がってきた。


「ええ、彼はそうですね、子供みたいな人でした……最初は、単なる冒険者と依頼人でした。ポーションの素材、収集をお願いして、それで……」


 そうして、ぽつり、ぽつりと漏れ出た言葉一つ一つが硫酸のように感じた。僕、西湖呂古がまったく知らない情報だが、こういう奴だと身に覚えがある。


 曰く、両親が亡くなったタイミングで、するりと入り込んできたそうだ。最初は彼女を元気づけるような、言葉をかけていたそうだ。冒険者であるフラッシュボルトは時折、仕事に出て少し稼いでは、休むを繰り返した。

 危険な怪物と相対したこともあり、亜人の集団相手に立ち回ったこともあるそうだ。しかし、だんだんと冒険の頻度が低くなったという。だが、古代遺跡を見つけると夢を語り、情報収集と称して様々な盛り場に出入りしていた。


 ウェブは困っているからと軒を貸し、少しだけ少しだけとお金を貸していたのだが、だんだんと暗に要求してきた。それでも、時折稼いできては、彼女に食事をおごったりしていた。

 実にうまく寄生してやがる。いや、そーいう奴にしたのは僕だけど。なんでかっていうと困る。なんか、こう話の流れでなることあるんじゃよ。

 しかし、こういったことを実際セッション内でやって記憶はない。すでに自分の手から離れているようだ。そういえば、最後のセッションでヒモ先の魔術師から追い出されていた。そこから彼の人生が続いたとしたら、こうなるのだろう。


「あの人、悪い賭け事にのめり込んでいって。いろんなところに、借金を重ね始めて……」


 魔術師仲間に相談した時には、すでに遅かった。多額の借金はなぜか、ウェブへと降りかかった。両親から受け継いだ、イルゾにある家を処分しなければならなかった。そして、とうとう長屋暮らしだ。それ以来、二度と合わないと別れた。ただ知り合いの酒場に残ってしまったツケは細々と返している。縁切りには十分だというのに、まだウェブを訪ねてくるそうだ。

 黒服が気まずそうにこちらを見ている。いや、僕が悪いけど、悪くないぞ。と言い訳めいたことを考えても、じくじくとした感覚が腹にたまっていく。


「わたし、わたし、ほんと、ダメですね」

「貴女のせいじゃない」


 ようやく真っ直ぐ、ウェブの顔見た。疲れて、涙すら出ないほど弱った女がそこにいた。もはや始末をつけるのに慈悲はいらない。僕だったものを葬るんだ。

 それに、自分なら次にどうするか、それが繋がった。作者より登場人物は賢くならない、という。そうであるならば、当たるだろう。


「貴女のために、教えて欲しいことがある」

「はい、わたしに、答えられることなら」


 そうして、僕は最低の問いを放つ。


「魔術学校の、女性で、最近不安を感じている方、何か困っている方、いませんか」


 次の養い手、ヒモの対象、そこを狙って奴は来る。おそらく奴の狙いは魔術師の女性だ。名家というほどでもないが、収入がある。そして、自立しているが不安を抱えていること。それが奴の狙う層だ。自身の魔術師としての知恵に理解を示し、ある程度頭の回る男、そして女性魔術師に理解を示す男、という立ち位置で自身の存在を滑り込ませる。

 僕がヒモをするんだったらそうする。ならば奴がそうするのは自明の理だ。


「分かりました、それが、お役に立つのなら……」


 ぽつりぽつりと語る言葉を聞く。それに交じって雨音が聞こえてきた。土の濡れた臭いが伝わってくるのを感じながら、スパイダーウェブの話を静かに吟味していった。




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