酒場は情報収集の基本だといいですね
盗賊、という職業がある。職業といっても社会的に認められた技術者集団ではなく、TRPGにおけるクラスであり、おおよそ盗賊で連想できることはだいたい出来る。クラス制のゲームは自由度は低いというが、奴フラッシュボルトの出身であるゲームのように複数クラス習得ができるものならば低レベルを少しかじるだけでも、選択肢が何倍も増える。
盗賊と言うのはその最たるもので、スリに強盗、品定めから、軽業鍵開けなんでもござれ。
そして、魔術師。これも一つ一つの魔術は出来ることは少ないが、その数は多く、汎用性は高い。姿隠しから、細々とした援護、そして派手な攻撃呪文まで手広い。
もちろん両方のクラスを掛け持ちするので、専門家に比べてパワーダウンは否めないが、2番手としては器用に立ち回ることができる。
これが厄介だ。
この半日、ヴァネッサと二手に別れて、このイルゾの街を駆けまわったが、収穫がない。土地勘がないのもあるが、とにかく隠れて逃げ回るには盗賊で魔術師という組み合わせは強い。
ヴァネッサの黒服たちまで動員して探して回っているが、よそ者、というか面相が怪しすぎて結果は芳しくない。すでに夕刻になりつつあるのに、良い情報は中々ない。
そして、だ。自慢じゃないがこの西湖呂古、コミュ力は低いぞ。ゲーム以外で人と関わりたくなんて、ほとんどないマンだぞ。
「で、聞いてる? 困っちゃうんだよね、あの人、ツケだーっていってにげちゃうし。ウェブちゃんに払ってもらってるけど、なんだかね、いたたまれなくてね。こっちが悪者みたいになっちゃうし」
「はい、はい、申し訳ありません」
酒場の従業員であるドワーフのおばちゃんに縮こまり、ながら謝る。魚油の行灯にうつる自分の影がさらに小さく見える。これは、今回ばかりはコミュ力の低さには由来しない。ヴァネッサが護衛兼連絡要員として残した黒服は他の客と一緒にその様子を眺めている。おい、察してくれ、チューマ、マジで助けて。いや、今はチャマの方が通りがいいんだっけか。サイバーパンクは複雑怪奇だぜ。
「ちょっと聞いてる! だからね、あんたがあのクズの尻拭いするんだってんなら、ツケ、耳を揃ええて払っておくれ」
「はい、お支払いさせて、いただきます」
現実逃避する思考も消え去った。カウンターの上で仮面を何度か振る。カザンが命を賭して儲けていた金貨が数枚、転がり出てきた。幸い、カザンのゲームシステムは金本位。大してこのイルゾは銀本位であり、金の方が10~50倍程度、価値が高い。
「知らない金貨だね、失礼」
かじりと噛むと柔らかさを確認する。よし、というと他の金貨もさらっていく。
「ふん、いいさ。釣りは……」
「少し、休ませてもらっていいですか、お代とまとめでお願いします」
「いいよ、そっちの黒いのの分もまとめてで構わないね」
「はい……」
そう答えると、よろよろと開いていたテーブルに座る。ふはーっと息を吐き、天井を仰ぐ。これで、こうした酒場は三件目。もう散々だ。
ヴァネッサのアイテムとしてゲームでは扱われる黒服だが、現実となった今は無感動なわけではない。彼もくたびれているようで、同じように腰かけた。飲み物を、頼んだようだが、その声も疲労で遠くに聞こえる。
かたんと氷が入った陶器の椀が置かれた。運んできたのは先ほどまでずっと無言だった酒場の亭主だった。ドワーフらしい髭と、背の低さ、がっちりとした体に古傷。歩くたびにぎしりとなるのは、左脚が義足であるためらしい。
「氷はサービスだ。飲んでけ……積もる話もあるだろうからな」
盆を置き、そこに置いてあったオレンジ数個とハンドジューサーを手に取る。手慣れた様子でオレンジを絞りあげると、果汁が陶器のコップに満ちていく。椀と氷はきっと、先ほどまで氷室で補完していたものだろう。わずかに椀が霜をつけている。柑橘のさわやかな臭いが鼻をくすぐった。
それにばかり、気を取られていて椀が三つあることに気付くのが遅れていた。それが三つ満ちるとドワーフの亭主は去っていく。よし、と手を伸ばすと薄暗い酒場に、さらに影がぬうと伸びた。
「あ、あの」
「はい?」
影の主、あの寄生されていた女魔術師が、おどおどとこちらに顔を向けていた。あの眼を覆う布はそのままだが、盲目というわけでもなく周囲を感知しているようで、こちらの戸惑った様子を察してくれている。
「いい、ですか、座っても」
「はあ、どうぞ」
そんな間の抜けた声しか出せなかった。
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