うつし鏡はすぐ割りたい




「入れてくれよう……お願いだあ、ま、真面目に働くから」

「帰って! もう来ないで!」


 石造り、欧風の集合住宅地に響いている。辺りは一般的なファンタジー欧風中世の風景がある。なぜか家は全部レンガか石造り、そして下水道完備、石畳を引いてある綺麗な道、転がっているゴミは現代日本より少ない不思議なアレである。放置される生ゴミ、剥き出しの土、降り注ぐ糞尿などがない。裏通りやスラムに近いはずなのに、こうなるのはこの都市自体が日本で作られたファンタジーものベースになっているらしい。

 こんな街あったけ、とぼんやり今の現実を逃避する。

 都市の名前はイルゾ。魔術学校がある大きな都市らしい。王都の次に栄えている、そうだが、あまりピンとこない。様々なセッションやTRPGの情報をが混ざって構築されたためだろうか。正直、名前からして覚えがない。


「おい、しっかりしろ」

「ああ……」


 肩をゆすってくれる大きな女、ヴァネッサによって思考が断ち切られた。勘弁してほしい。目の前にはヒモが、魔術師らしき女性にすがりついている。元々、フィクションの存在であるし、元のゲームには魅力の数値がなかった。そのためか、そこそこ整った顔をしている。

 しかし、あまりにも、あまりにも恰好が無様だ。魔術師らしき女性が必死に戸を引いて、フラッシュボルトを引き離し、自身の家に入ろうとしている。

 容姿は貫頭衣に杖と魔術師然としたものだ。長く整った髪と装飾の少なさからどことなく、大人しい印象を受ける。ただし眼は黒い革を巻いて隠している。どうやって視界を確保しているのだろうか。やっぱ魔力とかで見えるのかな。

 また思考に囚われそうになるのを抑えて、目の前の物体へと集中する。


「おい、やめろよ、嫌がっているじゃないか」

「なんだ、これは家族の問題!」


 こちらの声にぐるりと顔を向けてくるヒモ男。うわあ、なんとも見苦しい。


「家族じゃありませんッ!」


 目隠しをした女魔術師は、好機と取ったのか、手に持った杖でヒモの頭めがけて、硬そうな杖を振り下ろした。

 怪人フラッシュボルトはぱっと飛び退いてしまった。おそらく訓練から来る反射的なものだったのだろう。動きは早い。そういえばこのヒモ、敏捷の能力値としては優秀だったと思い出す。


「六角塔の誓約者が命ず、鉄と成りて閉じよ!」


 悲鳴めいた上ずった声で魔術師の女がそう叫ぶと、がちりと扉が閉まる。残されたヒモは、うわごとの様に待ってくれだの、捨てる気かだの、鳴き声を発して扉を叩いている。


 見ていられない。その気分のまま仮面に思わず手をかけた。


「いやいや、話し合うんだろう」

「あー、うん、なんかもう、いっかなって……」


 呆れながらも止めてくれるヴァネッサにうんざりした声を返す。


「僕はね、鏡が嫌いなんだ。洗面所で自分の顔とか見ると憂鬱になるタイプなんだよぉ。だからさぁ、こういうのもキツいんだよね」


 そう愚痴りながら、ヒモに近づいた。あくまで、温厚に温厚に、と自分に言い聞かせる。


「あー、フラッシュボルト、さん」

「なんだよ、アンタら、邪魔するなよ。あともう少しなんだ。あと少し、借りれれば勝てるんだよ」


 立ち上がり、こちらをねめつけてきた。派手な指輪をつけた手で握りしめているのは、おそらく賭け事に使うトークンだろう。うん、やっぱダメだ、こいつ。つーか、セッションの時より悪化しているよな、もうちょっとこー自立しようという意思あった気もする。


「な、邪魔せずいてくれよ、うまくいけば分け前やるから、よ」

「じゃかしいわあ、ボケッ!」


 思わず仮面を被ってしまう。肉体が増強され、怒りも同時に膨れ上がる。カザンの肉体になってヤクザ・キックを繰り出した。さすがに冒険者だけあって、避けられた。仮面の能力に対しても、幻術か、などとブツブツ考察している。

 それに歯を剥いて威嚇する。それにヒモは豪奢な指輪をつけた手でどうどうと手を振る。


「てめぇ、あん子に近づくんじゃねぇ」

「はああ、なんだよ、親御さんの依頼?」

「いいから来いや」

「ごめんだねッ! 六角塔の契約で持って命ず、閃光よ!」



 指輪から光の矢が飛び出す。それは、カザンの頭めがけて来た。ぎりぎり避けるが、爆ぜよ、という声と共に熱と光をまき散らす。熱い。そして、それ以上に。


「ぬおおお、目がッ!」


 光に網膜が焼かれた。しまった。この戦い方はコイツの常套手段だ。相手をこうして盲目にして封殺する。油断した。この世界設定の魔術師たちは魔術の発動体がなければ、呪文が使えないはずだった。フラッシュボルトの発動体は短剣だったはずだから、まだ戦闘態勢ではないはずだった。

 あのクソ派手な、指輪が発動体になっていたのだろう。参った、以前遊んだ情報とは変わっている。自分の掌から離れた存在へと変わっている。


 オレはこの後、来る閃光の矢によるラッシュに耐えるため、ぐっと拳を握り構えた。しかし、来ない。


「逃げたな……」

「クソ、あんな奴だったのか」


 ヴァネッサの声に毒づきながら、仮面を外す。視界が戻るが、フラッシュボルトの姿はない。あたりには遠くから聞こえる喧騒だけが残っている。

 「参ったな」と、静かに呻き、天を仰ぐ。家の二階から、付きまとわれた魔術師の女が見ていきたが、さっとカーテンを閉められた。


 はあ、と長い息を吐く。ヴァネッサと僕はそうすることしかできなかった。




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