おまえがパパなんだよッ!




「ふははは、なじむ、実になじむぞ!」


 オレは地下酒場のど真ん中で叫ぶ。あのヴァネッサとかいう女のヤサ、酒場ブラックウィドウに到着してからようやく、受け取った仮面を試すことができた。

 目の前にかっと光が広がると共に肉体は変化、膨張した。僕であった軟弱な男は消え去り、オレに『成って』いた。

 あの時、死んじまってから、何年も立つが忘れることがなかった。ただの人間、戦士、男! 名はカザンだ。初めて遊んだキャンペーン、すなわち連続物のお話で使ったキャラクターだ。装備も能力値も、最終話で死んだ直前ぐらいのものだろう。飲み干した空のポーション瓶など装備を使った跡がある。

 西湖呂古と背丈はそんなに変わらないが、筋肉も骨も分厚い。クルミぐらいなら握りつぶせる。持っている肉切り包丁めいたファルシオンを使えば、だいたいのやつを命だったものできるだろう。

 そして、決め手はぼろぼろの小盾だ。盾は狂化する時に噛んでいるため、しっかりと歯型が付いてしまった。着ているのは鋲で強化された革鎧一式、ご丁寧に肩にも世紀末めいた棘をつけている。


「調子よくしているが、その恰好でどこにいるかも分からない、アンタのキャラクターを探すのかい?」

「ああん? 何が問題なんだよ、テキトーにぶっちめしに行けばいいじゃねぇーか」

「落ち着け、パパ」

「だから、パパはやめてください。ほんと」


 思わず、素で答えて仮面を外すっと体から力が抜ける。へにゃへにゃと力が抜け、一気に体が重くなる。近くのテーブル席にどすんと座り込んだ。


「うわ、やべ、これ、やべ」


 あまりにも気分が良すぎて、戻って来れないかと思った。その恐怖を今頃味わう。自分の楽しんだキャラクターそのものに『成る』快感から、抜け出せなくなりそうだった。


「助かったよ、ありがとう」

「いいってことさ、ちょいと詰め込みすぎたしね」


 そう言いながら、ヴァネッサは薄暗い地下酒場に似つかわしない、緑茶をマグカップで出してくれた。彼女は日本趣味がある、という設定をぼんやり思い出しながら、ふうふうと冷ましながら飲んだ。その体面にすっと座る。ヴァネッサも片手にマグカップを持ち、ゆっくりと茶をすする。


「うまいなー」


 ほどほどな渋さが舌を包み、鼻に抜ける品の良い香りが心地よい。


「そうか、よかった」

「他人に入れてもらうのは久々だよー、ありがとうなー」


 自分の一部だったという気楽さがあるからだろうか。ほぼ初対面であるのに、僕はヴァネッサに気楽な声を上げた。そうでなければ、こんな強面の姉御にそんな口は聞かなかっただろう。


「まあ、気にするな。末期の水になるかもしれないんだ」

「うえー」


 物騒な返しの言葉を聞くと、とたん渋みが増したような気がしてならない。僕の表情に満足したらしくヴァネッサは微笑んで、茶菓子をすっと出してくれた。僕の記憶をベースにしているせいか、やたら懐かしい。煎餅、寒天ゼリーや栗饅頭なんかがある。実におばあちゃんのお茶菓子入れだ。

 静かに、いつくか摘まみ、茶をすすった。ビニール包装を剥いて、食べる。うん、あまりおいしくない、だがまずくもない。実にこれがいい。そう思いながら、しばらく無言で茶を楽しむ。大分入っていたはずのマグカップから緑茶が無くなっていた。


「お代わりは」

「いいよ、ごちそうさま」

「そうか、では、本題だ」


 マグカップを端に寄せて、どこからか紙の束を取り出した。何らかの資料らしく、最初とても読めない言葉で書かれていた。渡されるままに、受け取ると文章がぐにゃぐにゃと変わり、日本語に見えてきた。

 この世界の資料らしい。ざっと目を通すと、焼き付くように頭に入ってくる。情報量もそうだが、内容にくらくらする。そもそも数多のTRPGが交じり合った妄言、いや、せん妄めいた世界だった。

 地球のような星をベースにした太陽系に似たもの。スぺオペは嗜んでいなかったので、幸い外宇宙旅行はせずに済みそうだ。それでも、星一つ、いや星系ひとつだ。またその地球の裏側には、世界が平面であるガチガチのファンタジー世界が広がっている。


「やっぱ、広いな」

「小世界とはいえ、世界は世界だ。宇宙空間とやらは太陽系までしか再現、構築されていないらしい」

「うっへぇ」


 セッションでスペースコロニーに言ったことはあったろうか。薄ぼんやりとした記憶をなんとなく漁るが、蘇ってはこない。


「さすがに宇宙まで行く方法考えるとか、ないよな」


 それはそれで、ゲームでそういう展開は楽しそうだが、実際やるとなると、大変な労力だろうなあ、と他人事のような感慨が浮かぶ。いけない、今やここは現実なのだ。先ほど食べたものの味は、決して偽物でもない。

 そして目の前にいるのは、魂のない人形ではない。ヴァネッサはこちらに、また資料を渡してくる。丁寧にクリアファイルに入った、汚い紙束だ。


「そんな、遠くを見ていてもしかたないだろう。今は足元をみろ。とりあえず、調べられたのはこれくらいだ。試しに捕えるか始末してくれ」

「うわあ、うわあ……」


 まず一ページ目は一発ネタキャラだった。

 その名はホットドッグマン。現代ヒーローものTRPG、ダークヒーローのルールを悪用して産まれた誰も知らない、誰にも見られない怪奇ヒーロー。特殊能力は一日一回だけ、十秒間、時間を停止して自由に動くこと。そう聞けばすごそうなのだが、中身は実にしょうもない。

 普段は移動式のホットドッグ屋をしている男で、公園などで暴れる怪人に対して、その時間停止能力によって、熱々のホットドッグを口へとねじ込みんで離れる。そのまま被害にあった一般人面しながら、時間停止を解除して、『う、うちのホットドッグが!』などと驚く。この小ネタをやるためにセッション中は何時間も待たなければならないという効率の悪さ、そして正体を隠しているから他のヒーローと全く絡めないという遊びづらさ。実に発展性もない一発キャラだ。

 どういうメンタリティーでそういうことをしているだとか、どういう過去があるだとか、まったく考えていないあたり、ダークヒーローとしても失格である。一発屋だからね。単発で遊ぶ時、こういう奴ができることはある。


「どうして、こんなキャラクターを……どうして……」

「同意するが、同情はしないぞ」


 さっき潤した喉がすでに渇き始めた。しらっとした瞳でこちらを見てくるヴァネッサに、思わず体が縮こまる。こういう時は西湖呂古が得意とする方法を取るしかない。


「う、うん、こいつは後回しにしよう。普段は無害そうだし」


 そう言ってパラパラとざっとめくると出るわ出るわ、恥の数。あまり、覚えてないキャラクターから、記憶に蓋をしたキャラクターまでいる。設定の分量もまちまちで、「似非魔術師」「吸血鬼、老婆の姿。言動がやたら怪しい近接パワー型、池袋とロンドンにヤサあり」「ゴリラ」とか「初期作成ファイター、竜牙兵にケンカを売る。その戦いで帰らぬ人になる」など一行一文一単語のものがいたり、設定だけはA4びっしりと書かれているが、結局、続かなくて宙ぶらりんになった、かわいそうな魔王様などがいる。

 その中で目に付いたのは、一人いた。


「怪人フラッシュボルト……」


 一転して中世欧州風、ファンタジーTRPGのキャラクターだ。盗賊にして魔術師という立ち位置で接近した状態で、閃光の矢を打ち込む奇人だ。だが、こいつのデータ的な設計は問題じゃない。適当に騙した良家の女魔術師のヒモであり、最終話後、捨てられたというロクデナシである。まあ、リアルの事情があったため、あんまり冒険に出られなかったためでもあるのだが。

 しかし、キャラクターとしては好きだが、何が悲しくて『僕が考えたヒモ男』に会わねばならないんだ。


「ああ、もう」


 しかし、実力で言えば今持っている仮面、カザンよりは二つ下程度。魔術が厄介だろうが、確保はできるだろう。一行しか設定の無い吸血鬼だの設定モリモリの魔王様に比べれば、与しやすい。

 それに話が通じる可能性もある。確保しろとは言われたが、別に全部が全部、戦う必要もないはずだ。

 顔をゆがめて、息を吐き、天井を見る。古式ゆかしい扇風機がくるくると回るっている。冷房は効いているので飾りだろう。思考を一度ずらしてから、また向き直る。そして、自分でもわかる渋面でヴァネッサに言う。


「こいつ、にしよう……別に話し合いでも構わないだろう」

「いいさ。大人しくさせれば、なんだっていい」


 そう言って、彼女は出したマグカップを取って立ち上がった。手伝おうとも思ったが、向かった洗い場は狭そうで、所在なさげに待つ。


「さて、怪人フラッシュボルトか。そいつのいるところに案内しよう」


 洗い物が終わり、扉の前にすっと向かうヴァネッサに付き従う。彼女が扉を二回ノックしてから、開けると、そこにはまたあの草原、ファンタジー世界が広がっている。

 だが、彼女が二つ手を叩くと場違いなあのワンボックスワゴンと黒服が沸きだすように現れた。手品めいている。


「なにこれ」

「よく知っているだろう、“常備化”ってやつだよ」

「ああ……」


 あるアイテムなどを永続的に自分のものとして扱う能力、それが常備化だ。彼女を作ったピカレスクTRPGにはない概念だが、便利だし、いちいち呼べる部下の数を決めるのもなので、設定欄にそう書き込んでいたはずだ。こうして、他のTRPGのルールをなんとなく流用するのは稀によくあることである。


「作ったりやったことすぐ忘れる。まったく男って奴は最低ね」

「そんなこと言われましても……」


 なんというか、その、えっと、困る。そう思いながら、車へと乗り込んだ。




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