第7話
一瞬の間を置いて、良が訊き返した。
「何だって? 何で、あんなモノ……」
「本人に訊け。正直に話すかは、お前ら次第だ」
唖然とした男が、顔を伏せたままの息子を見返す。
異形の者を見る目に、志門は思わず後輩の肩を抱き、男を見上げた。
「何で、あんなモノが、作れる? オレは、殆どそう言う力を持たない、弱体者なのに?」
「……あんたの家系の、力じゃないのか? 確かあんたの奥さんとの間にできた子も、似たような力を持ってると、聞いたぞ?」
勢いよく起き上がって返す巧に、良は振り返らずに返した。
「オレは、生き物から生気を取るだけしか、能力的には突起していない」
その代わり、医学や営業、汚れ仕事をすることで、一族から認められたのだと話す父親を、伸は恐る恐る見上げた。
「おかしいとは思った。酔った勢いで同衾した女が、無事に朝を迎えた挙句、その後も元気で、子供まで産んでいるとは」
「酔った勢い?」
二人の刑事の声が、揃った。
「あんた、リンを、愛していたんじゃ、ないのかっ?」
「愛していたかは、分からんが……気は合っていたからこそ、酔っぱらうまで飲んでしまったんだろうな。あの頃は、心が荒んでいたからな」
ユメの体調が思わしくなく、傍についていたかったのに、一族の老体たちは、頓着しなかった。
欲求は過度を増し、何とかそれを治めてはいたものの、神経は長年の鬱積で傷つき、ボロボロになっていた。
ふらりと入った故郷のカフェで、リンと会った。
他愛ない話をしながら飲んでいる内に、ついつい愚痴を零し、その内に意気投合したが、気づいたらその女と一夜を共にしていたのだ。
普通なら、朝気づいたら同衾した者の息が止まっていて、慌ててその処理に明け暮れるのだが、その時は違った。
「……」
「あの状況で慌てない男が、いるのか? 女房もいるのに、それを言ったか言わないかも覚えていない。だから、事後報告するしかないじゃないか」
良は白い眼を向ける男たちに、ついまくし立てるように言い訳し、口を開け放って見上げる少年二人を見て、咳払いした。
「だが、もし、これで子供が出来れば、好都合とは思った。ユメとの間に子が出来ても、出来ればあのジジババの面倒を、引き継がせたくなかった」
幸い、リンの方も騒ぎ立てるつもりはないようだったので、子が出来た時の事を考え、一筆書いて約束したのだった。
「らしいな。リンの養い親は、その契約を知らなかった。リンもそんな紙切れ一つで、婚姻関係でもねえ男の言い分が、通るとも思ってなかったからこそ、話さなかったんだろう」
だからユズは、男に不信を抱いた。
「まあ、最近になって、事情が変わったから、放置でも良かったんだが……玲司がなあ、この病院に取られたからなあ」
医者としての跡取りが、切実に欲しくなったのだ。
「一から育ててみたかったんだが……柄じゃ、なかったかね」
「お前が子育てする様を、想像できねえ」
「一人の変人を作り出す未来しか、予想できんな」
不審者二人が、仲よく頷いているのを聞きながら、巧は苦い顔だった。
「実際、伸は感化されてますよ」
「?」
刑事が顔を歪ませ、ベットの上に座る少年を見ながら続ける。
「仕事ばかりで、見向きもされないのが不安で、今回の事を考えたんだそうです」
「……」
信之が、呆れ顔で溜息を吐く。
反対に驚いた良は、伸を再び見た。
「そう、なのか?」
見返してから目を逸らし、少年は黙って頷いた。
「随分、思い切った方法で……事情を知らなかったら、逆効果だろうに」
呆れながらも納得した父親と苦い顔で立ち尽くす巧、目を伏せて口を噤む伸を順に見てから、蓮が大袈裟に溜息を吐いた。
「こういう役は、オレの柄じゃねえんだがなあ」
「オレの柄でもない。エンをこの場に連れて来る、という危険行為は出来んのだから、柄じゃなくてもやってもらわんとな。事が収まらん」
「セイの奴は、まだ帰ってねえのか?」
諦めの悪い事を言う若者に、オキは首を振ってそのまま竦めた。
「お前、こんな短期間で、国を殲滅してきたら、逆に怖いだろう」
「……」
思い立って、実行に移すまでの期間すら、短かった。
「……昨夜のご連絡では、隣の兄弟国を動かせたと、おっしゃっていましたが」
「……」
志門の報告に、どうやってと訊き返したい気分のその他の男たちの心境に構わず、蓮はそうかと頷いて、顔を改めた。
「まず、言わねえといけない事は、山ほどあるが……リヨウ」
呼びかけられて振りむいた男に、若者は尋ねた。
「お前、そのガキが、一人っ子じゃねえのは、知ってるか?」
「いいや」
驚くことなく良は答えてから、思い当たって頷いた。
「未婚じゃなかったから、この子も産んでくれたのか」
「……そう取れねえこともねえが、そうじゃなく、お前のガキが、もう一人いるかもしれねえとは、考えねえのか?」
目を丸くした父親は、つい見てしまった息子が、目を剝いているのに気付いた。
「どういう可能性だ? 夜に訪ねた河原家にいたのは、伸一人だった。同い年の兄弟がいたにせよ、あの時刻に外出るようなガキは……」
「いたんだよ。お前のガキの一人で、そのガキの、双子の兄が、な」
顔を伏せた伸の前で、良は目を剝いた。
「兄? 双子? どういうことだ?」
「って、あんた、そこまで調べてうちに来たんじゃ、なかったのかっ?」
「あの時も言っただろうがっ。偶々、リンが子連れで歩いているのを見たと」
言われたが、本当にそれだけで、訪ねて来るとも思っていなかった巧は、呆れて言ってしまった。
「あんた、少しは備えて来いよ。あんな脅しが利かなかったら、どうやって伸を連れてくつもりだったんだ?」
「お前、刑事のくせに、何てことを言うんだ? 個人情報を、根掘り葉掘り調べる程、公私を混同していない」
言い返してから、良は理由を話す。
「オレは、元々、伸が来たくないのなら、それでいいと思っていた」
「は?」
つい間抜けな声を発したのは、当の伸だ。
そんな息子に構わず、男は続ける。
「後継ぎは欲しいし、一から育てるのもありだが、医者としての勉学位なら、そんな寝泊まりまで束縛するような、師弟になる事もないだろう? だから、もしもの場合は、医者になってほしい旨は、頼もうと思っていた」
河原家は代々、警察関係者が多いから望みは薄いが、頼むだけならいいだろうと、考えていた。
ところが、実際には伸が自分から行くと申し出てくれ、有難い事と思っていたのだ。
「……」
困惑している伸はそのままに、巧が忌々し気に返した。
「じゃあ、あの脅し文句は、本当に、脅しだけ、だったってのか?」
「何であんなのを、脅し文句と取れたんだ? まさか本当に、リンと結婚するにあたって、色々と経歴を誤魔化したのか?」
リンと一緒になる為に、後ろ黒い話をもみ消した事を、調べようと思えばすぐに調べられる、そんな脅し方をした。
「それな、塚本さんも怒っていたぞ。そう簡単にばれるような、もみ消し方はしていないのに、あっさりとそれに屈するとはと」
苦笑しながらの信之の言葉に、後輩に当たる刑事はつい乱暴に返した。
「屈する気はなかったんだっ。後日、伊織の奴には相談したうえで対処しようと、あの日は、この人を追い返す気でいたってのに……」
歯軋りしながら、巧は伸を見た。
睨むような目つきに首を竦める後輩を、志門はそっと背中に庇う。
「本当に形がでかいだけだな、お前は。ガキに八つ当たりはやめろ、みっともねえ」
その視線を一蹴してやめさせると、蓮は話を戻した。
「こいつと兄弟は、二人共補導歴がある。お前も昨日見たあの土くれ、あれを使った犯罪って奴でな」
「犯罪……今回のような、か?」
「いや、それこそ、脅迫、だったな」
手の込んだその手口を話してやると、良は驚きを通り越してしまったのか、力なく笑った。
「それは、いつの話だ? 確か、結婚は数年前だったんだろう?」
「小学校に上がる前、だ」
「……それか、もみ消した事ってのは。考えていた後ろ黒さと、違うな。だが、そんなガキの時の話なんか、気にする必要なさそうだな」
そう結論付け、話の落ち着き先が見つからず、良は天井を仰いだ。
「これが、動機に関係するのか? その事で恨まれて、狙われたと言うなら分かるが、伸が自作自演したと言うのなら、それは関係ないだろう?」
「大ありなんだよ。まずな、一つの鍵は、こいつの兄、だ」
同い年で、体格も顔も同じの、双子の兄。
「もう一つは、今更、巧に心無い事を言い、遠ざけようとした理由、だ」
この二つを並べて見える動機は、巧を遠ざける事で、兄を実の父から遠ざけようとしている、という事だ。
「お前が周囲をうろうろすると、いずれ良に口走っちまうかもしれねえからな。調査済みと思い込んでるんじゃあ、兄貴の存在は早々にばれかねねえ。自分をこの世から消すのが無理なら、河原家もろとも、自分に近づかさなければいいと、そう考えたんだろ?」
「……そんな馬鹿な。こいつは、頭がいいんだぞ。そんな馬鹿な動機で、こんな騒動を起こすはずが……」
巧が信じられないと、首を振る。
伸は、否定も肯定もせず、ただ黙って顔を伏せたままだ。
「ガキってのは、親の言葉の、どうでもいい部分に反応して傷つき、悩んで追い詰められちまうことが、あるらしい」
傷ついてしまった心で悩んだ挙句、追い詰めるととんでもない解決法に向かってしまう事もある。
親は冗談交じりのつもりでも、言われた子供は気にし続け、それを消化できて成長した後に親の意図に気付ければいいが、悩みに悩み追い詰められ、場合によっては、自他どちらかの命に係る話になってしまう。
親への反抗心なら分かるか、こういう話は親子どちらの立場にも立てない。
それでも蓮は、事を治めるべく男に訊いた。
「今回は、それだと思うんだが。リヨウ、ここ最近、何か、地口で口走らなかったか?」
例えばと、蓮は言葉を切って伸を見つめ、先程の話の中で、少年が僅かに反応した単語を口にした。
「例のジジババの話を、口走ったりしてねえか?」
「その話は、詳しく話す理由もないだろう? 今更、あの人たちの話を、好き好んでする気はない」
良は、すぐ答えた。
介護人としての役は、既にいらないと荷が下り、伸を迎えた時もその話はしなかった。
そうきっぱりと言い切った男に頷き、蓮は顔を伏せたままの伸を見返した。
「どこで訊いた? いつ頃、誰に?」
「……」
沈黙した少年を見つめながら、蓮は一つの可能性を口にした。
「リヨウ、リンには、そのジジババの話、してたんだな?」
「あ、ああ。酔っぱらった勢いで、話したような記憶がある」
呆れた顔のオキの傍で、蓮は頷いた。
「リヨウが話してねえなら、母親の方だろうな」
「……あれをそのまま、子供に話しているわけじゃないだろうな? 正直にありのままの、ジジババの実態を、愚痴交じりに話したんだが」
「話したからこそ、こいつは今になってついて来た事を後悔してんだろ。悔いた挙句、自分で言っちまうかもしれねえと、怖くなったんだ。……自分は次男で、順番的には兄がその介護をする立場だと。だが、それは絶対に、させたくねえ。そういう事だろ?」
社会的にも立場は弱い年齢の少年は、真剣に考えたのだ。
兄を良に知られないようにするには、自分が口を噤んだままにしておくか、河原家を丸ごと自分から遠ざける様に画策して、兄の存在を遠ざけた上で自分の逃げ道も塞ぐか。
「想像するだけで、疲れちまう話だな。そんな古い情報で、そこまで追いつめちまうとは、ある意味すげえよ」
「古い情報、とは? そのお年寄りの介護のお話は、どのようなものなのでしょうか?」
子供心でも拒否する気持ちを湧き起らせる介護、志門は想像も出来ず、出過ぎているとは思ったが、尋ねてしまった。
「リヨウはある女と婚姻関係になったんだが、それからずっと、長く生きている嫁の一族の、ご老体の我儘を、腰を低くして聞き続けていた」
蓮があっさりと答え、良も嫌そうにその後を続ける。
「大体が、閉じ込められている鬱憤を晴らすために、告げられた人相の人間を、連れて来る事だったんだが、指定されるのは大概、見目のいい十代以下の子供で、連れて行くと、長くその子供を離さない。もういいと出された時に、形が残っている事はまれで、最悪爪一枚だったこともある」
奇跡的に五体満足で出て来ても、正気を保っている者は、一人もいなかった。
「何をしているのか、見守らなくてよかったのが幸いだったが、無事に返してやれないのに、一族の過去の功労者だからという理由で、あの老人どもに、言われるままの者を差し出さなければならなくて、本気で狂いそうだった」
生還した者の記憶を消し去り、正気に戻してくれる人が傍で支えてくれていたが、良の中で積み重なった物は、崩れる寸前だった。
そんな壮絶な話を聞き、青ざめてしまった志門は、気遣うように伸を見たが少年は困った顔で父親を見上げた。
「……母は、僕たちがその話を知っている事を、知りません」
「ん?」
「……小さい頃、よく訪ねて来た女の人が、母と話しているのを、偶々立ち聞きしてしまったんです」
その時は、ホラーな話だと思いつつも、何の話なのか分からなかった。
だが、良について家を出、速瀬家に招き入れられた時聞いた話の中に、老人の世話の話が出たのだ。
「よくよく考えたら、母たちの話と筋書きが合うと気づいて、怖くなって……」
一同が唸り、蓮が男に声をかけた。
「何だって、世話云々の話を、しちまったんだ?」
「ないとは言えないからな。……連中程、厄介なジジババは、もう残っていないが」
未だに、介護は残っている。
だが……。
「はっきり言っておくのを失念していたな、伸。お前には、本当に、速瀬家の医者としての後を、継いで欲しいだけだ。ジジババの介護は、その人たちの血縁者に任せる」
目を剝いた伸が、つい身を乗り出した。
「ユメさんのお子さんに、押し付ける気ですかっ? それは……」
「大丈夫だ。さっき話した厄介な老害の連中は、もういない」
もしまた、そんな我儘を言い出すような奴が現れた場合は、早急に根を断てる仕組みが出来たのだ。
「だから、その心配はしなくてもいい」
「それはまさか、入籍する前に聞いた、あの介護の話か?」
話が見えず黙っていた巧が、ようやく思い当たって口を挟んだ。
「リンの育ての親って女性が、絶対子供をあんたに渡すなと言って、その話をしてくれた。あり得ない様な話で、大袈裟に誇張されているとばかり……」
何故か呆れた顔になった蓮に、良は目を細めた。
「おい、ここまで一族を調べ上げて置いて、本当に、あの件には係わっていなかったのか、お前?」
「ああ。知ってりゃ、一枚かんでもいい案件だったが、上手く隠してやがったらしくてな」
その時の事を思い出しながら、若者は苦い顔になった。
「そうか、あれをあの人、子供らが立ち聞き出来る場でも話してたのか。あのな、オレたちを遠ざけようとした訳は納得したが、一度ぐらい、そう言う相談はして欲しかった、今回の件を起こす前に。やることが、極端すぎだろう」
気が抜けた顔で巧が嘆くと、良が振り返り眉を寄せた。
「何で、それで納得できるんだ? 仲が良かった子供が、投げ槍になる理由に、心当たりでもあるのか?」
「いや、はっきりそうだとは思いたくないんだが、伸の方が医者には向いているし、兄貴がその介護の果てに、別な性癖を芽生えさせるかもしれないと、思いつめる気持ちも、分かる」
理由は、河原家に来た時、兄である
「あいつ、あの数日前から、美容師の若い男の家に、押しかけてたんだよ」
「?」
巧は免疫がついていて当の男と会っても、そうとは思わなかったのだが、顔立ちが整っていて綺麗な男だと、章は力説していた。
「……どういう事だ、それは?」
話が見えないと言うより信じたくない男に、巧は息子の困った性癖を告げた。
「伸の双子の兄は、綺麗な人間が、大好きなんだ」
保育園の美人な園長先生を皮切りに、幼い頃からふらふらと追いかけまわし、時には家に戻らなくなる。
「誘拐事件にまで発展していないし、あいつも成長したから見る目も肥えてきたが、今でも変わっていない」
その質の悪い介護をする羽目になったら、そのご老体たちと一緒になって、良からぬ事をする立場に落ちてしまうかもしれない。
「そんな危機感を抱いても、血の繋がった兄弟としては、仕方ないだろう」
「まあ、産まれ育ったところが、そう言う綺麗どころと縁の薄い所だったのも、いけなかったんだろうが。リンが子供を産んだ頃、あの職場には殆ど女もいなかったと聞いたしな」
筋肉質の男が多すぎて、子供が委縮して育つのではないか心配だと、零していたことがあった。
職場が認可で経営していた保育所の園長は、そんな中で見目麗しく、美人であったらしい。
蓮の情報に、巧が頷く。
「あの職場では、まだまだ女性は少ないでしょう。いたとしてもリンみたく、女性らしいままでいられるほど、甘い職場じゃない」
結婚したことで退職したが、祝いに来た同僚も殆んどが、大柄で強そうな男だった。
一輪の華が、刑事ごときに取られたと嘆いた男もいたと言うから、相当潤っていなかったのだろう。
「……」
良は、その会話を聞きながら考え、気を取り直して咳払いした。
「まあ、その辺りの話は、聞き流すことにする。オレもリンの職業を知った時、二日酔いが一気に抜けたからな。確かに、あの職場の保育所とやらでは、よっぽど運がよくなければ、綺麗どころと巡り会う事はなさそうだな。というか、この国のその機関に、保育所紛いの施設が出来ていた方が、驚きだ」
時代は変わったなと、良がやけに感慨深げに呟いてから、置き去りになっていた息子を振り返った。
「双子でそう言う所が同じでなかっただけ、オレにとっては有り難いが……やはり、一緒に暮らすのは、嫌なんじゃないのか?」
「別に、あなたが嫌いという訳ではありません。ただ、今迄、興味がなかっただけで……」
男の頭に何かが刺さった音が、聞こえた。
幻聴?
志門が良を見直したが、男は一瞬体を大きく揺らしただけで、体勢を立て直した。
「ですが……」
そんな父親に気付かず、伸は続けた。
「一人ならまだしも、二人も連れ子がいては、母も巧さんと仲良くしずらいのではと、最近は思っているんです」
その上、速瀬家の父の本妻の一族の件も、二人を煩わせてしまいそうだ。
「ああ、それの方は、さっきも言ったが心配ない」
「そんなに簡単に、そのご老体が一遍に他界するはずないじゃないですか。嘘ならもう少し……いや、まさか、一遍に他界するように、画策したんですか?」
すぐさま否定されそうな問いには、沈黙が返された。
つい気不味そうに顔を逸らす良に、巧は目を剝いて叫んだ。
「おい、医者が、そんな犯罪紛いな手で、ジジババを葬ったのかっ?」
「違うっ。オレがやったんじゃないっ。だが……」
即座に否定してから男は扉の方を振り返り、しっかりと閉められているのを確認すると、声を潜めて続けた。
「犯罪紛いの手で、その人たちが、この世から消えたのは、事実だ」
目を剝いている子供二人から目を逸らしたまま、良は力なく説明した。
「というか、ある日突然、その人たちが、軟禁状態だった室内から、消えた。探し回ったがなかなか見つからず、見つかった場所はなぜか、この国の山の中だった」
しかも、殆んど原形がなかった。
唯一残っていたのは、身元が分かるようにと残されていた、首だけだった。
「身元確認のために残していたと、平然と言われた。確認したら、その首も土に返すと。せめて、故郷の土にと頼み込んで、首だけは故郷へ持ち帰って土に返したが、間違いない、その厄介な我儘を押し付ける老害は、あそこで全員消えた。だから、伸がどんな選択をしようが、自由だ」
目を剝いたままその話を聞いていた志門が、つい不審者の二人を見てしまった。
それを見返し、オキが首を振る。
「オレは、後で聞いた」
「オレもかかわってねえぞ。知ってりゃ、オレも一枚かんでたが。それ位、許しがたい奴らだった」
「ああ。事後報告は茶飯事だが、あれは、あんまりだったな」
頷き合う二人を見ながら信之が苦笑し、天井を仰いだ。
「確かお二人共、あの時それぞれ忙しかったと、聞いておりますが」
「ああ。後で聞いて、地団駄踏んだ」
「オレは、あの場にいたんだがな、出遅れちまった」
蓮は兎も角、オキが悔しがると言う事は、ある人が大きくかかわっていた件なのだろう。
ここまで色々な場所に顔が利くのなら、あの国の件もそう長くはかからないかも知れない。
志門は秘かにそう考えながら、伸の方へと視線を戻した。
ようやく落ち着いた目で二人の父親を見比べ、少年は小さく声をかけた。
「……今回の騒動の罰は、どういう事になるんでしょうか?」
答えたのは、信之だ。
「まだ、科学的には判断していない状況だから、何とでも言いくるめて報告書を作れる。君が、もうこんな事をしないのなら、だが」
「……すみません」
深々と、座ったまま頭を下げた伸は、顔を上げて言った。
「自殺用の人形を、作ってしまいました」
病室内の一同が、全員固まった。
その時、廊下の方から、悲鳴が響いたのだった。
健一と静が病院に着いた時、絹を裂くような悲鳴が響いた。
無言で顔を見合わせ、後ろの保護者に頷きかけると、そのまま二人は走り出す。
待合室に、それはいた。
巨大な、黒々とした大きな人影。
だが、本当に影にしか見えない、黒い物体だ。
その前で座り込む看護師の方へ、その人影は無言で歩き出す。
健一は黙ったまま看護師に走り寄り、踏みつぶされる前にその身を救い上げて逃げた。
「?」
人影はその横をゆっくりと通り過ぎ、廊下を歩いてゆく。
その先にいる者を思い、健一は舌打ちして人影を追った。
「健一さんっ」
静が声を上げ、その後に続くが、二人が追いつく前に、人影は目的の病室の前で足を止めていた。
「この、土人形めっ。オレが叩き壊してやるっっ」
拳を固め、殴りかかったが、意外に弾力があり弾き返された。
身を引いて驚く少年に構わず、人影は扉を開ける。
「……何だ、土にしちゃ、形になってんじゃねえか。カメラの奴より、頑丈そうだな」
目を細めて蓮が感想を言うと、伸が身を竦めて答えた。
「粘土、です。近くの空き地の土が、形を作りやすい土で……」
「速瀬君の意のままに、動いているようには、見えないのですが?」
傍の先輩の疑問にも、少年は律儀に答えた。
「土に催眠術をかけるような、感覚です。だから、他の者には、目をくれないはずです」
「水なしで、ここまで出来るようになったか。大したもんだな」
気の抜けた巧の感想も、周囲の雰囲気にも構わず、その人形の土くれは病室へと足を踏み入れた。
「師匠っ、呑気に言ってる場合じゃ、ないでしょうっっ」
つい怒鳴ってしまった健一の背後で、落ち着いた男の声が言った。
「健一君、静かにすると約束してくれたから、私が付き添いで来たんだが。来て早々破る気か?」
「で、ですけど、あれ……」
「心配ない」
男は眼鏡の位置を戻しながら、言い切った。
「扉に術を仕込んでおいた。この手の、いわば式神紛いのモノが触ったら、発動する類の物を」
言い終わる前に、目の前で変化があった。
病室の中に一歩足を踏み出したまま、それは動かなくなっていた。
「カメラの映像を見て、大体の正体は把握したのでね、先手を打たせてもらっていた。すまないな」
塚本伊織は伸に笑いかけ、病室に足を踏み入れた。
「真面目な子だと思っていたんですが、流石は良さんの息子だ、やることが振るっている」
追いついた静と、廊下で立ち尽くした健一の後ろで、呆れた声をかけたのは玲司だ。
「へ? どういうことだよ、叔父貴?」
「そう言う話は、友達になって話せるようになったら、訊けばいい」
「ええ、今知りたいんだけどっ?」
喚く健一を宥めながら静を促して病室に入り、扉を閉めると同時に、立ち尽くしていた土人形の形が、一気に崩れた。
「……まあ、家庭内の話は、今だけで解決できるわけじゃない。だが、事件の方は、ここで納めさせてもらおう」
それを見守った信之がそう切り出して、ベットの上の伸を見た。
少し厳しい顔を作って見据え、言い放った。
「思い込みで、騒ぎを大きくしたのは、やり過ぎだったな」
「……はい」
「だから、罰として、この病室の土を、きれいに掃除する事、分かったな?」
黙ったまま目を丸くした伸に、玲司が大きく頷いた。
「こんな大きなゴミ、掃除のパートの女性に片付けさせるのは、気が重い。伸君、頼んだぞ」
「健一、手伝ってやれ。くれぐれも、怪我に響く動きは、させんじゃねえぞ」
「……へ? いや、これの掃除って、どうしたって傷に響く、重労働じゃないですかっ」
何が何やら分からぬうちに、健一は殆どの労働を押し付けられて、話は治まってしまったのだった。
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