第6話

 杉本すぎもと百合ゆりは、力説する。

「あいつ、何だか妙に落ち着く空気を持ってるんだ。だからつい、気になった」

 相棒の女も、黙って頷き口を開く。

「年端もいかないガキだと言うのに、おかしな話だとは思うが」

 そんな意見の後、志門は言った。

「例の黒猫もそうですが、あの病院の周りに、野良らしき生き物が、妙に集っているんです」

 誰かがこっそりと餌付けしているのかとも思ったが、蜘蛛まで餌付けする者は、殆どいないだろう。

「まあ、いないと言い切らないのが、お前さんらしいな」

 学校の保健室で、教師が一人保健医が一人、生徒が二人と部外者が一人、こっそりと集って情報交換をしていた。

「それは、どう言う事ですか?」

 話が見えない健一に、志門はどう説明しようかと小さく唸った。

「若の事は、どこまでご存知ですか?」

「え、どこまでって……外見は、すごく綺麗な人だけど、妙に愛想がない。それでいて、周囲に人が集まる、カリスマみたいな? そんな気配は、全く無いんだけどな……」

 カリスマ性があるのなら、既にこの国だけではなく、地球全体を支配していそうな力を秘めているように、健一は思う。

「金田、お前の師匠が言っていた。あの人は、無自覚の人間殺し、だと。愛想がないくせに、その顔で胸を突く本音を口にするせいで、口にされた人間はころっと落ちるそうだ。本人はその自覚がないから、質が悪い」

 雅も言っていた。

 これは、あの団体が解散に追い込まれた時の、周囲の反応だった。

 結果的に古谷家のみを傍に残し、他はほとぼりが冷めるまで、セイの元から去る様にと、説得したそうなのだが、生き残った殆どの仲間が、あの頭領の傍を離れたくないと懇願したそうだ。

 この国が戦争に負け、異国の者が出入りし始めた頃、年老いた仲間たちはようやく、セイの顔を見に訪ねて来た。

「再びあの人の顔を見るまでは、死なぬ。そう決意して生きて来たと、会いに来た仲間たちは、口を揃えたそうだ。しかも、その時生き残った全員が、その望みを叶えた。凄まじい気力と運の良さだ」

 その仲間たちが、もう離れたくないとこの地に根を下ろし、封鎖的だった土地の民たちの心を前向きにしながら、発展させ始めて現況が出来たのだ。

「……そういや、この学園の理事長の、ひい爺さんだったか、仲間の一人だったのは?」

「ああ。だが、今の校則が出来上がったのは、現理事長の成果だ」

 教育、経済、そして治安。

 その全てで、それぞれの子孫が活躍していた。

「例えが少し遠いような気がするが、似たようなものだな。速瀬は、どうやら生き物全般に、気に入られる何かが、あるらしい」

「じゃあ、何で、友達が出来ないんですか?」

「それは、人間を生き物として、見ていないのだろう、速瀬自身が」

 生き物でなければ、何だと言うのかと眉を寄せる健一に、望月は苦笑した。

「過去にあまり、人と接する機会がなかったのだろう。河原刑事が初めてだったのではないのか、親身になって助けようとしてくれた者が」

 二人の子を抱えた女一人が、それまでどんな苦労をしていたのか、想像できないが、気持ちは何となく分かった。

「一人きりで悩みを抱えるのは、心細いものです」

 ぽつりと、志門が言うのに健一も大きく頷く。

「ですが、思いつめていては、命がいくつあっても、足りないのです」

「?」

 意味不明な言葉に、問い返そうとする中学生の前に、望月が頷いた。

 そして、ある話を口にする。

「病院で襲った者が、依頼主らしき者と接触する所が、映っていたそうだ。背中しか見えなかったそうだが、大柄の男だったようだ」

「では、その方を特定できれば、おのずと真相に近づくのですね?」

「だが、特定するのがいい事かどうか、迷うところだ」

「どうしてですか? 特定して、速瀬を襲わないように、とっ捕まえないと……」

 つい強い口調で問う少年の勢いが、途中から萎んだ。

 先輩と教師は、黙って顔を見合わせただけだったが、他の二人の表情が素直に変わったのだ。

 困ったように顔を見合わせ、百合と名乗る女が口を開いた。

「そう簡単に逮捕できる相手なら、監視カメラで確認できた時点で、警察が動いてるだろう。慎重に裏付けてるってことは、冤罪ではないと、確たるものを見つける為だ」

 そうでなければ、この地での信頼を勝ち取るなど、出来なかっただろう。

 そう言う女に続き、相棒の女も言った。

「それが、未成年なら、なおの事、慎重さが求められる」

「え」

「つまりな……」

 言いにくそうに、望月は告げた。

「この学園の者でない事を祈っているが、速瀬を恨んでいる者は、恐らくは学生だ」

「何でですか? だって、大きい奴だったんでしょ?」

 とんでもない予想に目を剝く少年に、望月が首を振った。

「私もその映像を、見させてもらった。あれは、人間ではない」

 意見を聞かせて欲しいと、同級生だった刑事に、その部分だけコピーしたものを見せられた。

 一目で分かった。

「あれは、土をうまく人形にした代物だ」

「いや、もし、それが人じゃないにしても、それを、ガキが操れるはずが……」

「操れますよ。その手の才能と、それに見合った技術を身に付ければ、簡単なはずです。若ければ若いほど、身についたそれは、精巧なものとなるでしょう」

 何でもないように、志門が答えた。

 その先輩が、いい例だと、健一も納得するしかない。

「そんな、特異な特技がある家柄が、あるんですか? しかも、こんな身近に?」

「そこまでは分からん。古谷が昔から有名なだけで、その陰に埋もれていたかもしれない」

 それこそ、あり得ないと思う気持ちが健一にはあるが、志門の方は慎重に教師に問いかけた。

「もしその、後ろにいる人が、この学園の生徒だったら……どういう事に、なるのでしょうか?」

「保護観察で済むように取り計らえればいいが、その本人次第だな。会ってみなければ、どう言う生徒かも分からない」

 この数年、学園の生徒には、元問題児も増えていた。

 更生を促す意も込めて、平等の校則の元に受け入れているのだが、それは法に触らぬ問題を抱えた者にのみ、有効な受け入れだ。

「刑事告発されるような生徒は、流石に守ることは出来ない。学園内でのトラブルの場合は、その限りではないが……」

 今のところ、苛めや嫌がらせによる恨みの疑いは、聞こえてこない。

「速瀬なら、逆にされる立場に、なりそうですけど」

「そういう事だ。だから、もしうちの生徒の仕業なら、個人的な妬みか、恨みだろうとしか、考えられない。そうすると、只の学び舎であるこの学園が出来る事は、少ない」

 教師の立場で言う望月に、志門は顔を伏せた。

「……学園にまで話が伝わっている上に、警察まで動いてしまっている。このまま、事が収まるとしても、騒がせた責は、負う事になるのですね」

「停学か退学か……どちらにしても、本人には手痛い傷がつく」

 どういう心算でこんな事をしているのか、それは見当もつかないが、それが人生を狂わせる事だと、分かってやっているのか。

 もし、気に食わないと言う理由だけでそこまでやるのなら、余りに軽率過ぎた。

「一発ぶん殴って済むんなら、オレがやりますけど」

「馬鹿者。暴力沙汰は、お前が罰せられるぞ」

 学園の生徒だった場合は警察よりも先に、その身柄の確保をした上で説得し、警察に談判を取り付けると、望月は言い切った。

「い、いいんですか、そんな裏技使っても?」

 いくら学園出身者が多いとはいえ、警察の人間に、そこまで便宜を図ってもらえるのだろうか。

「何の為に、信頼させていると思っている? こういう時の為だ。事件を有耶無耶にしてもらう代わりに、その生徒の監察を怠らないと、約束する。学園長直々に、その誓約書にサインする」

 軽々しい約束ではない。

 学園の信用問題と、運営者の今後の存命問題を引き換えに、取引される。

「……その誓約が破られれば、廃校になるだろうが、あくまでも、こちらが先に被疑者の確保が出来ればの話だ」

「……それが、一番難しいじゃないですか。この土人形の事が知れたとはいえ、それを操る方の正体は、全く分からないんでしょう?」

 お手上げ状態で嘆く健一から、志門へと視線を流した望月は、ゆっくりと言った。

「心当たりがあるのなら、警察ではなく、こちらに知らせて欲しいのだが」

 顔を伏せたままの少年は、力なく首を振った。

「申し訳ありません。心当たりと言う程、確かな話ではないように思います。もう少し、確たる証の様なものを探してみたいと思うのですが、期限は迫っているのでしょうか?」

「この地の警察は、無能ではない。大きな事件が起きないのは、そうなる前に対策しているからだ。はた目からはどんなに不可解な話でも、連中からすると簡単な、子供だましにしか見えていないかも知れない」

 警察を出し抜くのは、今でさえ難しいと、教師は言い切った。

 志門は顔を伏せたまま、頷いた。

「そうですか……では、数時間だけ、時間を頂きたいです」

 その間に、何かしらの証を見つけ、望月に知らせる。

 少年はそう約束して、下校した。


 土遊びが好きだったわけではない。

 幼い頃に何となく土をいじり始めると、楽にそれが作れたのだ。

 兄弟二人で、土に固さを補強して人形を作ると、冗談交じりに動かせるかやってみた。

 本当に動いた時は、二人共仰天した。

 顔を見合わせて、つい、己の親を考える。

 母親は、普通の病弱な人だ。

 とすると、母が逃げようと思う程にひどい人だった父親が、とんでもない化け物だったのではないのか。

 ぞっとしたが、それは初めだけだった。

「これ、もう少し大きく作ってさ、あの計画に使っちまわねえ?」

 言い出したのは、兄だ。

 体を壊し、休職中の母を助ける計画を、兄弟は考えていた。

 保育園も辞め、まだ学校に行く年齢でない二人は、その計画がどんなに悪い計画か、分かっていなかったのだ。

「オレらが脅しても、ああいう大人はこの図体で、馬鹿にして来るだろ?」

 二人肩車して、大人の服を被って交渉に及ぶにしても、二人の身長では、小柄な大人位の体格にしかならない。

 それが、この計画では一番の難問で、それが解決するのなら、いくらでも儲けられる。

 当時、多少性格に違いがあるが、兄弟の考え方はそっくりの上に、その思考は斜め上に向いていた。

 名案だと、弟も大きく頷き、幾度かその方法で稼いでいたのだった。

 あれから数年、兄弟も大きくなり、久し振りに作ったそれは、精巧に動くようになった。

 だが、動かしやすいだけだ。

 頑丈さは、兄の手助けがない為に、期待できない。

「水を、混ぜてみるか……?」

 少年は、再び作り上げた土人形を見上げ、呟いた。

 背中越しの誰かに、金を渡すだけなら問題ないが、子供一人すら手にかけられない強度だ。

 弟は土、兄は水。

 それ限定の操作が、兄弟の力らしい。

 弟の方は、土を柔らかくして形を整えて動かすまでは出来るが、それの補強は自分の力ではできない。

 兄は理解できない性格をしていたが、意外にも器用で、土の細部にまで水分を適度に行きわたらせ、適度な強度をつけて形を整えていた。

 事情を話して手を借りることなど出来ないから、弟はその場での水の確保の仕方を考えたが、その必要がないと思い当たった。

 どちらにせよ、動かすのは自分で、攻撃するにも躊躇いが出そうだ。

 少し苦しいかもしれないが、圧死か窒息死を狙う方が、確実かも知れない。

 一人頷いた少年に、もう迷う理由はない、はずだった。


 健一は、伸の病室に、入出禁止令が出てしまったらしい。

 面会時間を大幅に超えた時刻の面会に加え、例の取っ組み合いが原因で、伸の怪我が悪化したためだ。

「叔父さんも、庇えないって」

 珍しく深く落ち込んでいる健一を、ようやく元気を取り戻した静に託し、志門は一人で病院を訪ねた。

 三日連続で見舞いに来た少年は、顔見知りになった看護師に挨拶を返しながら、病室に向かう。

 迎えた伸は、昨日よりもがんじがらめのギブスをつけて、ベットに座っていた。

 恐縮しているが、顔色は悪くない。

 その様子に違和感を覚えつつ、志門は挨拶した。

「あの後は、お変わりありませんか?」

「はい。心配をおかけしました」

 身を縮めて頭を下げる少年に笑い返し、ベットのサイドの椅子に座った志門は、しげしげとその顔を見つめた。

「な、何でしょうか?」

 居心地悪くなって声をかける伸に、先輩の少年は小さく謝り、呟いた。

「諦める気持ちは、薄れたのですね」

「え?」

「いえ……」

 聞き返す少年に、どう答えるか躊躇い、志門は素直な言葉を選んだ。

「昨日のあの件の後、元気がないように思えたもので、少し心配してしまいました」

「それは……すみません」

「謝る必要はありません。私が、そう見えただけです。それに……」

 先輩は、口ごもって言葉を探してから、続けた。

「昨日までの悩みを、一人で吹っ切る事が出来たのなら、私がでしゃばる事も、ないようです」

「……」

「強い心を持っているのは、とても羨ましいです」

 見返した伸の目が、戸惑いに揺れた。

「どんな解決をしたにせよ、その決意を、私ごときが否定することは出来ません。ですが、一つだけ訊いておきたいのです。本当に、その方法で、満足なのですか?」

「……何の、事ですか?」

「私もあなたも、まだ十代の子供です。世代的には悩む年頃だと、年かさの方々はおっしゃいます。その上で、精一杯悩めばいいと」

 悩みに悩んで、大人になるのだと、そう教わった。

 そして、決まって付け加えてくれる。

「もし、悩んだ上で行き詰ったら、周りにどんな形でもいいからぶつけろ。暴力以外なら、全て受け止めてやると。少なくとも私は、そう言われて救われました」

 逆に、暴力で来るなら、跳ね返してしまうけどと、ある若者は更に付け加えた。

 あの人の場合は、言葉での攻撃は、暴力に入らないからこその、言葉だっただろう。

 実際行き詰った志門は、声を出して泣くと言う形で、若者に気持ちをぶつけてしまった。

「あなたの決めた解決法は、行き詰った末のものではないですか? 私の思い違いならば、謝ります。しかし、もし正解ならば……」

「思い違いです」

 きっぱりと、伸は答えた。

「そうですか。すみません」

「いいえ。ありがとうございます」

 頭を下げた志門に、後輩も深く頭を下げた。

「出来るならば、金田ともあなたとも、もう少し早く親しくなりたかったです。せめて、あの学園に転入する前に……」

 そうであれば、また違った解決法を、考えられたかもしれない。

 ついそう思えてしまうのは、自分が子供だからだろうかと、伸は苦笑する。

 だが、全ては遅い。

 自分が死ぬにしても、警察が犯人に行きつくにしても、伸自身が窮地に陥る事には、変わりない。

 今更、誰に相談しても、遅いのだ。

 そんな伸に、志門が声をかけようとした時、締められた扉がノックされた。

 声はないが、気配が騒めく様子で、廊下に立つ者の多さが分かる。

「……はい」

 後輩の顔を見つめた少年に笑いかけ、伸はいつものように返事をした。

 が、硬い表情の顔見知りの刑事の顔を見て、その笑顔が崩れた。

「巧さん……いらっしゃい」

 何とか挨拶する少年を無言で見返し、河原巧は後ろに頷いて病室へと入って来た。

 今日は、一人で来たわけではなかった。

「……本来は、所轄の奴と二人組で来るものなんだが、うちの連中は、事件となると強面になる人が、多いんだ。素でも怖い人もいるが……そんなの連れて来て、下手に怯えられて自白されても、適わんからな。この間は、協力助かったよ」

 言い訳交じりに、やんわりと声をかけたのは、中肉中背の男だった。

 二十歳を過ぎた優秀な長男と、少し自由な思考を持つ高一の次男を持つ男だ。

 伸は一昨日会って、通り魔の件の時の事を話したが、志門も顔見知りだった。

高野たかのさん」

「お、志門君か。元気そうだな」

「ご無沙汰しております」

 志門が知るどの刑事よりも疲れた容姿の男だが、誰よりも頼りになり、親しみが持てる人である。

 高野信之のぶゆきは、硬い表情の刑事を一瞥してから、伸に再び声をかけた。

「監視カメラの映像で、先日の被疑者の動向が分かったよ。ついでに、君を狙う者も」

 退出しようとしていた志門が、立ち止まった。

 後輩の少年を振り返ると、顔を伏せている。

 声をかけることも、出来ない。

 足取り重く病室を出、扉を閉めた少年に、静かに声をかけた者がいた。

「また寄り道か」 

 振り向くと、黒づくめの男が立っている。

「大丈夫なのですか? 不審者として、警戒されてしまっているのでは?」

 思わずそう心配するが、オキは軽く笑った。

「目くらましは、得意だ。まあ、今回は、こいつらに混じって来たから、不審に思われなかった、というのもあるが」

 言って視線を送った先に、二人の人影があった。

 そのうちの一つに、オキが嘆く。

「お前の弟子は、志門に悪影響なのではないか? 寄り道なぞ、する子ではなかったと言うのに」

「いいじゃねえか。多少世間ずれしてきた証拠だ。大体、高校生にもなって、寄り道一つしねえガキなんざ、逆に心配だろうが」

「その寄り道先が、病院と言うのが、らしいと言えばらしいが」

 更に嘆いてから、男は若者の隣に立つ男を見た。

「お前は、入らんのか?」

「……」

 オキと同年代にも見える、中学生の父親が籠った声で答えた。

「ここに来れば、あの土人形を操る奴が来ると、そう言うから来た。まさか、伸を囮に使う気か?」

 睨む良に、蓮は不敵な笑顔を返した。

「おい、誰が来る、と言った?」

「お前っ」

「あれを操る奴が、分かると言っただけだろうが。日本語は、しっかりと聞き取れ」

 ぐっと詰まる男から、若者は病室の方へと気を逸らす。

「あの……」

「何だ? 早く帰れ。ここからは、少し込み入って来る。お前がいたんじゃあ、あの中坊も、落ち着かねえだろう」

 素っ気なく言われ、志門は顔を伏せ、それから思い切って尋ねた。

「逮捕、されてしまうんでしょうか?」

「どうだろうな。巧の奴は、まだ迷っていたようだが、仕方ねえよな。心当たりがあっちまっちゃ、仕事柄見逃せねえ」

「あの、望月先生から、被疑者の特定が出来たら、知らせるようにと言われているのですが……遅い、のですか?」

 最後は、消えかかる声になった少年を一瞥し、蓮は首を竦めた。

「それも、巧の態度次第、だな」

「?」

「何のことだ? あいつの仲間が、伸を狙っているのか? まさか、あんなガキを、口封じで……」

 良が思わず声を張り上げたが、それに重なった声が、言葉をかき消した。

 病室の中で刑事の一人が怒鳴り、そのまま誰かに罵声を浴びせる。

 天井を仰ぐオキと、舌打ちする蓮の傍で唖然とする男の前で扉が開き、勢いよく刑事が一人飛び出して来た。

 肩越しに室内を一瞥して舌打ちすると、そのまま廊下を歩き出したが、すぐにその場で何かに躓いて転んだ。

 予想もしていなかったのか、全く受け身も取らず派手に転んだ男に、素早くその足を払って転ばせた若者が、冷ややかに声をかけた。

「病院で、声を荒げるなとは、躾けられてねえのか、お前は?」

 声をかけながらも、視線はベットの上で座ったまま、顔を伏せる少年を見る。

「お前も、泣くくらいなら、本音じゃねえことを吐くな」

 修羅場が始まる気配に、そっと帰ろうとしていた志門は、その身を縮めた後輩の姿につい、駆け寄った。

「ああ、すまないな。もう少し、穏便に持って行きたいと思っていたんだが、そこの頭の軽い刑事が、軽はずみな質問をしてしまってな」

 苦笑して謝る高野刑事に、ようやく体を起こした河原刑事が反論した。

「どの辺が、軽はずみですかっ。こいつは……」

 言いかけた巧の頭に、拳を固めた蓮の攻撃が落ちた。

「少し、黙れ」

 身を起こしていた男が、一発で沈む。

「蓮殿、頭は勘弁してください。それ以上、頭の中身がおかしくなっては、困るんです」

「へっ、こんなことで頭の具合が変わるなら、もう少し強く殴ってるぜ。こんな場所で、内輪の話を大声で話すような奴の頭が、まともに変わるならな」

「どちらに転ぶか分からんから、今はやめとけ。この話が収まった後なら、止めん」

 刑事一人と、不審者二人の会話だ。

 医者の男は、その間をすり抜けて、息子の元へと歩み寄る。

「……だい、丈夫、か?」

 ぎこちなくそう聞く男の後について、若者が巧を再び病室の中に放り込み、オキと中に入ると扉を閉めた。

 蓮は速瀬親子を見ながら、普段通りに声をかけた。

「こいつが大人しい内に、はっきりとしておこうか。リヨウ、あの土人形を作っていたのは、そのガキだ」

 背中にあっさりと投げかけられた言葉に、良は思わず振り返った。

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