第5話
再びライフルを構えた男が、突然叫んで顔を抑えて転がった。
大柄で険しい目をした男が、取り乱して顔の辺りの空を、何度も両手で掻いて、何かを引き剥がそうとしているようだった。
それを見下ろしてから、男は大男が銃口を向けていた先の、病院の屋上を見た。
「……二人とも無事のようだが、何事だ? 怪我人の方が、殴りかかってるぞ」
「怒ってしまったんですね。良かった。やはり想像通り、健一さんと似た方なのですね。単純な引っ掛けに、引っ掛かってくれたようです」
男に答えた志門は、嬉しそうだ。
その傍に立つ男が、先の男の足元で転がる大男を見ながら、首を傾げた。
「どうして
その問い掛けに、少年は残念そうに答えた。
「生き物を大きく見せているのですが……あなた方には、見えないと言う事は、こういう捕獲には、あまり向いていない術なのですね」
「そんな事はないだろう」
足元の男、戒を見下ろしながら、黒ずくめの男が言い切った。
「オレとそいつは、この程度の術に引っかかっていては、命とりになるやり取りが多かった。だから引っ掛からないだけだ。こいつを見れば、上等な術だと褒めてもいい位だ」
「情けないとは言えないが、修業不足だな。お前、一度鍛え直した方が、いいんじゃないのか?」
黒ずくめの男と同じくらいの体格の、優し気な男は穏やかに笑いながら言い、言われた男は苦い顔で答えた。
「教えた事を、全く活用しない弟子など、知るか」
言いながら、戒と呼ばれている大男の前にかがみ込み、その顔に張り付いた生き物を剥がした。
急に目の前が晴れて起き上がった大男は、そこに立つ男たちと少年を見つけ、ぎょっとする。
後ずさろうとした男だが、その中に意外な男を見つけ、目を剝いた。
「貴様、生きていたのかっ」
喚きながら指をさした先には、穏やかな笑顔の男がいる。
「オキ、人を無闇に指さすなとは、教えていないのか?」
「それは、雅がやる事だ。オレじゃない」
オキと言う名の黒ずくめの男は、きっぱりと言い切った後、戒に呼び掛けた。
「お前、雅に疑われているぞ」
短い言葉だったが、絶大の効果があった。
「な、そんなはずはないっ。この仕事を受けてからこっち、ミヤには一度も会ってないんだぞっ?」
「それが、余計に怪しいんだ」
動揺する男に、オキは冷静に返してから、苦い顔になった。
「とばっちりで、オレの方に火の粉が来そうで、迷惑しているんだ。少し顔を貸せ」
「どうするつもりだっ? まさか、依頼主の名を吐けとでもいう気か? 顔も名も知らんぞ。こういう時の為にな、見聞きしない事にしているんだっ」
「威張る事じゃないだろう。あのな、ミヤがあんなに怖い人になったのは、オレのせいだと、オキがとばっちりを、こっちにまで持って来たんだ。元々怖い人だと、お前が証明してくれ」
胸を張った戒に、穏やかな顔を崩さなかった男が、僅かに顔を険しくした。
その顔で言った言葉で、志門はつい言ってしまった。
「もしやあなたは、雅さんの、師匠兼愛しい方、ですか」
「は? 何だ、その肩書は?」
つい間抜けに返した男は、爆笑したオキを睨んだ。
「お前か、変な話を、若い子らに言って回っているのはっ?」
「そんなわけ、あるかっ」
必死で笑いを抑えながら、オキは言った。
「あの件以来、セイは恐れられているが、あいつをあの時止めた雅も、恐れられている。その師匠が、更に怖い存在だと思われるよりはと、当時の奴らが話を流したようで、再会したそいつらと共に来た子供らは、既にそう言う話を真に受けていた」
「……」
笑うオキの傍で、志門が小さく唸り、男の名を思い出そうとしている。
「名前までは、聞いていないかも知れません。失礼ですが……」
「ああ、エン、と呼ばれている。君は?」
「は、失礼いたしました。古谷志門です」
どこか呑気な二人の目を盗み、戒がそっと後ずさったが、オキが手に乗せたままだった生き物を、大男の前に落とした。
「うわあっ」
大袈裟に見える飛び上がり方で、男は悲鳴を上げた。
「ったく、たかが女郎蜘蛛に、そんなに怯えるな」
「女郎蜘蛛は、人の頭大じゃないぞっ」
「へえ……そう見えてるのか。中々、食わせ甲斐のありそうな、大きさだな」
エンと名乗った男が、妙な事を言ったがそれを聞き返す前に、オキが話を変えた。
「蓮を差し置いて、こいつを捕えようとしていたようだが、どうする気だったんだ?」
「どなたが速瀬君を恨んでいるのか、尋問してみようと思っていたのですが……」
控えめに答えた志門に、何故か男二人は黙り込んで、顔を見合わせた。
「そうか。お前も、人を気にする事が、出来るようになったか」
取り繕うように、オキが笑いながら言い、エンも笑顔を向けた。
「だが、この子も一応はプロだから、あまり長く捕まえていたら、君が痛い目を見る。ここは、オレたちに預けてくれないか?」
見返した志門に、あくまでも笑顔のまま、男は続けた。
「心配しなくても、その速瀬君は、もう狙われることは、ない。少なくとも、退院するまでは、安全だ」
言い切った男から、オキに目を向けた少年に、見返した男が頷いた。
「本当はさっき、どさくさに紛れてあの子供を攫い、隠しておこうと思っていたんだが、蓮がついていた。だから、こいつだけでいい。後は……」
オキは志門の背後を見つめ、続けた。
「被害者側の人間に、話が通れば、言う事はない」
「それは、お前らが、どの程度の事情を話すかに、よる」
病院の隣の、ビルの屋上であるこの場にやって来た蓮が、冷静に告げた。
「ついでに、金を払った奴を、はっきりさせたい。もし、オレの予想で当たっているなら……」
言葉を切り、エンの笑みが僅かに濃くなったのを見て、続ける。
「それを含めて、解決しねえ事には、こっちの依頼者が納得しねえな」
「では、その依頼者と言う方も交えて、密談でもしますか? こちらは、話が一度で済む方が、何かとありがたいんですが」
話がトントンと進み、志門が話についてけないまま、一時解散が決まっていた。
「じゃあ、その時刻に、あなたの隠れ家に。久し振りの帰宅ですから、腕によりをかけますよ」
「食える物を用意しとけよ。味は良くても、ゲテモノは御免だぞ」
オキから女郎蜘蛛を貰い受けているエンに、蓮は先回りして言った。
「分かっていますよ、これは、志門君に返します」
「あ、有難うございます」
手渡されて、平然と受け取る少年を、化け物を見るような眼で見る戒を見下ろし、エンは切り出した。
「今、オレが世話になっている家に、招待する」
「お前、オレなんぞより、気にする奴が、いるだろうがっ」
「それは今更だろう? それに、お前をこのまま逃がして、まだあの子を狙う事でミヤが荒れるのは、困る。傍で宥めてやれないからな」
剣を込めた目で睨む大男に、エンは笑いながら手を伸ばした。
「言っておくが、オレにとってお前はもう、ミヤの弟分と言うだけで、別に遠慮する相手ではないぞ」
伸ばした先には、戒が取り落としてしまったライフルがある。
それを左手で攫みながら、穏やかに告げた。
「うっかり、手にかけてしまっても、罪悪感はそれほど感じないから、そのつもりで、大人しくついてきてくれ」
持っていたライフルは、実は粘土細工だったのか?
エンが穏やかに言いながら、銃口をあっさりと塞ぐ様を見守りながら、戒は黙って顔を引き攣らせた。
増留リンが、子を身ごもったと聞いたのは、十数年前だった。
報告してきたのは、リンの養い親であるユズだ。
「どこかの空襲で親と死に別れて、天涯孤独になったところを、ユズが拾ってそのまま育てた娘だ」
「どこの、空襲の話だ?」
「この国に、決まってんだろうが」
当時、隠れ住んでいた土地で空襲に遭い、やむを得ず町に出たユズが、母親の亡骸の前で泣いている、幼い娘を見つけた。
色の白い、よく見ると目も藍に近い色合いの、異色の少女だった。
蓮は顔を合わせた時、これは西洋の異端の者の血が入っていると感じた。
「その血を継いでいる娘を、母親は周囲に敬遠されながらも、育てていたらしい」
その母も空襲で亡くし、リンは天涯孤独となったのだ。
同じような立場のユズが、自分と重ねて同情してしまうのは仕方ないと、伯父の蓮は、何も言わず見守ることにした。
リンは独り立ちすると、色々な土地へと渡り、知識を吸収し始めた。
しばらく話を聞かなかったのだが、ある日突然その話を聞いたのだ。
しかも、ユズの顔は苦い。
「あなたがこれまで、呪いを放置していたせいで、あの子は変な男に引っかかってしまったんですよ。責任を取って下さいな」
蓮にとっては、寝耳に水の報告の上に、意味不明の責めだった。
「あの子は、あなたがいずれ、成長して、背丈にコンプレックスがなくなるのを、ただ待っていたのですよ。なのに、どうして、女を作ったのですか」
その頃、長く張り付いていた呪いが解け、それでもまだ蟠る心を持て余していた蓮は、うんざりとして返した。
「何年前の話だ、それは。大体、オレだって朴念仁じゃねえぞ。長く生きてりゃ、女の一人や二人、いねえ方がおかしいだろうが」
「本当に、一人や二人しかいなかったのに、威張らないでくださいなっ」
リンは長身で、すぐに蓮の背丈を追い抜いた。
それだけが理由ではなく、若者としては全くその娘に興味がないまま、長い年月を過ごしていただけに、言いがかりの様な文句に顔を顰めた。
「変な男ってのは、どういう類の変なんだ? リンが引っかかる位だ、よほどうまく隠していた変人なんだろう?」
「奥様持ちなのに、それをおくびにも出さずに付き合って、関係を持った途端、それを告白したそうです」
しかも、言い分が変わっていた。
「生まれた子供が欲しいから、堕胎などせず産んで欲しいと。その後は引き取るからと」
言葉が曖昧で、母親であるリンの処遇がどうなるのか、はっきり分からなかったが、曖昧にすることで、何かを期待させて了承させる意図が、見え隠れしていたと言う。
「英国で活動していたんですが、リンは今、日本へ戻って来ています。この国で産んで、一人で育てると。伯父様、双子で性別も分かる程に大きいんです。堕胎はもう遅いですが、一人で育てるのは、大変です」
言いつのられても、大変だなとしか思えない。
手助けはするが、言いがかりで責められた挙句、責任を取れと言われても、どうしようもないのだ。
「その時は宥めて帰して、一応、リンの居場所や子供の健康の確認を、怠らないようにするくらいは、やってたんだが……」
数年後、リンは一人の男に見初められた。
リン自身も、その男に惹かれ、相思相愛で結婚までこぎつけた。
めでたしめでたしと、蓮は晴れてその見守りの目を離し、仕事一色の暮らしに戻ったのだが、その幸せは長く続かなかった。
「相談に来たのは、リン自身だった」
子供を一人、父親に取られた。
そんな話だった。
「取り返したいから、手を貸せと言われた」
話を聞くと、どうやら脅すような言葉を吐いて、子供に行くと決めさせたのだと言う。
「脅し?」
河原巧は、補導した子供たちに、司法取引の様な話を持ち出した。
「脅迫の為に獲った物を、捜査の材料にして、摘発の手助けをして欲しい、そんな話をガキ二人相手に、真面目に持ち出したらしい」
その時子供が持っていた物が、それほどに役立つ代物だったのだ。
「塚本の当主と手を組んで、ガキが持っていた品の裏付けを取り、後ろ黒い奴らを摘発した。それで随分、そこの所轄は株を上げたと、葵の奴も言っていたな」
その話を、どこから聞いたのか、その男は知っていたのだ。
蓮はそこまで深く探れる奴がいるのかと、不思議に思ったものだったが、その男の名を聞いて、なるほどと納得した。
この国では、速瀬良、そう名乗る医者だった。
医者の自分の後継ぎを、血の繋がった者にしたい、そんな願いがあると言うのは本当のようだが、その割に連れていかれた子供の元気がない。
今年の春、高校の入学祝いにこっそりと会いに来たリン夫婦は、それが気になっていた。
「もしかしたら、虐待じみた事をされているんじゃねえのかって、もしそうなら証拠を攫んで、取り返したいと言って来た」
何も自分が動くこともないと思うのだが、リンが一人で子供を養っている時、あまり役に立てず、疲労で倒れるまでにしてしまった負い目が、渋々ながら承知した理由だった。
まさかその子供が、命を狙われる事態に陥っているとは、実際にその現場を見るまで思わなかった。
「じゃあ、そのリンさんは、病弱ではないんですね?」
話が途切れた時、ようやくエンが問いかけた。
「色が白いせいか、普通にしていてもそう見えるらしい。昔から、どんだけ働いても、けろっとしているような娘だった。やっぱり、子育てと両立となると、勝手が違っちまうんだな」
子供にまで心配されているのが、少し自己嫌悪に陥る要因らしく、それを知る河原巧は、子供たちに摘発の手助けをしてもらった件を、脅されるまで黙っていた。
「リヨウが、後継ぎ問題で他の女性に手を付けた、なんてユメさんが知ったらどう思うんでしょうね」
翌日、隠れ家である葵の元の家に、約束通り戻って来た蓮の説明が終わり、片づけをしながら聞いていたエンが、穏やかに笑った。
「それを言うなら、気を紛らわすために、敢て子を作る心配のない男に、誰彼構わず手を付けていたのを知ったら、怒り狂うんじゃないのか?」
久し振りに、エンの作る料理に舌鼓を打ったオキが、気楽に返す。
「あの時は、事情が事情だったからな。だがあいつも、曲がりなりにもあの一族の一員だから、相手の健康問題を考えると、問題行動だったよな」
穏やかに頷き、ようやく座った男が、自分たちの事情を話し出した。
「簡単に言うと、オキがここに、文句を言いに来たんです」
それは、昨夜聞いた通りの文句だ。
「取り乱した猫を宥めるのは、骨が折れますので……」
「誰が、取り乱した?」
「先に、その狙われている子の特定と、戒の捕獲をしてしまおうと切り出したんです」
強がるオキの言い分は聞き流し、男はちゃっかり朝飯にありついた大男を見た。
「まさか、あんな若い子に捕まる程、成長がないとは思いませんでした」
穏やかな男に対し、戒は拗ねた顔でそっぽを向くが、もう大人の大男のその仕草には、何の感情も浮かばない。
戒が引っかかりそうなネットの依頼を探し、その依頼主たちに手あたり次第会う作業を経て、オキは本命に行きつき、それをエンに報告した。
「狙われているガキが、あの辺りの子供なら、お前でなくても誰か巻き込まれるだろうと、適度にあの子供を守りながら、様子を見ていたんだ」
蓮が係わっていると分かったすぐに、戒を捕まえられたのも、成果としては大きいように思えたのだが……。
「ここに戻ってから、戒に色々と事情を説明してもらったんですが……」
正しくは、尋問だ。
エンも一緒にいたオキも、強く尋ねた訳ではないが、戒は委縮して早々に事情を吐いた。
「どうやら本当に、金を渡した者を、知らない様です」
「……お前、それでいいのか?」
確かに、依頼者を見ずに仕事をするのもありかもしれないが、それは失敗しない自信があればの話だ。
「ん? 逆じゃないのか? 失敗する可能性があるのに、依頼主を知っていては、今回の様に尋問で吐いてしまうかもしれない」
「だから、そう言う考え方もありだろうと、言ってんだよ。だが、オレの場合、失敗する気配があったら、その依頼主を守る方法を取る覚悟でいる。失敗を正直に話した上で、何とか口裏を合わせて貰い、万が一、関与が疑われた時の言い訳やアリバイを、作ってもらう」
最も自分は、そんな事態に陥った事がないのも、売りにしているのだが。
蓮の言い分に、大男は苦い顔で言った。
「貴様は、その鋭さで、その気配も分かるんだろうが? オレは、そう言う勘は、働かん」
舌打ちする戒を一瞥し、若者はあの後訪ねた場所での話をした。
所轄の警察署に、葵に呼び出されたのだ。
取調室に入った途端、リヨウが乱暴に胸倉を攫んだ。
「お前ら、取り逃がしたな?」
「あ? 何の話だ?」
返しながら葵の方を見ると、元々険しい目を更に細めたまま、黙っている。
「この国は、カスミの旦那の故郷だ。あいつらは、あの時の事態以外で、この国に入るはずがない」
そこまで言われて、ようやく話が分かった。
数年前、二つの一族が、この国で殲滅された。
殲滅と言うと大げさだが、一族の掟の殆んどを担っていた者たちが、軒並み消えてなくなったのだ。
そのうちの一つは、葵の母親の一族だ。
もう一つは、カスミとその兄弟が忌み嫌い早々に抜け出した、つまりは、蓮やエンとも血の繋がった一族だった。
同時に動きがあったのは、時を待っていたカスミの父が、画策したせいだ。
鬼の一族を、そろそろ殲滅したいと動いた者を餌に、クリスと名乗る男は一族を動かした。
そうして、用意していた後腐れのない者たちに繋ぎを取り、おびき出した者を全て、根絶やしにしたのだ。
「話が見えねえが、あの時の話なら、取りこぼしはねえ筈だ。耳鼻の利く人が二人に、目が利く奴も二人、一緒にいたんだぜ。完全にあの土地の肥やし並みに、斬り刻まれた筈だ」
「じゃあ、あの映像のモノを動かす奴は、どうして伸を狙うんだっ?」
蓮は口を噤み、葵を見た。
大男は黙って頷き、机の上の映像機を操作した。
昔はテレビのボタン一つ、押すのに怯えていた葵が、手慣れた手つきで最先端の機器を使用している様は、若者を軽く感動させていたが、それはおくびにも出さずその映像を見た。
ベンチに座る、先程の暴漢の姿がある。
おろおろと周囲を見回し、不意に顔を前に固定した。
緊張の面持ちで暫くそうしていた男が、何かを手に立ち上がる。
「挙動がおかしすぎだろうに、ああいう奴を雇おうとするか? お前が養ってた奴らが?」
つい言ってしまった蓮は、リヨウの返事を聞く前にそれを見つけた。
立ち上がった男の背後に、背中を向けて座る大柄な影。
背もたれ越しのベンチに座るその影は、人影に見える。
しかし……。
「オレには、土人形に見えるんだ」
葵が、籠った声で意見を言った。
蓮も、厳しい顔で頷く。
「こんなもの作って、自分の正体を隠す奴が、中一のガキを狙う理由が、いまいち分からねえんだ」
「だから、お前らが取りこぼした奴らに、いたんだろうが」
「いたなら、それを使ってオレらに対抗するだろうが」
リヨウの怒鳴るような声に、葵が普通に返すが、どすが利いた声は、普段でも怖い声になる。
「逃げるにしてもだ、クリスさんは、正確に罠に引っかかった人数を、こっちに提示して来たんだぞ。ちゃんと首を数えたから、間違いねえんだよ」
「律儀に、そんなことまでしたのかよ。こいつも言ったが、この地にはカスミの旦那がいるんだぜ。万が一逃げた者がいても、一人や二人位なら、あの人が見逃さねえだろ」
自分の一族の方には関与しなかった蓮が、呆れてつい言ってしまった。
ああいう一族の掟を重んじる者は、大概多勢でその掟を主張する。
だから、この国で一人逃げ回って、カスミと鉢合わせして嫌みの一つも言われるより、早々に国に帰る事を考えるはずだ。
報復に、介護人であるリヨウの子供を探して、命を狙おうと思う余裕は、ないだろう。
それにその話は、蓮が健一と話した夜の数日後で、二、三年は前だ。
いくらなんでも、時間を置きすぎだった。
「だな、あの時期、お前のガキはまだ、河原家にいたんだから、報復の対象になるはずもねえ」
頷いて葵も同意し、ずっと黙っている河原巧を一瞥した。
「じゃあ、あれは、何だ? 何で、あんなモノを操る奴に、伸が狙われるんだ?」
「……」
リヨウの最もな問いに、蓮は天井を仰いだ。
正直、ここからの方が厄介だと、思わなくもない。
「……その、伸君は、確か中学一年生ですよね?」
「ああ」
「十三、か。多感な年頃、だな」
エンとオキが、しみじみと頷き合った。
多感な時期の子供に、心当たりがあるのだろう。
それは目の前で不貞腐れている、元子供だろうと当たりが付けられるが、蓮は苦笑した。
多感な年頃に、縁がない奴にも、二人は心当たりがあるだろう。
「予想通りの奴だったんで、オレは拍子抜けしてんだが。お前らはどうする?」
「オレとしては、少し疑問があるんです。あなたがその予想を立てた根拠は、何ですか?」
「根拠、という程大仰な話じゃねえよ。ただ、知ってたんだ」
あの土人形を作れる人物に、蓮は心当たりがあった。
そして、それを知るのは、蓮だけではないと言うのが、厄介な話になる要因でもあった。
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