扇子

 俄かに土砂降りの雨が降り出して、通りに軒を連ねる土産屋の一つに慌てて逃げ込んだ。店内はそこそこクーラーが効いているようで、それなのに入り口からは地面から跳ねるしぶきと湿気とが合わさってそれが蒸し蒸しと漂ってくるほどだった。それは通り雨というよりも、もはや豪雨というほどの勢いで、だからこそしばらく待てばじき収まるだろうと踏んで、ちょうど格好良い扇子が欲しかったのもあって、つかの間二人でお店の中を見物することにした。手近に飾られているサンプルの品を開いたり閉じたりしながら棚の間をうろうろしていると、横から澄が「見て〜!」と私の腕をつついてきた。


「これ銀目に似合うと思うにゃあ〜」


 澄が差し出す扇子を受け取り、広げてみると、どうやら和風の柄のベースに、黒猫らしいシルエットが沢山プリントされていて、それぞれがニコニコと笑っている。なんとも可愛らしい。格好良くはないが。


「それ私のマネ……?」


「……えへへ」


 なぜか真似をした方であるはずの澄が照れており、同じく展示品と思しき扇子を広げ、それではにかみ気味の顔を半分隠している。「へぇ〜、フーン……」そんな澄をじっと見つめ続けてみると、澄はだんだん顔を赤らめていき、終いに扇子で顔を全部隠してしまって、わぁーっと声を上げるだに、手に持っていたサンプルを私の手に押し付けて、店の奥にそそくさと入っていってしまった。私は澄のくれたサンプル品を戻して、そのうち猫の柄の商品だけ手に取って携え、澄の後を追う。


*


「これなんてどう?」


「素敵ニャー」


「これは?」


「かわいいニャ」


「………」


 じっとりと向けられる視線をよそに、可愛いなあと思いながら、素知らぬ振りで和手ぬぐいを物色していると、ふいに尻尾がサワサワとする感触があり、「……銀目は意地悪だねー。ねー、尻尾ちゃん」と、なぜか私の尻尾を撫でながら、尻尾に対して同意を求めている。「ごめんニャー」何となく澄に似合いそうな手拭いを見繕って広げ、上目遣いで謝ると、澄はじっとりした視線のまま、しばらくした後に手拭いを受け取った。


*


 手拭いと扇子の代金を払ってお店を後にすると、お店の敷居を跨ぐあたりでむっと湿気の壁があって、それを抜けるだに一気に眼鏡が曇ってしまった。先ほどまであれほどの勢いのあった通り雨はどこへやら去ってしまって、蝉の鳴き声と、強い日差しとが再び戻ってきていた。通りには幾らかの往来も戻り始めていて、どことなく雨が降る前よりも暑さが数段増していて、その証拠に、二人で連れ立ってしばらく歩いているうちにもすぐに額に汗が滲んできてしまう。紙袋の中から手拭いを取り出して澄に渡し、澄がそれを額に当てているのを横目に扇子をパタパタ扇いでいると、雨に濡れて眩しく艶がかったアスファルトの上に、ふと陽炎が景色を歪ませながら立ち昇っていくのが見えた。

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