第7話

 城に主を送り届け、奉行の屋敷では隣の座敷に控えていた北井の屋敷にやって来た蓮は、そこで待っていた若者に、苦い顔で文句を言った。

「おい、ガキを死んだ後までってのは、武家が試し切りに使っていたせいなのか? あんた、知ってたのか?」

「調べ上げれば分かると高をくくっていたが、お前までその体たらくか」

 呆れた鏡月の返しに、蓮は舌打ちしただけだが、池上は体を縮めた。

「申し訳ありません」

「まあ、後々の精進に期待する。もう少し、腕を磨く事だな」

 深々と頭を下げる男の横で、北井が天井を仰ぐ。

 一同心の小者が、随分と重い任務を、持ってしまったようだ。

 一族ごと召し上げられる日も近いかもしれないと、何やら複雑な気持ちで座っている侍に構わず、鏡月がのんびりと切り出した。

「無茶な命を受けたそうだな。どう治めるつもりだ?」

「無茶でも何でもねえよ。手を下すのは二つほどの家だけで、後はあのお方が言いように話を持って行くはずだ」

 こんなこともあろうかと、蓮は姪っ子を動かしていた。

「戻って来ているもんと、思ってたんだが……」

 ユズにしては遅いと、蓮は僅かに眉を寄せた。

 てっきり、ここに自分よりも、早く来ていると思っていたのだ。

 不測の事態が起きたのかと、蓮は家の者に小さく断りを入れて、立ち上がった。

 門の前に出ると、丁度見慣れた小さな人影が歩み寄った。

「蓮……」

 遅いと叱る言葉は、出ない。

「どうした?」

 近づいた女の顔色が、いつもより白い事に気付いたのだ。

 答えかけたユズが、蓮の後ろから続く若者と男たちに気付き口を噤み、躊躇った後に更に近づいて伯父に耳打ちした。

「……確かか?」

「ええ。まさか、クロだけでなく、あの人たちまで……」

「いや、考えられることではあったが、そこまで最悪な事態と、思わねえようにしてただけだ。そうか、あの薬の出所が、あの人か」

 耳打ちされた名を、しっかりと聞いた鏡月だが、聞かぬ名に首を傾げている。

 だが、蓮が舌打ちをするくらいには、厄介な奴らしい。

「あの馬鹿親父の上を行く、厄介な奴か? その、セキレイと言うのは?」

「似たり寄ったり、だ」

「あの親父が、珍しく大人しいと言うのに、訳分からん奴が敵か」

 呑気に首を振りながらの嘆きに、蓮は目を細めた。

「……あの旦那、江戸にいるのか?」

「ん? 知らんのか? 数年前からいるはずだぞ。随分、羽振りがいい大店の旦那格に収まっている」

「……」

 呆れた顔の蓮に代わり、ユズが溜息を吐きながら呟いた。

「もしや、それが目的でしょうか?」

「かも知れねえな。ったく、どうでもいいが、この国で悶着を起こすのは、勘弁してほしいもんだなっ」

 しかも今は、カスミのもう一人の倅も、江戸にいる。

 苦い顔の若者に、鏡月はのんびりと言った。

「何のことかは知らんが、命知らずな奴なんだな、あの馬鹿親父を、敵に回そうとするとは」

「で、どこにいるんだ、あの人は?」

「それが、あの旗本の家の離れに、宿を取っているようです」

 蓮が天井を仰いだ。

「鉢合わせするじゃねえか。よりによって、奴らと」

 セキレイが、嫌っている親父がいた賊紛いの群れを、見逃すはずはない。

 あの男が引き連れている奴らは、寄せ集めではない。

 まごう事ない、夜叉集団だ。

 寄せ集めの賊である、セイの方の分が悪い。

 ユズの話では、セキレイ以外の怪しい者は見当たらなかったようだが、これから集い始めるかもしれない。

「よく分からんが、そいつらをどうにかすると言うのなら、丁度いい。北井と池上の援護の方を、お前がやれ」

「……いや、ちょっと待て。それじゃあ、そいつらをどうにかする事が、出来ねえだろうが」

 奉行所の管轄の仕事は、町民の所業の取り調べだ。

 武家であるあの屋敷から、完全に外れる交代のどこが、丁度いいのか。

 つい声を荒げる蓮に、若者はのんびりと答えた。

「カスミに繋げ。その男がカスミに恨みがあるのなら、あいつにその後始末を押し付けてしまえ」

「んなこと……」

「あのな、こういう事は、言いたくないんだが……こちらとしては、会いたくない人まで、江戸入りしているのが分かったんだ」

 眉を寄せた若者に、鏡月は真面目に続けた。

「本当は、ここで下りたいくらいに、不味い人だ。だが、一度受けた話を投げだすのも、後味が悪いのだ。だから、代われ」

「……あんたの私情かよ」

 呆れつつも頷き、蓮は付け加えた。

「あの人と話をつけてから、代わろう」

 話して分かってくれるなら、それに越したことはないと、蓮は久しぶりにその人と会う覚悟を決めた。

 実の父親と、顔を合わせる覚悟を。


 勘がいい倅を持つと、何かと役に立つ。

 セキレイは、自分の女が残した倅の言伝を聞き、深く頷いた。

「そろそろ潮時、か。これで少しは、あのボケ親父も、窮地に落とせたか?」

 余り、そう言う感覚がない。

 あの大店に押し入って、店の者を皆殺しにした上で、金を根こそぎ奪う方が、溜飲は下がるかもしれない。

 だが、それでは嫌っている父親と、同じところに落ちてしまう。

 夜叉の国に迷い込み、そこで頭角を現した男は、意外に人がいい夜叉の一族を、人の世で暮らせるようにする事を目的に、大陸で根を張っていた。

 この国に、そこまで恨みはないが、商いの糧になるのならと、ある商人を通して顔見知りになった武家に、薬を売ったのが江戸に来たきっかけだ。

 そこに、偶々、父親が根を張っていたのだ。

 しかも、全く血の繋がりのない子供を、兄弟と育てていた。

 その内の一人にも、含むところがあった。

 好いた女が残した倅の、実の父親が、一緒だったのだ。

 実の倅は放ったらかしのくせに、何をやっているのかと思ったのは、仕方がないだろう。

「そう言う人なんだろ」

 と、倅は吐き捨てただけだが、育ての親のセキレイは、許せなかった。

 父親の兄弟が、自分の妻を寝取り、子供を作った挙句に捨てたのだ。

 少し嫌がらせしても、罰は当たらないだろう。

 そんな気持ちで、セキレイは覚えたてのこの国のひらがなで、お上に訴えた。

 そうしておいて、客である殿に適当に見繕ったお店の名を出した中に、その男の家の名も加えたのだった。

 後始末用に薬も大量に買ってもらえ、まさに一石二鳥だった。

 二人の妖しと、奇妙な侍を逃がしたのは痛いが、一度もセキレイとは顔を合わせていないから、不味いと言う程ではないだろう。

 お上も動き、旗本家とやらのこの武家も、危うい立場になりつつあるようだ。

 そんな中の、倅の言伝だった。

 すでに江戸を離れ、この島国をも後にしているはずの倅の言伝に、セキレイは頷いた。

「そろそろお暇するか。これ以上長居して、この国に裁かれるのは、御免だな」

 だが、その前に確かめた上で、やりたいことがある。

 言伝に来た女を見送り、この屋敷の殿を煙に巻いてセキレイが屋敷を出たのは、昼間だった。

 浪人に見える装いで、町を歩く。

 妙に活気のある町で、人懐こい者が多い。

 が、武家の姿のせいか、セキレイを見る人間は、腰を低くして頭を下げていくだけで、怪しまれている様子はない。

 歩みを早めた男は、茶屋の一つの前で立ち止まった。

 傘を取った浪人者が、出された茶をゆったりと啜っている。

 やけに色の白い、この国では背が高い方のその若者は、立ち止まった男を見上げた。

「お急ぎで、どこに行かれるんですか?」

 今は、黒い髪を背中に流した若者が、やんわりと声をかけた。

 言いながら立ち上がり、目を見開いたままのセキレイに近づく。

 その若者を見下ろす形で見返し、男は笑いかけた。

「丁度良かった。急ぐ話ではないが、ここで話すには人の目があり過ぎる。場所を変えて話さないか?」

「ええ。私の方も、話したいことがあります」

 無愛想だが、怒っている様子がない若者を連れ、セキレイは町のはずれの方へと歩き出す。

 横を歩く若者セイに、気楽に尋ねた。

「いつから、江戸にいるんだ?」

「あなた方より、二月ほど後から、です」

 立ち止まって思わず見下ろす男を見返し、セイはやんわりと言った。

「あなたらしくない、商いをしましたね」

「そう言うな。薬売りは、買って貰えてなんぼだ。この国では禁制でも、売れるもんなら、何でも売る」

「どうして、あんなことをしたんですか?」

 素直な問いに、男は再び歩き出しながら、つい笑った。

「あんなこととは、訴えた事か? それとも、あの男の家の名を、あの武家に漏らした事か?」

「どちらもです。まあ、訴える文書の方は、あなたらしいです。あなたがこの件に係っているのを知った時、意外に思ったくらいですから」

 セキレイは、子供に優しい男だ。

 惚れた女が残した、血の繋がらない子供を引き取り、育てる程の男だ。

 だからセイは、子供を金稼ぎに使うあの武家に、セキレイが絡んでいるのが分かった時、意外に思ったのだ。

「話が来た時は、まさか使う相手が、子供とは思わなくてな。牛馬の様な言いようだったんだ」

 買い手が、暴れて困ると文句を言って来た、大人しくさせる良い物がないか。

 そんな話から、セキレイの薬に、白羽の矢が立ったのだ。

 そう言う男に、若者は小さく笑った。

「その割に、随分優しい薬を、売りましたね」

 あの蔵に入る時、相当の覚悟で行ったのだが、意外に弱い薬で驚いたものだ。

「抗う生き物に、少しでも楽なものをと思ったら、あれしかなくてな。ただ、口から与えず、煙にしろと言っておいた。口に入れると即、死ぬか、免れても廃人になる薬だ」

 煙だけなら、自我を失くして大人しくなり、痛みすら感じなくなる。

 どんな生き物に使うにせよ、それで罪悪感は免れると、セキレイはその薬を選んだ。

「蓋を開けてみれば、あんな年端もいかんガキに使う代物だった。あの薬でよかった」

 そして、相手も満足だったらしく、大枚をはたいて大量に買ってくれた。

 それは嬉しいが、このまま続けられるのも後味が悪い。

「丁度その頃、奴らも江戸に住まっているのを知った。あの話を秘密裏に漏らした上で、武家には注進した。あの男の家以外は、目に止まったお店や家だ」

「……」

 つまり、どの家も、とばっちりで窮地に落とされてしまった、という事だ。

 予想はしていたが、口にされると呆れるしかない。

「あなた、自覚はおありですか? その所業は、あなたが最も嫌っている男が、やらかす所業ですよ」

「ああ。それは感じていたが、仕方ないだろう。それに、あそこで阿片まで使うようになるとは、オレも思わなかった」

 あっさりと己の非を認め、男は立ち止まった。

 町から外れ、林の一つに入ったセキレイは、確かめたいことをまずは問いかけた。

「お前は、どうして江戸に来た?」

「江戸見物です。この国で一番偉い武家が住むと言う場所を、散策したいと常々思っていたんです」

「ほう、一人でか?」

 やんわりと笑う男に、セイは首を振った。

「一応、連れは数人います」

「散策で、この件を知ったのか? その割に、詳しいな」

「散策をし始めた時の、お店の喪中の数が、多すぎたのが気になっただけです」

 興味本位だと言う若者に、男は滑るように近づく。

「興味本位で、子供を盗んでたのか?」

「いけませんか? あなたも昔、言いましたよね。私は、人がいいんです。知ったからには、見過ごせませんよ」

 間近に寄った、自分より大きな男を見上げる目に、怯えは微塵もない。

 無言の圧にも負けない若者に、セキレイは真っすぐ尋ねた。

「あの旗本を、獲物にする気だな?」

「そうだと答えたら、引いてくれるんですか?」

「お前次第だ。お前は、オレから離れる時言った筈だ。腹違いの兄弟が率いるあの集団、あれを何とか分散させるから、手を下すのはやめてくれと。お前が染まってどうする?」

 見下ろす目が剣を帯びたが、セイは変わらぬ静けさで答えた。

「染まってはいませんよ」

「なら、何で、獲物の物色をしてる? どういう画策で分散させる気かは知らんが、お前が賊紛いの事に、手を貸すのを知っていれば、あの時、承諾などしなかったぞ」

「物事には、順序と言うものがある。あなたが言う分散と、私が望む分散には、意味合いに大きな違いがあるだけで、落ち着く先は同じです。気長に待っていて欲しいんですが」

 苛立たし気に、セキレイは舌打ちした。

 昔、初めて会った時から、頑固なところがある若者だった。

 何の思惑も感じない分、質が悪い。

「悪いが、お前の考えは、オレの意には添わない。旗本家に押し入ると言うのなら、丁度いい。奴らを、根絶やしにしてやる」

 言いながら、見上げたまま後ずさる若者に、手を伸ばす。

 その手を払おうと動く手首を攫み、気づいた。

 生身の腕だ。

「お前、トカゲの妖しか? 違うはずだが……」

 焦るセイに笑いながら、片手を袖口に入れ、隠し持っていた物を取り出す。

 取り出したものを凝視し、ゆっくりと男を見上げ直す若者に、セキレイはきっぱりと言った。

「全て片付くまで、お前は寝ていろ」

「……こうなるとは思っていましたが、残念です」

 顔を伏せたセイに、男は更に手にした香炉を近づけた。

 が、不意に横合いからの拳をまともに受け、何が起こったか分かる間もなく、地面に転がった。

 起き上がったセキレイが見上げた先に、竹の様に細長い女が立っていた。

 その背丈が大きくなければ、どこぞの町で小町と謳われても、おかしくない女だ。

 その後ろに庇われているセイも、驚いた顔で女を見ていた。

 そんな若者を振り返り、雅は言葉だけは優しく投げた。

「大丈夫か?」

「……何で、あんたがいるんだ?」

「ちょっと、あなたに確かめたいことがあってね、エンが仕事に出ている間に、探して会おうと思っていたんだ」

 今日、長屋を引き払うと言っていたが、エンは今日も魚売りに出て行ったらしい。

「ご挨拶も兼ねて、売り歩きたいって言ってた」

「そう、か」

 エンらしい。

 頷きながらも、まだ戸惑っているセイの耳に、今では慣れた声が、豪快な足音と共に近づいて来た。

「あ、姐御、あんた、足早いな。オレの方が早く、助けられると、思ってたのにっ」

 大きな男は、息を切らしながら女に言い、腰の刀に手をかける。

 そして、振り返ったまま、目を丸くしているセイを見た。

「どうした? 目が飛び出ちまうぞ」

「何だ、一人で動いていると思ったが、違ったのか」

 小さく笑いながら起き上がったセキレイは、内心焦っていた。

 香炉の中身は、地面のぶちまけられてしまった。

 隙をついて眠らせてでも、連中から遠ざけようと考えていたのに、完全に裏をかかれた形だ。

 まあ、二人だけならば、やりようはある。

 ここに、自分の手の者も控えているのだ。

 そう考えて女の背に庇われる若者を見たが、セイは珍しく驚いたまま固まっている。

「連中に大事にされて、毒されたのか? オレは悲しい」

「何を、寝ぼけた事を言ってるんです、お武家様?」

 雅が、優しく返した。

「私は、この子の兄貴分を、一年借り受けていただけで、あの連中の仲間ではありません。それもご存じないのか?」

「オレも知り合いってだけだ。昨日、こいつの様子がおかしかったんで、朝からつけてたんだ」

「はあ?」

 つい声を上げたセイに、葵はしみじみと頷いた。

「こういう事だったとはな。お前、蓮の親父さんと、顔見知りだったのかよ」

「あ、本当だ。匂いが似てるね。そういうことか、つまりは、エンの腹違いのお兄さんが……。なるほどねえ、あなたって、分かりにくいようで、分かりやすいねえ」

 空を仰ぐセイの前で、セキレイは呆然と呟いた。

「奴らの仲間じゃない? それに、蓮、とは、あいつのことか?」

 そんな男に構わず、頭を抱えたい気持ちの若者に、雅は説教した。

「あなたね、薬には弱いんだろ? ましてやこの人、蓮の血縁なのなら、薬に強い家系の人なんだろ? 無防備過ぎだ」

「……だから、わざと捕まって、内側から崩して逃げるのも、一つの手じゃないか」

「はあ?」

 力なく答えるセイの言葉に、今度は雅が声を上げてしまう。

 葵も、目を険しくしながら詰め寄った。

「お前な、自分を大切にしろって、何度も言ってんだろうがっ。蓮の父親とは言え、こんな得体の知れねえ男に捕まったら、薬が抜けるまでに、どんな酷い事をされるか……」

 相変わらず心配性の男に、セイはうんざりと答えようとしたが、聞いていたセキレイにその言葉を遮られた。

「ふざけるな、誰が酷い事をするか。他の奴ならまだしも、こいつは手とり足取り、身も心も解して、モノにするに決まっているだろうがっ」

 目を瞬く若者の傍で、男女が声を上げた。

「ふざけるなっ」

「そんなこと、私がさせない。少なくても、私の目が黒い内は、この子をあなたの手には落とさせないから、覚悟してください」

「そうだそうだ、こいつをきちんと幸せにできる奴だと、オレたちを納得させられねえ奴は、触ることも許さねえぞっ」

 この国の言葉は、分かっているつもりだったのだが、何故だろう。

 この三人が話す言葉が、半分も分からない。

 だがセイは、何やら聞き捨てならない事を言った女に、訊き返すことは忘れなかった。

「あんたの目の黒い内はって、そんなに長く一緒にいるわけでもないのに、何を言ってるんだ?」

「ああ、今決めた」

「……何を?」

 嫌な予感が、胸を掠めた。

「あなたに手を貸すことを、だ」

 足元の地面が、崩れるような衝撃が、セイを襲った。

 つい、ふらつきそうになる若者に、雅は続けた。

「あなたに確かめたかったことは、ここで得心できたからね。あなた、あの集団を解散に持ち込みたいんだな?」

 エンと話すうちに、セイの事も少し分かった。

 十八になった時、セイは一度、エン達の元を去った。

 数十年後に再会した時、別れた時と変わらぬ若者の姿を見て、戻って欲しいと言ってしまったと、エンは言っていた。

 無理強いは出来ない程に強いはずのセイが、暫く考えた末に戻って来たと聞いた時、雅はその違和感に首を傾げた。

 初めて会った時のセイは、道連れになった男たちの動きを慎重に見極めて、何とか穏便に事を治めようとしていた。

 後ろ黒い事に係ることを好むような、そんな若者ではないのだ。

 なのに、自分から進んで、賊の頭の座に戻って来た。

 気になっていた時に、あの会話が交わされたのだ。

 エンと離れると言った自分に、持って行ってくれればありがたいと切り出した若者。

 そんなセイに、二人の男女が言った言葉で、一瞬見せた顔。

 あれが、若者の気持ちを真っすぐに表しているように、感じた。

「明日の朝、一度山に戻る。戒にも身の振り方を、考えてもらわないといけないからね。その後、すぐに多恵さんの所に行って、あなた達の帰りを待っているよ」

「……」

「ただし、私は、押し込みには携わらない。血みどろの話は、好きじゃないんだ」

 見返す若者の目が、幼く見える。

 優しく笑って頷き、雅はセキレイを振り返った。

「こういう話になりましたので、あなたがわざわざあの者たちに手を下さなくても、よくなりました」

「……半妖が、偉そうに何を言っている?」

 後に引くのも癪で、男は険しい目を投げる。

 合図を出せば、手足として動く者が彼らを攻撃する。

「その半妖に負けるのでは、あなた方が余りに哀れなので、先に引いて欲しいのですが」

 優し気に答える女は、身を隠している者たちの事も、分かっている。

「力で勝てねえなら、それ以外で勝つ。オレはそのつもりなんだが、あんた、薬以外でこいつを負かせる術が、あるのか?」

 刀を抜きながら、葵はらしくない声をかける。

 そのただならぬ気配が、セキレイのこれ以上の動きを躊躇わせた。

「セキレイさん」

 静かにセイが声をかけた。

「うちの者ならまだしも、この二人では分が悪いですよ。人のいいあなたの手の方を、減らしたくないのなら、ここで引いて下さい」

「おい……」

「私は、まだ血縁の間柄に、憧れがあります。出来れば、エンとあなたが殺し合う様は、見たくない。親子間での争いも同じです。どうしても、引いてくれぬのなら仕方ありません。ここで、まずはあなた方から、殲滅します。薬がない今なら、あなたなど、赤子をひねるよりも容易く、片付けられる」

 そう言う若者の微笑みは、男の胸を深く貫くものだった。

「……その顔は、卑怯だ」

 何故か体を震わせて、セキレイは嘆くように告げた。

「分かった。今日の夜の内に、江戸を出る」

「有難うございます」

 頭を下げる若者に何か言いかけたが、二人の連れの目の険しさに慄き、何も言えずに男は歩き出した。

 その背に見送ってくれる視線を感じながら、元気な姿を見れただけでいいと、自分を納得させる。

 男を女に変える薬を考える時期かもしれないと、半ば真剣に考えながら旗本家に戻るセキレイの前に、侍が一人立ちはだかった。

 かなり小さい背丈の、若者だ。

「……お前まで、江戸にいたのか」

 つい疲れた声で言ってしまい、立ちはだかる若者を怪訝がらせてしまう。

「悪いのか? オレは元々、江戸の殿の陰で働いてんだが」

「そうだったのか。奇遇だな」

「ああ」

 気の抜けた返事に眉を寄せながら、蓮は切り出した。

「あんたが売った薬の出所が、既に知れそうになっている。あんたに手が伸びる前に、早く江戸を出ろ」

「ああ。そうする」

 答えると、蓮は拍子抜けした顔をした。

「何だ?」

「いや、カスミの旦那が江戸にいるの、知ってんだろ?」

「ああ。ついでに、赤毛の馬鹿男もいるな」

 若者の目が、見開かれた。

「何だって? コウヒの親父か?」

 やばい、そんな顔をした蓮に、セキレイは疲れた声で言った。

「お前が、お上側で働いてるのなら、尚更引くしかないな。心配するな、今夜中には江戸を発つ」

「何だ、妙に引きがいいな。何かあったのか?」

「いや……」

 力なく笑い、父親は言った。

「逃がした魚に会えたんで、力が抜けちまったんだ」

「?」

「あんな奴らまで周りに来ちまうとなあ、惜しい事をしちまったなあ」

 何の話かは分からないが、くだらない色話に違いない。

 蓮は疲れたまま手を振って去っていく父親を、その場に立ち尽くしたまま見送った。

 呆気ない再会だったが、自分達らしいと思わなくもなかった。

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