55 残日
雪まつりライブが済んだ芸能研究部に残されたライブは、残り三つであった。
まずは、卒業式で三年生を送るための校内ライブで、これは在校生がメインなので、Marysに明日海と耀、椿が加わる特別編成となる。
二つ目は町の体育館で行なわれる、神居別で開かれるラストのライブで、これは逆にロサ・ルゴサがメインながらMarysも参加する、十人での全員で開く最後のライブとなる。
そして三つ目はきたえーるで開かれる、ロサ・ルゴサ解散ライブである。
その練習が始まると、
「考えてみたら十人でライブなんかしたことなかったよね」
というすず香の指摘どおり、Marysとロサ・ルゴサは別にライブを開いていて、十人編成では一度もしたことがなかった。
「こんなに大人数でするのなんか初めてかも」
すず香は感慨深く言った。
慶子は綾とドラムを担当するのだが、
「メインドラムはあやちでいいよ。私は他のパーカッション出来るから」
他はパート分けをしたり、譜面で割り振りを決めたりしながら練習を進めてゆく。
「私はたまにサックス吹きたいから、リリーがボーカルやりなよ」
明日海は言うのであるが、しかし主役の一人が歌わないのは困るといった異論が出て、
「仕っ方ないわねぇー」
明日海は凛々子とパート分けして歌うこととなった。
優花は椿と組むのでメインを優花、サブを椿という風に決めてパート分けをすると、メイン用の楽譜を優花に手渡してから、
「これからは優花が頑張らなきゃならないんだからさ、ちゃんとしなきゃダメだよ」
まるで親のような言い方をしたので、それがおかしかったのか、優花は思わず吹き出して笑ってしまった。
沙良はすず香と練習をしていたが、すず香が受験の準備のために不在がちであったことから、おのずと沙良がメインパートを引き受けることとなった。
それについて、すず香は何も言わなかった。
「普段なら私に話ぐらい通しなさいとか、あーだこーだ言いそうなのにねぇ」
敢えて言わなかったのは、照れ臭かったからなのかも知れない。
「何だかすず香らしいなぁ」
慶子はすず香が意外にも恥ずかしがり屋な顔があることを知っていて、それを指していたようである。
「あれでいてすず香は寂しがり屋で、シャイなところがあって、だからさよならなんか言いたくなくて、それで受験の準備ってことにして、なるだけ言わないようにしてるのかなって」
すず香が別れるときに「またね」としか言わないクセがあることを慶子は披瀝してから、
「素直じゃないけど、手もかかるけど、だから逆に仲良くなれたのかなって」
そのすず香の誘いがなければバンドなんてしなかった──慶子は、物思いにふけるような言い方をした。
卒業式ライブは卒業式そのものが終わってから開かれた。
送られる側にはすず香と慶子、送る側の席には明日海と耀、沙良、凛々子、優花、綾、芽衣、そして椿がいる。
「今日は卒業生の皆さんへ、
ステージにこの日のために編成された七人が立つと、
「それでは聴いてください、『Thank you』」
今や卒業ソングの定番となりつつあったナンバーである。
何度も聴いているはずなのに、何度もライブで歌ったはずなのに、なぜか明日海と凛々子、沙良のトリプルボーカルの歌詞が耳へ入るなり、すず香は涙がハラハラとこぼれてゆく。
時々すず香の涙腺が緩くなることがあるのを知っている慶子でさえ、このタイミングで泣くことは想像すらしていなかったらしく、
「…ったく、小さな子供じゃないんだから」
慶子がティッシュを差し出すと、無言ですず香は鼻をかんだ。
普段であればこのあとは耀の家のライブハウスを使ってラストライブをするのであるが、今回はキャパシティの関係で町の体育館を使ってのラストライブとなった。
このときには保護者や後輩、あるいは地元に二校しかない中学の生徒を入れたりもしたライブとなり、かつては耀も、明日海も、Marysの今のメンバーも、ロサ・ルゴサのライブを見て、バンドを目指したきっかけとなっている。
「今日は十人だから豪華に行くよーっ!」
ちょっとしたビッグバンドのような編成で、スクバンのために作られたナンバーが数々披露されていくと、いつしか観客席から一緒に歌う声がしてきた。
「みんな、この歌も知っててくれたんだ…」
途中、思わず明日海が涙ぐんだのは、花が作詞作曲した『空は嘘をつく』と、甲子園で何度もブラスバンド演奏された『キミの勇気、ワタシの勇気』であった。
客席を見ると、菱島飛鳥がいた。
飛鳥の隣には高梨あかりがいて、さらに駒木根梓もいた。
感極まってしまったのか、
「もう…あんまり泣かすなって」
明日海が顔を覆ってしまうと、ベースのポジションから耀が出てきて、
「たまには私が、ボーカルしてもいいよね?」
そう言うと、耀がボーカルをしていた頃のナンバーであるアルバム曲『おやつにしちゃうぞ!』が繰り出された。
声は、ほぼ戻っている。
「だから今度からは、デュオできるよ」
耀は自信を取り戻していたらしく、
「もしかしたら二人で何かできるかも知れないなぁ」
ファンにすればそれは、一条の光芒であったかも分からない。
ライブは大々的に盛り上がって公演を終えることができた。
「もう…明日海が急に泣いたりするから」
それでも耀は、ライブの最後に一緒に歌えたのが嬉しかったのか、
「これ、きたえーるでやったらウケるよ」
早くもラストライブの演出に使うつもりでいたらしい。
「やっぱり解散はしなくてよかったような…」
芽衣の指摘にすず香は、
「あのね芽衣、ロサ・ルゴサは誰か欠けたらそれで終わり。それがうちららしいような気がする」
一度決めたら曲げないすず香らしい言い回しで返した。
「…私たち、超えられるかなあ?」
凛々子が思わず漏らすと、
「…私はリリーは明日海やピカを超えてゆくと思うよ」
だってそう思わなきゃ人生つまんないじゃん──まるでサラリーマンのようなすず香のセリフに、
「何か叩き上げの課長みたいですね」
「ノンタン部長の下だから課長ってことね?」
すず香の切り返しに、たまらず綾と優花が吹いた。
一日だけ休むと、ラストライブに向けたリハーサルが始まった。
「泣いても笑っても最後やから、えぇ顔してライブしょうや」
松浦先生は明るく言った。
生徒を縛る訳でもなく、かといって何もしない訳でもなく、さりげなく仕向けるように導いてゆく指導法は、年が明けてから教育の参考として注目を集め始めていた。
四月からは、新しく誕生する全日本高等学校スクールバンド連盟の理事として、Marysだけでなく全国にある数千ものスクールバンドのバックアップをすることとなる。
もちろん慶子は会えなくなる。
片想いのままで終わることは分かり切っていたのかも知れなかったが、それでも折を見て訊いてみたいとは考えていたようで、
──どうなんだろ、訊いてみようかな。
前に星原涼太郎が言っていたことも、まだ引っかかっていたらしかった。
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