54 発表


 大晦日の歌合戦の生中継のリハーサルがウイスキー工場の資料館で始まると、周りにいた観光客が次第に集まって来ていた。


「あ、ロサ・ルゴサだ!」


 たまたまバスツアーで来ていたらしいが、ラッキーであったろう。


 中継はトップバッターなので、番組が始まる19時半までは少しだけ時間が出来た。


「ここ来るのって、小学校の社会見学以来だよね」


 町にたった一つしかないウィスキー工場は、神居別の町の歴史とともにあった建物でもある。


 しかしメンバーとの関係性は薄く、せいぜい樽の修理を慶子の実家の木工所で時おり請け負うぐらいのものである。


「うちにここのウィスキーが修理費の代わりで来るんだけど、昔小さな頃、麦茶と間違えて飲んじゃったことがあったらしくて」


 母親が慌てて吐かせて病院に連れて行かれた話をすると、


「ノンタンって案外そそっかしいんだね」


 すず香は涙を流して笑った。




 19時のニュースが終わり、司会の声で歌合戦が始まると、


「女性軍のトップバッターは、なんと北海道からの生中継です!」


 画面が神居別の資料館に切り替わった。


「みなさんこんばんはーっ! 北海道が生んだスクールバンド、ロサ・ルゴサでーす!」


 メンバーが手を振る。


「実は皆さんに、この場を借りて大切な話があります」


 明日海はいきなり切り出した。


「来年三月の今の三年生の卒業をもって、ロサ・ルゴサは解散します!」


 番組冒頭の爆弾発言に、司会はうろたえた様子で、


「どういうこと?」


「いや、文字通りの解散です」


 明日海が切り返した。


「何で?」


「なんでって…今のメンバーの誰もが欠けてもロサ・ルゴサにはならないからです」


 簡潔だが、隙のない言葉である。




 スタッフから巻きの指示が入り、


「…それではスタンバイよろしくお願いします」


 そのまま明日海は『キミの勇気、ワタシの勇気』を歌って出番は終わったのであるが、


「いやぁ…いきなり先制パンチを食らったような発言でしたねぇ」


 今どきの女子高校生は大胆ですね──司会はうまく切り抜けてその場はおさまったのであるが、SNSのほうがざわついていたようで、


〈三浦明日海すげぇ大胆〉

〈いきなり解散宣言で時間を止めた〉

〈イマドキJKらしい空気の読まなさ加減〉


 など様々な意見が年明けまで飛び出し続け、歌合戦や駅伝の話題が並ぶ中で、検索キーワードのランキングに異彩を放つ様相となった。


 当たり前ながら誹謗中傷もあるにはあったのであるが、


 ──そんな悪口は少数の暇人しか書かないんだから気にしなくていい。


 という情報番組の女子アナコメンテーターが泣きながらロサ・ルゴサを擁護したことと、年明けすぐに六本木のキャバクラ嬢がストーカーに刺された事件で、ニュースをそちらに持っていかれたことで、いつの間にか話題にものぼらなくなっていった。




 しかし。


 解散宣言だけは変わらない。


「先輩たち、けっこうやりましたね」


 登校日に会うなり、沙良が少しだけ皮肉まじりに言った。


「でもあのぐらいやらないと、ちゃんと出来ないからね」


 明日海は先を見ていたようで、


「だからMarysも先々を考えながら活動しなきゃダメだよ」


 元旦のスポーツ新聞の一面もほぼすべてがロサ・ルゴサの解散宣言で、


「派手にやったね」


 芸能界の先輩でもある武藤小夜子から明日海にLINEが来ると、


「私たちの反抗期みたいなもんかなぁ」


 どうやら大人の感覚とは違った尺度で動いていたようである。




 冬休みが明けて三学期に入り、すっかり根雪で真っ白になった神居別の町は、静けさを取り戻しつつあった。


 この頃ともなると解散の話はすでに既定の路線で固まっていたようで、


 ──解散ライブ、いつになるんだろうね。


 といった噂が出始めていた。


「…でも確か、きたえーるライブ決まってたよね?」


 三月末に、スクバンで行ったきたえーるでのライブがあることはすでに告知されてある。


 そこを耀は言ったのである。


「それがロサ・ルゴサのラストライブだよ」


 すず香は言った。


「ラストライブ、かぁ…そんな日が来るとは、初めの頃なんて考えもしなかったな」


 椿に言わせるとスクバンに出たことも、デビューしたことも、すべてが思わぬ形であったらしい。


「単に楽しそうで始めただけなのに、それがこんなことになるなんて」


 今どきアニメでもこんな展開はないよ──椿の表現に、すず香は笑い転げた。




 来年度からは音楽コースが学校にも新設され、いまのMarysのメンバーと明日海、耀は音楽コースの生徒として編入されることも決まった。


「小さな田舎の学校やからね…特色を出さんと学校消えてまうやろ?」


 松浦先生が学校に掛け合って、道筋をつけてくれたらしい。


「こうなるとMarysも大変だよね…間違いなく意識の高い後輩が来る訳だから」


 椿には、何となく先がぼんやりながら見えたいたらしい。


「だけどプロはプロ。学校でバンド組むなんてのはそもそもファンタジーみたいなところがあるから、冷静にシビアに見なきゃならないんだよね」


 明日海や耀もいるから大丈夫とは思うけど──椿にはそうした細やかなところがあるらしかった。





 二月になると今度は、札幌の雪まつりでのステージライブがあった。


 最初で最後の雪まつりライブ、しかもご当地バンドの登場とあって、交通規制がかかるほどの騒ぎとなったのであるが、


「みんなーっ! 今日は飛ばして行っくよーっ!」


 明日海のコールにファンは応え、ノリのいい『僕たちは振り返らない』『キミと踊ろう!』など7曲ほど披露し、雪まつり最終日の会場を盛り上げるのにひと役買う恰好となった。


「こんなに人気あるのに…なんかもったいないね」


 ライブを見に来ていた吉田葵は、隣で見ていたメグに言った。


「いや」


 メグはそれは何かが違う、と言いたそうな雰囲気を出してみせた。


「?」


「あの子たちは最初から、こうすることを決めていたんだと思う」


 メグは確信があったらしい。





 何かを言いたげな葵に、


「だってそうじゃなかったら、あんなにスピーディーに飛ばしたりなんかしないもん」


 プロにはペースの配分というのが要る。


 メグはライブハウスで、数々のプロのバンドも見てきただけにそこは分かっていたらしく、


「だからあんなにハイペースで飛ばして、この子たちはもしかしたら早く解散して、自分たちを伝説にしようとしてるんじゃないかなって」


 メグの目にはそう見えていたらしい。


「でもそれを決めたのは今の彼女たちだし、私たちはそれについて、口を挟んではならないんだって思う」


 メグの推論を葵は黙って聞くより他なかったようであった。


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