53 英断


 十二月に入った。


 無事に期末テストも終わると、部室に十人と佐藤真凛、松浦先生が集まって、新年度以降についての話し合いが持たれた。


「まずは新しく来る先生なんやけどな」


 松浦先生いわく、後任にはスクールバンドにあまり干渉しないように、ベテランの新岡にいおか勝先生に頼んだ話をした。


「新岡先生なら、生徒の自主性に任せた運営をやってくれるはずやから、そのほうがえぇかなと」


 他所では熱血教師が指導して軋轢を生んだりしている話もあるので、松浦先生はそこを気にしていたらしい。




 次は3出制度で大会に出るのが休みになるので、1年間活動をどうするかという問題である。


「何しろダメ金含めて3年連続で金取ったから、次は休みなんだよね…」


 すず香は述べた。


 スクバンには3年連続で金賞を取ると翌年は休み、という通称3出制度というルールがある。


 これは同じ学校が何年も連覇をして、人材が一極に集中しないようにと定められてあるルールで、それによって神居別高校は来年が一年間スクバンに出られないことになる。


「だからMarysは来年はスクバン出られないんだけど、どうしたもんかなって」


 耀によると、他校の例ではプロの指導者に指導を受けたり、一年間留学したりする──というのが一般的であるとの由で、


「それで、私はうちのライブハウスに来る先生に基礎みっちり見てもらおうかなって」


 耀はベースを上達させたいらしい。




 いっぽうで椿は、


「私は交換留学制度を使おうかなって」


 神居別町は日本海を挟んで対岸に位置する、ロシアのミナリンストク市との姉妹都市交流があり、交換留学の制度がある。


「それで、向こうに渡って、日本の音楽がどのぐらいのものなのか見てみたくて。外国語が出来る訳ではないけど、なんか面白そうだしいいかなって」


 これには一堂おどろいたが、


「一人ぐらい、こんな変わったのがいてもいいかなって」


 椿は頭を掻いた。


「それに交換留学の募集要項に、定時制とか全日制とか制限なかったし」


 よくものが見えている椿らしい炯眼ではあった。




 すず香は東京の音楽大学のAO入試を受けることが決まっており、


「私やっぱりピアノの先生になりたいんだよね」


「すず香の夢だもんねぇ」


 慶子は微笑ましく見つめた。


「ノンタンは?」


「私はまずは学芸員になるために教員免許を取りたいから、受験しなきゃならないんだよね」


 すでに入試の志望先を決めてあったらしく、


「京都の栖霞堂せいかどう大学に、単位制で教員免許を目指せるカリキュラムがあるらしくて、そこを受けようかなって」


 それぞれの道に向かって、すでに動き始めていた。




 そんな中で。


 明日海だけはまだ、将来の展望が見通せないままでいた。


「明日海は何か決まった?」


「うん…それなんだけど」


 明日海が切り出したのはロサ・ルゴサのことである。


「私は今でもロサ・ルゴサは花ちゃん含めて六人だって思いがあって、だから誰か今の五人の一人でもメンバーとして卒業したりしたらロサ・ルゴサは解散にしたいって思っていて…みんなはどう思う?」


 誰もが口にしたがらなかった話である。


「そんな…勝手なこと言わないでください」


 佐藤真凛が反駁すると、


「確かにロサ・ルゴサは人気も出てきたかもしれないし、大人たちからすればお金のモトだから、やめさせたくないのは分かりますけど、でも私たちはバンドである前に人間だし、女子高生だし、それに部活動の仲間なんです」


 明日海は決然と言い切った。


 もともと割とはっきり物を言う性分ではあったが、まさかそこまで言い切るとは思っても見なかったらしく、


「今でさえ一人欠けて完全ではないのに、卒業で二人欠けてしまったら、ロサ・ルゴサは醜態を晒すことになります」


 その前にいさぎよく解散して、新たな道を切り拓く──それが良いのだと明日海は言いたかったのかも分からない。




 そこへ。


 すず香が何かを思い出したような顔をした。


「そう言えば前に、美優先輩が話してたことがあって」


 それはロサ・ルゴサの名前の由来の話である。


「確かハマナスの学名だったよね?」


 慶子は何となくながら、聞き覚えがある。


「そう。で、ハマナスは一日で花を散らせて、でも次々新しく花を咲かせて実をつけるって話をしてて…もしかして、明日海それ知ってた?」


 明日海は瞠目し、


「…今、初めて聞いたよ」


「つまりロサ・ルゴサは、もう散る時期なんじゃないかなって。すでにMarysって新しいツボミが、開き始めてる訳だから」


 佐藤真凛に、反論する余地は残されていなかった。




 年末になるとロサ・ルゴサは音楽番組へ生中継での出演が続いた。


「…どこで話を出すんだか、恐ろしくて」


 佐藤真凛は松浦先生にぼやいたことがあった。


 こうしたときの松浦先生は、実に清々しいほど泰然としたもので、


「まぁ、首まで取られる訳やないですから」


 あのこの立ち騒いでジタバタするのは器の小さな人のすること──と言い、


「彼女たちを信じてやりゃあえぇんですよ。人なんやし」


 松浦先生の面目躍如たる言葉であった。


 年末の生中継出演は全部で四本あって、すべてライブハウスでの生中継である。


「みんなーっ、盛り上がってるかーいっ!」


 明日海のコールに歓声がわく。


「…こんなに人気あるのに」


 佐藤真凛にすればもったいなかったのかもしれないが、いさぎよい決断を目の当たりにしたあとだけに、


「…下手な大人より引き際をわかってるなぁ」


 感服するより他なかったようである。




 クリスマスの近づいた夜、Marysのメンバーはロサ・ルゴサから引き継いだ教会での子どもたち向けのチャリティーライブに参加し、何曲か歌って終わりに近づいたときのこと、


「みんなーっ、メリークリスマス!」


 サンタのコスプレをしたロサ・ルゴサの五人が裏口からあらわれた。


「今夜は私たちからも歌のプレゼントがあります!」


 周りにいた保護者たちもロサ・ルゴサの突然の登場に歓声をあげたが、


「今日は、みんなのために歌を作ってきました!」


 それでは聞いてください──というと、椿のギターで『君へのクリスマスプレゼント』という書き下ろしのナンバーを披露した。


 これには会場も盛り上がり、泣いている保護者もいた。


「私たちロサ・ルゴサが参加するチャリティーライブは今年が最後です。でも来年はMarysがライブをするので楽しみにしてくださいね!」


 明日海の言葉に、最後は拍手がわき起こってしばらく鳴り止まなかった。




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