52 帰郷
いよいよ結果発表、である。
8校のうち上位3校を除いた5校は、一斉に発表される。
「それでは発表です!」
並んでいる中に、5位にハリスインターナショナル高校はあったが、神居別高校はなかった。
「…ここまでは、去年もそうだった」
プレゼンターとして舞台袖に控えていたすず香は、隣にいた耀につぶやいた。
ここからは、上位3校に残ったバンドがステージに上がって、スポットライトが当たるのを待つ。
残ったのは秋田学院高等部、神居別高校、そして彦根第一で、神居別高校以外はどちらが勝っても初優勝で、しかもどちらも、県勢としての初制覇もかかっている。
「…胃が痛くなりそう」
意外にもすず香が険しい顔をした。
「…それでは、発表です!」
暗転し、ドラムロールが鳴った。
ドラムロールが止まると、少しばかり間があって、スポットライトが光った。
「…?!」
照明に照らし出されたのは、秋田学院高等部である。
「優勝は、秋田学院高等部〈小町娘。〉のみなさんです!」
大画面に出された結果は、
1位 秋田学院高等部〈小町娘。〉
2位 神居別高校〈Marys〉
3位 彦根第一高校〈TEAM AKAONI〉
と出ている。
「準…優勝…?」
舞台袖にいたロサ・ルゴサの全員が驚き、すず香は無表情であったが、頬から一筋の涙を流していた。
「…これが実力なんだね」
耀は目の色が変わっていた。
明日海は呆然とし、椿はそっぽを向いている。
慶子だけは天を仰いでため息をついたが、やがて受け入れたのか、
「…うん」
とだけ漏らした。
表彰式が始まると、優勝した秋田学院高等部のリーダー・南
このとき風が吹き、ハラリ、と神居別高校のネームリボンが舞った。
慶子はそれを手で押さえると、南華子に静かに授けた。
ついで、すず香が優勝盾を渡す。
準優勝の神居別高校には、椿から沙良へ準優勝盾が手渡された。
3位の彦根第一高校のリーダー・長路さやかへは、耀から3位のブロンズ色の盾が授与された。
ついでメダルは、明日海から全員へとメダルを首へかけてゆく。
すべて終わると、ロサ・ルゴサはステージから下がった。
記念撮影が終わり、Marysのメンバーがロサ・ルゴサの慶子のもとへと駆け寄ってきた。
「…ノンタン部長、…うっ、うぅ…うわあぁん…」
準優勝盾を手にした沙良が、顔をグシャグシャにしながら号泣して慶子の肩へもたれた。
よほど悔しかったものか、しばらく沙良は泣いたまま離れようとしなかった。
「…予選で負けたとき、一番泣いたのは美優先輩で、その後はすず香がひどく泣いてたよね」
慶子はそれがあって、泣けなかったらしい。
「…でも、みんなカッコ良かった」
感激していたのか、明日海は目を真っ赤にしている。
「芽衣ちゃん…帰ったら、特訓だね」
耀は芽衣に告げた。
「…はいっ!」
涙の跡もそのまま、芽衣は笑顔で返事をした。
連覇は果たせなかったものの、それでも2期連続の決勝進出は快挙として、神居別町では特別顕彰が帰校後に行なわれ、ロサ・ルゴサとMarysの芸能研究部は町役場で、町長から表彰状を受け取った。
メンバーには町から金一封が渡されたのであるが、
「…いくら入ってるんだろうね?」
と優花が封を開けようとしたので、慌てて沙良と慶子が止める一幕もあった。
この表彰から程なく、佐藤真凛が慌ただしく転がるように校舎へやってくると、
「…大晦日の歌合戦、出場内定しました!」
これにはメンバーも腰が抜けそうになったらしく、
「…マジ?!」
「しかも生中継です」
放送局サイドからは、町の駅前にあるウィスキー工場の中のレンガづくりの資料館からの中継を予定しているらしく、
「なので飛行機移動はないみたいです」
しかし記者発表は行かなければならない。
「でも…その時期、期末テストあるし」
慶子はしばらく頭を抱え込んでしまっていた。
すると。
「…椿ちゃんを行かせるのはどう?」
すず香が言うと、
「椿ちゃんなら定時制だから、あと一年あるし」
これには佐藤真凛もうなずいて、最終的には椿が代表して単独で上京することが決まった。
「椿ちゃん、ごめんね…なんか生贄みたいで」
生贄という慶子の表現に思わず椿は笑ってしまい、
「いや、むしろ楽しんでくるから」
椿も悪い気はしていないようであった。
記者発表は東京のテレビ局のスタジオに設けられた特設会場で生中継で行なわれた。
「はじめまして。スクールバンド、ロサ・ルゴサのギター担当の御堂澤椿です。今日は他のメンバーが期末テストなので、私が代表で来ました」
定時制には制服がなかったので、小柄な体格の似た芽衣の予備の制服を借りて、椿は会見に臨んだ。
ネコ毛のくせっ毛をツインテールにした椿は、少しだけ顔にそばかすがある。
それが赤毛のアンのような雰囲気に映ったらしく、
──癒やし系ギタリスト。
というあだ名がついたのも、このときである。
帰路の羽田からの機内で椿はその話を聞いたのであるが、
「ちっとも癒やし系なんかじゃないんだけどなぁ」
椿はそういうところは至って冷静そのもので、普段からみずからが割り切ったところのある、それでいて情に弱いところを自身で隠しているような性格を、自分で見抜いている一面がある。
──人間って、意外と見た目で判断するから騙されるんだよねぇ。
実は人一倍神経質なところがあった椿は、醒めた眼を持っているのか、会見に来ていた大人の記者たちを、冷ややかに観察できていたらしい。
そのためか、
「…なんか大人の世界って、めんどくさいなぁ」
最終便の空いた飛行機の中で、ひとり小さく捨てるようにつぶやきながら、窓の外に出ている月を眺めていた。
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