50 命運


 準決勝の前夜。


 芽衣を呼び出した耀は、ポケットから時計を取り出した。


「あのね…昔うちの部に、花ちゃんって子がいたのは知ってる?」


「…聞いたことはあります」


 その花の形見の時計である。


「これ、花ちゃんから託された時計なんだけど…私がスクバンで優勝したときに持ってたんだ」


 すると耀は花の時計を芽衣に渡し、


「これを御守だと思って持っていたら、大丈夫だよ」


「でも…そんな大事なものを」


「あのね芽衣ちゃん…大切なものほど、託すべきときには託さなきゃならないんだって、私は思う」


 耀の目には、覚悟がこもっていた。





 かつて耀は声が出なくなったとき、明日海が代わりになってくれたのであるが、


「そのときにね、明日海は『治ったらいつでもピカにボーカル譲るよ』って言って、今まで明日海が私のことを守ってくれた」


 今度は私があなたたちを守る番だから──耀は述べてから、


「でもルール的に、出来るのはこのぐらいしかなくて。ごめんね」


 耀は悄気しょげた顔をした。


「ピカ先輩…」


「大丈夫。Marysなら必ずハマスタまで行けるよ」


 耀は芽衣に笑顔を向けた。





 斯くして翌日。


 準決勝グループAは、滞りなく始まった。


 和歌山学院大学高校から始まり養教館、神居別、糸島女子とくじ引きで決まり、Marysは3番目に登場する。


 曲は『私はここにいる』。


 花のノートにあった曲と詞をもとに作られたバラードナンバーである。


 舞台袖で出番待ちをしていると、歌い終わった養教館軽音部の松浦翔子がMarysとすれ違った。


 一瞬、松浦翔子は松浦先生の顔を見て驚いたような相貌になったが、


「…お先に失礼します」


 キビキビした挨拶をすると、そのまま何事もなく去っていった。


「…はよ行け」


 松浦先生が促すと、Marysは舞台にあらわれてスタンバイを始めた。




 出番が終わり、舞台袖で松浦先生の出迎えを受けると、


「お前ら、ようやったなぁ。おつかれさん」


 ニコニコした顔で松浦先生はMarysをねぎらった。


 こうしたときの松浦先生は何も無駄なことは語らないが、ただ生徒を信じ切っているような、とても満ち足りた顔でいる。


 そこへ。


「神居別高校の皆さんですよね?」


 権藤さと美が会釈をした。


「いつか皆さんと、スクバンに一緒に出るのが夢だったので、目標がかなって嬉しいです」


 それでは行ってきます、と権藤さと美はライトの眩しいステージへと遠ざかって行った。




 結果発表が始まった。


 上位2校がハマスタへゆくのは変わらない。


 今回はチャレンジカード制度はなく、決勝は8校で行なわれる。


「それでは、結果発表です!」


 ドラムロールのあと大画面に結果はあらわれる。


 沈黙ののち、画面が明るくなった。


「…また2位通過だ」


 大画面には、


  1位 養教館高校〈養教館軽音部〉【京都】

  2位 神居別高校〈Marys〉【北海道】

  3位 和歌山学院大学高校〈アサルム〉【和歌山】

  4位 糸島女子高校〈aquarium〉【福岡】


 とある。


「…立派じゃん」


 あとからすず香に言ってもらえたのであるが、それでも2位通過はMarysには少しだけ不満はあったらしく、


「次こそ勝ちます!」


 沙良は雪辱を期するところがあった。




 決勝進出を果たした8校が決まり、出場順も決まった。


  ハリスインターナショナル高校〈ヴェリニー・スニャク〉【北海道】

  西ヶ原学園高校〈西学軽音部〉【奈良】

  扇島高校〈けみかるず〉【神奈川】

  法華津ほけつ高校〈レギュラー〉【愛媛】

  秋田学院高等部〈小町娘。〉【秋田】

  神居別高校〈Marys〉【北海道】

  彦根第一高校〈TEAM AKAONI〉【滋賀】

  養教館高校〈養教館軽音部〉【京都】


 インターナショナルスクールでは、ハリスインターナショナル高校が初の決勝進出を決めたことで新聞記事にもなった。


 また決勝に初進出のバンドが4校。


 ハリスインターナショナル、扇島、法華津、彦根第一は初出場での決勝で、2期連続の初出場初優勝も未だない。


 さらに北海道代表が2校残るのは史上初──という記録ずくめの決勝カードとなり、話題性も手伝って、盛り上がりを見せていた。





 ついでに言えば。


 神居別高校には、史上初の2連覇がかかっている。


 過去に2連覇に挑んだのは華城、和歌山学院大学高、和泉橋女子高の3校のみで、いずれも連覇は逃している。


 それだけに、


「Marysには荷が重いかなぁ」


 考え合わせてゆけば、一年生のチームである。


「変に緊張しなきゃいいけど…」


 部長の慶子だけでなく、誰もが気がかりであったのかも知れない。


 だが。


「大丈夫、みんななら出来るから」


 言い続けていたのは、意外なことにすず香であった。


「てか、私がそう思わなかったらメンタル保たないし」


 これには芽衣も沙良も腹を抱えて笑い、


「そういうちょっと、わがままなところがすず香先輩らしくて」


 これだけの緊迫感があるときに、よくそんなことが言えたものだと許容できたのかも知れない。





 明日は決勝、という前日。


 公式サポーターとして早朝からあちこちの番組をハシゴするスケジュールになっているロサ・ルゴサのメンバーは、マネージャーの佐藤真凛と共にどのテレビ局からも近い有楽町のホテルへと移動し、Marysと松浦先生は天王町の宿舎に残った。


 ミーティングのあと、夕食が済むと松浦先生は、


「みんなに話がある」


 メンバーをミーティング用の会議室に集めた。


「明日は決勝やし、まぁもう何も教えたり直したりするトコはないんやけど、実は三月いっぱいで退職決まってやな」


 新年度から発足する、全日本高等学校スクールバンド連盟の理事になる旨が伝えられた。


「せやから教え子はここにおるMarysと、ロサ・ルゴサが最後や。ワイにとっては現場で携わる最後のスクバンやし、だから」


 松浦先生は息を一瞬呑んでから、


「…えぇ顔して、パフォーマンスして来いやな」


 目は笑いじわを作り、笑顔ではあったが松浦先生は口を歪めて、口元では泣いていた。


「…先輩たちには、話したんですか?」


「まだロサ・ルゴサには話してへんが、スクバン終わったら話すつもりでおる」


 Marysのメンバーははじめは動揺こそしたが、


「…明日は、先生のために頑張ります!」


 沙良を中心に、円陣を組み気合いを入れ直して、その日の話は終わった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る