Episode7
49 本戦
いよいよ準々決勝グループ戦、である。
この年は例年より台風が少なく、ブロック予選から日程も順調に消化されており、
──毎年記念大会なら晴れるのでは。
などと冗談とも地口ともつかないことをいう関係者もあった。
さて。
組み合わせ抽選で神居別高校はグループBに入った。
「初出場じゃないのうちだけでしょ」
という凛々子の指摘どおり、初出場が4校も集まるグループとなった。
神居別高校〈Marys〉【北海道】
鷺宮女学院高校〈HERON〉【東京】
彦根第一高校〈TEAM AKAONI〉【滋賀】
宇品高校〈ネイビーガール〉【広島】
特に注目されていたのは関西屈指の進学校・滋賀県立彦根第一高校で、インタビューで進路目標を聞かれた際「東大です」「慶應医学部です」「京大です」などといった答えを連発し、リーダーの
「私たちは青春の1ページを作るために参加しました。勝つかどうかは…それは時の運です」
と、必死になって勝とうとしているバンドが聞いたら発狂しそうなことを言って注目を集めていた。
「ナメられたものだよね」
凛々子は頭に血がのぼったが、
「でもこういうところは欲がないから、ダークホースになるかもよ」
リーダーの沙良は、冷静そのものであった。
いっぽう。
ロサ・ルゴサはデビューしているためプロ扱いで組み合わせには参加できず、しかし公式サポーターとしてあちこちに宣伝に回る仕事が待っていた。
「こういう仕事もあるんだね」
すず香が目を丸くしたのは、週刊コミック雑誌のグラビアの仕事である。
撮影そのものは例のフォトブックの写真から選ばれたものがメインであったが、やはり一番人気は明日海で、
「これで明日海が引退しますなんて言ったら、まぁ騒ぎになるだろうけどね」
すず香はニヤッとイタズラっぽい笑みを浮かべた。
しかし慶子は真顔で、
「でも…明日海、ホントにうちらが卒業したらバンド辞めちゃうのかな?」
明日海のサックスの技術を高く買っていたのは慶子で、
「前に美優先輩が明日海の演奏見たことがあって、あれならお金が取れるレベルだよって。だから何かもったいないような気もしないではなくて」
耀の声の件があって明日海はボーカルをしているが、元来はサックスの演奏力を買われてメンバー入りしており、間奏にサックスのソロパートを入れた曲もある。
それだけに。
「でも…本人がそうしたいなら仕方がないよね」
慶子は無理強いをしないだけに、明日海の決断を惜しんでもいた。
今回は準々決勝は1日1グループで進んでゆく。
いつもならあるはずの予備日がない分、しかし1日を集中して使えるため、やりやすいと言った声も上がっている。
グループBは2日目で、プロとの接触を避けるためにロサ・ルゴサはハマスタまで観覧は出来ないが、
「大丈夫。みんなが普段通りにパフォーマンスすれば必ず勝てるから」
上級生としての自覚が芽生えてきていた耀と明日海が動画メッセージを送ると、
「頑張ります!」
Marys全員から動画の返信が来た。
グループBの準々決勝が始まると、4番目のMarysは制服姿でのパフォーマンスを披露した。
曲は凛々子作詞、沙良作曲の『約束なんていらない』で、エントリー直前になって夜中に十五分ばかりで書き上げた曲に、徹夜して凛々子が詞をつけたという逸話があった。
ネット中継でロサ・ルゴサは見たが、
「ほとんど初見みたいな楽譜の曲なのにこれが出来るって…うちらにはない才能だよね」
耀は素直に実力を認めている。
「何か…明日海が辞めるって言った理由がわかったような気がする」
椿は萌袖に横目でコーヒーを飲んでいた。
「でも…解散したら、花ちゃんのことはどうなるんだろ?」
耀が気にしていたのは、花の存在が解散で消えてしまうのではないかというところであった。
「ピカが忘れなければ、花ちゃんはずっと忘れられないよ」
もちろん私もだけど──慶子は述べた。
「ノンタン部長…」
耀が泣きそうになったので、慶子はヨシヨシと耀の頭を優しく撫でてやった。
Marysの結果は2位通過であった。
「あの彦根の赤鬼バンド、なかなかやるじゃない」
すず香は感心した顔をした。
1位通過は彦根第一の〈TEAM AKAONI〉で、僅差ではあったが神居別のMarysは2位通過である。
「まぁうちらも通過できたから、次また頑張ればいいんだって」
慶子は次の準決勝の組み合わせのほうが気になっていたらしい。
他方で。
グループCにいた美瑛農業は初戦敗退、グループEにいたハリスインターナショナル高校は1位通過で、準々決勝終了後に行なわれた組み合わせ抽選を見て、Marysの面々は驚いた。
「ハリスと赤鬼が当たるんだ…」
彦根第一とハリスインターナショナルが同じグループCに入ったからである。
いっぽう神居別のMarysは、グループAに入った。
神居別高校〈Marys〉【北海道】
和歌山学院大学高校〈アサルム〉【和歌山】
養教館高校〈養教館軽音部〉【京都】
糸島女子高校〈aquarium〉【福岡】
優勝経験校が3校も集まったため、
──デスグループ。
という呼ばれ方をされた。
「養教館って、松浦先生の娘ちゃんのいるところ…」
この前の甲子園でも対戦があり、今度はスクバンでの対戦である。
さらに。
前に福岡での撮影で出会った、権藤さと美がいる糸島女子高校までいる。
「これは…もはや宿命としか言いようがないです」
画面を見つめながら、沙良が言った。
準決勝までは、二日ある。
「どうする?」
とはいえ。
エントリー締切はこの日の夕方である。
「…あのさ、これ使う?」
凛々子が手にしたのは、部室に置かれてあった花の形見のノートである。
「これ…実は持って来ててさ」
出発前に花の話を聞いていた凛々子が、何気なくカバンに入れて横浜まで携えて来ていたそれである。
「この中にこんなナンバーがあって」
花の流麗な字で『私はここにいる』という歌詞と、手書きで書かれた五線譜にメロディが書かれてある。
「これさ、演奏してみたら結構いい曲なんだよね。だから、私たちが花先輩のことを忘れないために、エントリーにどうかなって」
優花がギターでメロディラインを弾くと、
「…やって出来なくはないよね」
エントリー曲に決まるまで、時間はかからなかった。
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