48 時代


 きたえーるで開かれた全道予選は、記念大会だけに過去最高のエントリー数となった。


 24校も来ていたのである。


「私たちが最初に出たときは16校だったのにね…」


 すず香たちがメグたちと出たときにはスクバンもそんなに有名ではなく、しかも規模も小さかった。


 それが今では参加校も増えて、白熱したパフォーマンスが見られるようになって、今年からは神奈川のローカルテレビ局ながら、本戦は地上波放送での中継も始まる。


「でもそれだけ脚光を浴びるってことは、みんなが頑張るからいいことなんだよ」


 部長を譲った慶子は言った。




 プログラムによると、今回は初出場校が増えていた。


 見たことがあるのは美瑛農業と網走一高ぐらいで、あとは初めて聞くバンドばかりである。


「ロサ・ルゴサのノンタン部長ですよね? 写真お願いして良いですか?」


 慶子は今でも世間からはノンタン部長と呼ばれ、たまに写真を頼まれたりする。


「もうさぁ…部長辞めたんだから、写真ぐらい断わったって誰も何にも言わないと思うけど…」


「そうかな? みんな撮りたいなら一緒に撮ればいいだけじゃない」


 慶子にはお人好しなところがある。




 演奏が始まると、どこのバンドも演奏がしっかりしていて、


「うちらの頃には、もっと仮装とかしてて見てても楽しかったよね。今はみんなガチだもんね」


 衣装を作る学校は減って、制服のままパフォーマンスをする学校が増えたのは神居別高校がきっかけなのであるが、そこは当の彼女たちは気がついていなかったらしい。


「みんなギターとかキーボードとか上手いなぁ。今だったら私たち勝てなかったかも」


 しかし耀だけは違った見方をしていて、


「うちらはいざとなったらアカペラできるボーカルがいるから」


「…それ、私?」


 明日海がツッコミを入れた。


「あのときの停電は今じゃ伝説みたいになってるらしいからね」


 スクバンでは毎年、大会後に名場面を集めた動画集が発売されるのであるが、昨年のは停電の中アカペラで歌う明日海の姿がおさめられた映像になっている。


 それを観た音楽業界のスカウトから、


 ──ソロデビューしませんか。


 という声は明日海も連絡をもらっているのであるが、


「何か、先輩たちがいないと私やる気出ないんですよね」


 などとケムに巻いて断わっていた。




 その話を知っていたすず香は、


「じゃあ、明日海は私たちが卒業したらどうするの?」


「先輩たちが卒業したら、私は引退しますよ」


 何とも惜しげもないことを言った。


「だって…これだけのメンバーを超えられる人に出会える確率あります?」


 どちらかというと理数系の明日海にすれば、確率的に少ない側に賭けるのはリスキーな話でしかないらしい。


「…まさかピカは?」


「私はライブハウスのベースのアルバイトもありますから、まぁベーシストは一人でする仕事じゃないので」


 単独でという発想はないらしい。


「むしろ、先輩たちの卒業を以てロサ・ルゴサは解散でいいんじゃないかなって、私なんかは普通に思っちゃいますけどね」


 Marysのサポートをしていけば、私たちはいい訳ですから──耀の発言に明日海はうなずいてから、


「これからはMarysの時代だし、何より新入生次第ですって」


 このいさぎよいまでのハッキリした考え方が、ロサ・ルゴサをロサ・ルゴサたらしめていたのかもわからない。




 24番目に出てきたヴェリニー・スニャクのアリーナ・ミハイロワを見たロサ・ルゴサのメンバーたちは、


「…スゴいね」


 凛々子が見る限り歌唱力がまるで違う。


「何この透明感」


「これは礼ちゃんとかさーたんが出ても、勝てたかどうか分からなかったよね」


 思わず耀はつぶやいた。


「…ヤバい、勝つ自信なくしそう」


 凛々子が怖じ気づいていると、


「MarysはMarysらしくやれば、結果はついてくるよ」


 普段あまり物を言わない優花が、視線を逸らさずにステージを向いたまま言った。




 結果発表は、変わらず大画面に一度に出る。


 ドラムロールのあと表示されたのは、


  1位 美瑛農業高校〈ファーマーズガール〉

  1位 ハリスインターナショナル高校〈ヴェリニー・スニャク〉

  3位 ニセコ学院高校〈アンヌプリ〉


 という同率で1位という凄まじい結果であった。


 この内、美瑛農業とハリスインターナショナル高校が代表となり、優勝校枠で神居別高校も出ることとなる。


「…勝てるかなぁ?」


「大丈夫だよ、だって私たちがいるじゃない」


 日頃ほとんど、そうしたことを言わないすず香が言ったので、


「…すず香、熱ある?」


 椿がすず香の額に手を当てる始末であった。




 ロサ・ルゴサとMarysの10人は帰りのバスの中で、


「スクバンってあんな感じで戦うんですね」


 初めて見た凛々子は新鮮な感動を覚えていたようで、


「みんなあんな感じなんですか?」


「他の地区の予選は行ったことがないけど、でも似たような感じらしいよ」


 明日海は武藤小夜子から聞いた話を聞かせたのであるが、


「まぁ北海道予選は割と行儀いいらしいけど、中にはうるさかったりする控室もあるみたいらしいから、いろいろあるのかなって」


 特に小夜子のいる東京ブロック予選は大変であるらしく、


「前に聞いた話なんかだと、ちょっと物音立てただけで怒鳴り込まれた学校があって、ピリピリした時期もあったんだって」


 いろいろあるみたいだよ──明日海は述べた。




 神居別の校舎に着いてバスから降り、


「ね、たまには一緒に帰ろ?」


 すず香は珍しく、途中までルートが同じの凛々子を誘った。


「…どうしたんですか?」


「いや…リリー不安そうにしてたから、何かちょっと気になって」


 これまですず香は、ほとんど誰かと一緒に帰ったことがない。


「リリーってさ…ボーカル楽しい?」


「はい!」


「それなら良かった」


 すず香は急に實藤さねとう花の話をしてから、


「だから誰にもメンバーには、もう欠けて欲しくなくて。それで気になったのが、いつも一人でいるリリーだったんだけど…楽しそうなら良かった」


 ようやくそこで、すず香は安堵したようであった。




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