45 群青


 結論から先に語ると、神居別高校の準々決勝第1試合・松山外国語大学高校戦は高校野球史に残るであろう、壮絶な打ち合いとなった。


 初回からホームランが飛び出す展開で、ロサ・ルゴサがラジオ番組の生放送のため羽田空港へ到着し、空港のテレビで見たときには3回終了の時点で7対6という乱打戦の様相を呈している。


「何か凄まじい試合運びだなぁ」


 マネージャーの佐藤真凛はスコアを見るなり、口をぽかんと開けた。


 その後はタクシーでラジオ局に移動し、Marysのメンバーたちから送られてくるLINEのメッセージなどで経過を見ていたが、


「ロサ・ルゴサのみなさん、そろそろ本番でーす!」


 というADの声でスマートフォンの電源を落とし、スタジオのブースに入った。





 パーソナリティの女性アナウンサーは気を利かせ、タブレットを開いて、自動更新の画面で試合経過をスタジオで見られるようにしながら、


「本日のゲスト、北海道が生んだスクールバンド、ロサ・ルゴサのメンバーの皆さんです!」


 皆さんの学校が今準々決勝を戦っている最中ということで、インターネットで繋いで速報が見られるようにしてあります──とリスナーに紹介した。


「いいですねぇ、何か青春って感じで」


「後輩メンバーが今甲子園に行って応援してます」


 慶子が答えた。


「私の学校は女子高で甲子園行けないので、何かこういうの憧れちゃうんですよねぇ」


 パーソナリティは述べた。


 程なくリスナーからのメッセージで、


「僕は対戦相手の松山外国語大学高校の卒業生です。ものすごい打ち合いになっていて、すでにホームランが何本も出てます。素晴らしい試合を期待します」


 というメッセージが読まれると、


「スクールバンドの話なんですが、こういうThe・青春みたいな話って、何か大人のこちらまでキュンとします」


 パーソナリティの話のうまさを、慶子は自身が思っている以上に冷静に聞いていた。





 コマーシャル明けにパーソナリティから、エースの星原涼太郎と慶子が幼なじみであることが紹介されると、


「小学校の頃から家も近所でよく遊んでました」


 今やその星原涼太郎は、プロ注目のピッチャーにもなっていた。


「でもプロ注目のエースと、全国的人気のガールズバンドのリーダーって、何か物語になりそうなエピソードですよねぇ」


「前に星原くんにはスクバンに応援にも来てもらって、私も初戦の養教館高校戦は応援しに行きました」


 高校生らしい青春トークで番組は盛り上がり、


「今は特に野球部のマネージャーの子がクラスメイトなので、頑張ってほしいなって思います」


 その後は9月リリース予定のシングル『キミノキセキ』の話になり、


「たくさんの方に聴いていただいて、少しでもパワーになればと思っています」


 部長らしいしっかりしたシメのコメントで生出演は終わった。




 楽屋に戻ると、まだ試合は続いていた。


 7回終了で11対11の同点で、両チーム合わせて5本のホームランが飛び出す空中戦になって、どちらも投手は3人目に変わっている。


「もう昼近いのにまだやってるんだ?」


 すず香はあきれ気味に言ったが、


「こういうのを、死闘って言うんだろうね…」


 椿の一言があまりに金的きんてきを射抜いていたので、たまらずすず香は笑ってしまった。


「…すず香ちゃんってさ、何で星原くんが嫌いなのか分かったような気がする」


「えっ?」


 すず香は顔が固まった。




 慶子に言わせると、


「もしかしたら大好きの裏返しなのかなって」


「…そんなわけないでしょ」


「こないだ何となく気づいたんだけど、もともとすず香がピアノ続けて来られたのは、小さい頃に星原くんに褒められたからだったからかなって」


「あれは何も知らない頃だったから…」


「じゃあ、その星原くんは嫌いなのに、何でピアノは嫌いにならなかったの?」


 これにはすず香も言葉を切り返すことが出来ず、


「…うるさいなぁ、私のことなんだからほっといてよ!」


「昔から変わらないよね、すず香のそういうところって。言われたら言われるほど逆方向にムキになって意地張って、最終的には損しちゃうところ」


 慶子からすれば、すず香の両極端な性格は寂しがり屋なところから来ているのではないかと、ふと直感したらしい。


「だってすず香ったら誰かに見てもらいたくて、人目を引くためにわざと派手なメガネかけたり、キツいこと言って関心をひこうとしたり…」


 それは寂しがり屋だからだよ、と慶子は指摘した。




 でもね、と慶子は、


「何かほっとけなかったんだよね…素直じゃないから」


 すず香は論破されて泣きそうな顔をしていた。


「…だからさ、仲直りできるうちに仲直りしといたほうがいいよ」


 いつの間にか慶子は、部長というポジションを通してすっかり大人へのステップアップをしていたようである。


「…さ、支度しよ」


 このあとは札幌での仕事が待っている。


 メンバーたちは身支度をして楽屋を出ると、タクシーの中で弁当を使い、羽田空港から再び機中の人となった。




 試合の決着がついたのは、新千歳空港に降りた頃であった。


 ターミナルのロビーのテレビに人だかりがあって、


「凄絶な空中戦は、サヨナラホームランで決しました!」


 という実況のアナウンサーの声があって、周りは歓喜で大騒ぎになっており、スコアは12対11と書いてあった。


「…勝ったんだ」


 スポーツで感動することのない慶子が、初めてスポーツ中継を見て鳥肌が立った。


「…スクバンのときのうちらも、もしかしてこんな感じだったのかな?」


「あのときは中継なかったじゃん」


 すず香はいつものすず香に戻っていたが、それまでのような険のある言い方ではなかった。




 準決勝の相手を聞いて、ロサ・ルゴサのメンバーは一瞬耳を疑った。


 スクバンでも対戦した、和歌山学院大学高校である。


「松浦先生ってさ、和歌山学院と縁があるね」


 思わずつぶやいた耀の言葉に思考が止まったが、しかしそれは間違いのないことであったかも分からない。


 スクバンで対戦したときには松浦先生とつながりのある顧問の先生がいたし、今回は甲子園で松浦先生からアドバイスを受けた星原涼太郎が対戦する。


 しかも。


 今回は休養日の関係で、準決勝は観戦が決まっていた。


「スクバンであれだけ応援してもらったんだからさ、今度はうちらが応援する番だよね」


 明日海が言うと、すず香も慶子もうなずいた。






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