43 青春


 夏休みに入ると、メンバーは集まって音合わせやリハーサルを入念にするようになった。


 特に重宝したのは優花の実家である沖モーターサイクルのがらんどうの作業場で、屋根付きで周りに民家がないので好きなように音が出せるのが助かった。


「この前合宿免許で二輪取れたから、買うときには頼もうかな」


 バイクの免許を取った椿は、今はスクーターで通学しているが、ゆくゆくは何か目当ての一台を買うつもりでいるらしく、


「まぁ、うちは定時制だから自由きくんだけどさ」


 などと笑いながら、ギターのチューニングに他念がなかった。




 他方で。


 部長でもある慶子は、副部長でもあるすず香と二人で応援の打ち合わせに学校まで来ていた。


「吹奏楽部があまりに少ないので、今回は芸能研究部の力を借りたいと思いまして」


 松浦先生と三人並んだ会議室で吹奏楽部の面々から頼まれたのであるが、


「まあ確かに八人では少な過ぎるわな…」


 去年のロサ・ルゴサの全国制覇で完全に潮目が変わったのか、吹奏楽部は入部が集まらず、休部寸前のところまで人数がいない状態となっている。


「そこで、ロサ・ルゴサの曲を応援に使わせてもらえないかと」


「それは…まぁうちらはえぇとしても、マネージャーの佐藤さん次第やろな」


 佐藤真凛というより、佐藤真凛の所属するクイーンレコード社次第というのが実質のところで、


「でも学校で応援に使うぐらいなら、問題ないと思いますけどね」


 あとは佐藤真凛に訊いてくれ、といったような顔を松浦先生はした。




 八月に入ると、ロサ・ルゴサはイベントや夏フェスに呼ばれて演奏することが増えてきた。


 メンバーはサポートとしていつもMarysを帯同させ、プロの演奏を肌で感じさせることをなるだけさせようとし、Marysのメンバーもそれを理解して、なるだけ舞台袖でライブを見ることにつとめた。


「私たちが後輩にできることは、このぐらいだから」


 とすず香は言ったが、それはしかし先輩らしいことをなかなかしてやれないでいる立場が、そうさせたのかも知れなかった。


「先輩たちは三年生が卒業したあと、プロでやっていくんですか?」


 この不意に訊ねてきた芽衣の言葉に、すず香はすぐに答えることが出来なかった。


「うーん…私はピアノを勉強したくて、出来れば音大とかに進学したいんだけど、ノンタンとか椿ちゃんがどうしたいかなんだよね」


 思わず椿が向き直った。





 確かに椿は定時制であと一年あるが、


「うちは卒業したらバンドはやめるかもね。レフティだからってギタリストの世界は甘くない訳だし、まぁギター持って世界でも回ろうかな」


 脇にいた明日海と耀は、椿の本心を初めて聞いた。


「明日海先輩は…?」


「私は来年三年生になるから、受験考えなきゃならないかも。ピカは?」


「…まぁ、ライブハウスの手伝いもあるし、それにメグねえ地元には帰らないみたいだし」


 明日海にも耀にも、それぞれ都合はあるようである。


「だから、Marysはすぐに自立できるようにしたほうがいいと思うんだ。せっかくおんなじ学年で組んでるんだし、息もロサ・ルゴサよりピッタリだしさ」


 明日海はMarysのほうが、チームワークが良いのを見抜いていた。


「チームワークは、バンドの生命線だよ」


 Marysの五人は耀の言葉にずしりと来るものを感じ取ったようである。





 野球部が出場する甲子園大会の組み合わせ抽選が決まると、菱島飛鳥からLINEが慶子のもとへ届いた。


「初戦は6日目の第1試合、相手は京都代表の養教館高校だって」


「…松浦先生の娘ちゃんがいる学校じゃん」


 思わず沙良が素っ頓狂な声を上げて、ひっくり返りそうになった。


「松浦先生…の娘ちゃん?」


「スクバンの公式サイトに出てた記事に書いてあった」


 すぐさまタブレットで公式サイトを開くと、果たして確かに養教館高校の記事に松浦翔子が写っている。


「けっこう可愛いじゃん」


 写真ではメガネをかけているが、それでも目鼻立ちのクッキリしたなかなかの美少女である。


「でも、なんで父娘がバラバラに?」


「そこは前にノンタン部長が言ってたバツイチってアレでしょ」


 こういうときの沙良と凛々子の掛け合いはさながら漫才である。


「…何か、松浦先生の家庭の事情を知っちゃったって感じ?」


 芽衣は冗談めかして言ったが、


「言いたくないから言わないんだろうし。そっとしといてやろうって」


 逆に凛々子は、気づかわしく言った。

 



 甲子園大会が始まり、北から始まる入場行進では、見慣れたはずの神居別高校の野球部の顔が緊張の面持ちで球場を行進してゆく姿がテレビ画面に映し出され、


「南北海道代表、神居別高校。初出場」


 というウグイス嬢の声とともに、主将である涼太郎の顔がアップで抜かれた。


 涼太郎と仲の悪いすず香だけは不機嫌であったが、


「ユニフォーム、新しくなったんだね」


 綾が言った。


 確かに真っ白いユニフォームにはゴシック調のフォントで「KAMUIBETSU」とある。


「Marysもユニフォームみたいな衣装作れたらいいなぁ」


 芽衣が何気なくつぶやくと、


「まぁロサ・ルゴサのときには、衣装に回すまでのお金もなかったからね…」


 椿が言った。


「でも制服だったから、逆に目立って良かったんだよ」


 制服でスクバンを戦っていたとき、聖ヨハネ学園津島高校の駒崎礼に言われた言葉を、椿は思い出していた。




 応援団の部隊は5日目の朝に神居別を発ち、新千歳空港から伊丹空港へ降り、夕方には野球部の宿舎そばのホテルへと到着した。


 全校生徒約100人の小さな高校だけに宿には困らず、


「うちの学校が小さくてよかったってなるのは、こんなときだよね」


 すず香の一言に一同がドッとウケた。


 その夜。


 宿舎を密かに抜け出した涼太郎が、LINEでホテルから慶子を呼び出した。


 ホテルの駐車場で待ち合わせると、


「東久保、約束どおり勝って連れてきたよ」


 誇らかに涼太郎は言った。


「ありがとね、星原くん。でもね…ごめんね、別に好きな人が」


「分かってる」


 涼太郎は慶子の言葉を遮るなり、慶子を力も強く抱き締めた。


「痛いよ…恥ずかしいよ…」


「…少しだけ、こうさせてくれ」


 涼太郎は感触を記憶させるように、しばらく慶子を抱き締めていた。





 涼太郎は慶子を離すと、


「頑張るから。あと、松浦先生によろしく」


「…えっ?」


「あの先生、離婚してるから」


 東久保が卒業したら、告白してみろ──涼太郎は言った。


「…じゃあ、またな!」


 涼太郎は照れ隠しなのか、ダッシュをして駐車場を飛び出していった。


「…恥ずかしいよ」


 慶子は頬を赤らめながら、初めて異性に抱き締められた感覚に戸惑っていた。




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